『エミディオの日記』より抜粋 ○○○年
・○○○年○月1日
ふらっと散歩に出てヘラーフに会った。やつがルビノ通りの比較的大きな屋根の家を指差して、「あそこの家には奇妙な小屋があって、たまに、夜中に爆発音がしたりする。噂だと、かなりの奇人が住んでいるらしい」とか言っていた。最近暇だから、ちょっと様子を見に行ってみよう。
・○○○年○月8日
噂の爆発小屋の少女にあってきた。突然爆音を轟かす小屋に住むなんて、どんな奇人かと思ったら、思った以上に変わった少女だった。彼女が作っていたにおいの強い液体は、芳香油というらしい。それが入った瓶を全て割ってしまったのに、彼女は僕の手指の心配をしてくれた。今度きちんと謝罪をしにいこう。
・○○○年○月13日
重鎮達の会議に王子である僕を参加させるのは早すぎると思っていたけれど、爆発小屋の少女にそこで得た知識を披露したら、感心された。気分がいい。彼女の名前はセルマ・アルメンタ。住んでいるところからも想像できたが、貴族ではなくて、裕福な商人の娘だそうだ。どうやら僕が割った瓶の中身(芳香油)は、彼女の姉の結婚祝いの品に使う予定だったらしい。申し訳ないことをした。
・○○○年○月20日
セルマのところへ城下で流行っている焼き菓子を持っていった。ハーブが練り込んであるらしく、セルマは喜んで食べていたし、実験サンプルにすると言っていた。変わった少女だ。とても面白い。
・○○○年○月23日
セルマのところへ大臣からの宿題を持っていった。すると、彼女は分厚い本を引っ張りだして、丁寧に解説してくれた。彼女は様々なことについて興味があるようで、経済の問題を理系の問題として捉えたりして、面白かった。発想の柔軟さとは、こういうことだろう。大臣に見習わせたい。
・○○○年○月27日
セルマのところへ行こうとしたら、見張りに見つかった。残念。今日はいけないと思うと、胸が苦しい。彼女の素っ気ない表情でもいい、彼女の姿が見たい。
・○○○年○月30日
ちょっと調子に乗って、セルマを抱きしめてみた。意外と、抵抗されなかった。彼女は柔らかくて、良いにおいがした。なんだか嬉しかった。今、研究しているのは日焼けや火傷に効く成分らしい。軍でも使えそうなのに、なぜ王宮のラボでは研究していないのだろう。彼女を招聘するよう取りはからってみよう。
・○○○年○○月3日
今日は前回から前進すべく、額にキスしてみた。抵抗されなかった。彼女に触れていると胸が高鳴るのが分かって、彼女に悟られないかと更にドキドキする。彼女の興味はいま経済に向かっているようだ。数日ペースで知識欲を満たして、興味が変わっていくのは、驚異的だ。
・○○○年○○月5日
今日はセルマのほほにキスしてみた。舌が動きそうでびくびくした。彼女が笑顔を向けてくれるようになってから、触れ合いが加速している気がする。僕は彼女のことが好きだ。今日の彼女の話題は、過去60年間のエンゲル係数の変動。彼女は食べることも好きだと言っていた。
・○○○年○○月6日
今日、正式にセルマをラボの一員として迎える準備が整ったので、彼女の両親に挨拶にいった。両親も善い人たちだ。セルマは昼間であっても美しかった。泥まみれでも美しかった。きっと本でも花でも試験管でも、何に囲まれても彼女は美しいんだ。抱きしめたいのを堪えて、彼女にラボにこないかと伝えた。彼女は二つ返事で僕の誘いに答えてくれた。
・○○○年○○月13日
今日からセルマは僕の隣の棟で暮らす。こんなに嬉しい事はあるだろうか! そのうち、満点の星空が見れるとっておきの場所へ連れて行ってあげたい。
・○○○年○○月20日
セルマに内緒で、セルマの寝顔を見に行った。悪戯したかったが、我慢したかわりに、机の一輪挿しの花を、別な花に入れ替えてみた。
・○○○年○○月27日
今日から4日間、セルマは一つ上の姉の結婚式に参加するために外泊する。僕も参加したい。セルマを見るために。
この国の気候は温暖で安定している様子。ちなみにここまでが年越し前。次話は年越し後のはなし。