会議室の中で
コープはそれからさらにいくつかの質問をしたあと、ユリアに礼を言って、ソファを立った。ラドを従えて2階へ戻り、外に出る。必ずアルベルトを見つけ出します、とユリアに約束すると、ユリアは自嘲気味に微笑んだ。
「絶対怪しいですよ、あの奥さん」
パトカーを運転しながら、ラドが言った。助手席のコープはラドのメモ帳を見ながら、頭を掻く。
「怪しいって、どういう意味だ?」
「旦那がいなくなったのに、あの落ち着きよう! あの奥さんが旦那をどこかに監禁してるか、殺して遺棄したに違いありません」
「だが、ユリアとアルベルトの仲が良くなかったことは、同僚達も言っていたことだ。1日顔を合わせない日もあったらしいという証言も、同僚達から得られている。アルベルトがいなくなったとしても、ユリアが動揺する理由はない」
それにいまのところ、ユリアを怪しむに足る情報はない。ユリアの証言にも、現在までに得られている情報と矛盾するものはなかった。室内にやや不自然な点があるにはあったが……それだって、いくらでも合理的な説明は考え付く。
「第一、アルベルトの失踪が本人の意思による可能性もまだ残っている。事故の可能性だってある」
「事故?」
コープは窓の外を見た。
「この島の人間なら誰でも知っている。毎年1人か2人、屋根から落ちてきた雪に埋もれて死亡する事故が起こるだろう」
可能性は色々ある。ラドはハンドルを握り締め、唸った。
刑事たちが帰っていくと、ユリアはリビングのソファでぐったりした。そして、何かミスはなかっただろうかと、刑事たちとの会話を思い出す。
「美容の秘訣、か」
冗談交じりにラドに言ったことを思い出した。
ユリアは今年、30歳になる。10代の頃は、30なんておばさんだと思っていた。実際のところ、どうなのだろう。若くはない。だがまだ「女」だ。そう思えるだけの自信が、ユリアにはあった。
3日が過ぎた。
コープの元に、アルベルト失踪に関する情報が続々と集まっていた。それらを信憑性のある順に仕分け、時系列順に並べる。整合性のある情報だけを残し、矛盾する情報は保留とした。
「失踪前のアルベルトの足取りは、こんなものか」
コープは会議室のホワイトボードを見つめ、呟いた。失踪課の隣にある狭い会議室には、コープのほか数人の刑事が詰めていた。みな、デスクの上の資料とホワイトボードを交互に見た。
「やはり、最後に目撃されたのは日曜なんですね」
とラドが解説した。
「アルベルトは日曜の午前10時ごろ、会社に来ています。会社のビルに入るにはIDカードが必要で、それを使うと記録が残ります。自宅から会社まではバスで1時間ほどなので、ユリアの証言とも矛盾しません」
カードを他人が使ったという可能性ももちろんあるが、それは保留だ。他人が使った可能性を示唆する情報が出て来ない限り、考えない方が良い。
「退社は午後5時ちょうど。こちらもカードの記録が残っています」
「そして午後6時過ぎ」コープが後を続けた。「自宅の最寄のバス停でアルベルトが降りるのを、バスの運転手が覚えていた」
部活帰りの高校生が多い時間帯に、1人だけ40の男がいたので、目立ったようだ。
「それが最後に目撃された姿ですね」
ラドが締めた。
最寄のバス停から自宅まで、徒歩10分。この時間ならユリアも起きているはずだから、もしアルベルトが帰宅したのなら、ユリアは気が付いたはずだ。気が付かなかったと言うことは、アルベルトはバス停から自宅までの間のどこかで、行方をくらましたことになる。
「午後6時と言うと……」ラドが日曜日の出来事を思い出した。「雪が降り出す、1時間くらい前ですかね」
“雪に埋もれた説”は、捨てて良さそうだ。
「失踪の動機は、何か見つかったか?」
コープは他の刑事らに聞いた。刑事の1人が手を挙げ、メモを参照しながら答える。
「同僚との仲は良く、仕事も順調だったようです。仕事関係で動機は見当たりませんね」
そうか、とコープは頷いた。「ない」というのも重要な情報だ。仕事関係でなければ、プライベートか。
別の刑事が手を挙げ、答えた。
「アルベルトは、同僚の中でも特に仲の良い数名に、過去に何度か妻ユリアとの不仲を訴えています。同僚の知る彼のプライベートでの悩みは、それだけです」
コープは考えた。果たしてそれは、失踪の動機になるだろうか。なるとは思えない。
他に動機が見当たらないようならば、これは自らの意思の失踪ではないことになる。事故か、それとも事件か。
その後も捜査は続けられた。アルベルトの友人知人を訪ね心当たりを求めたり、失踪したバス停の付近で目撃情報を探したりした。
一週間が過ぎ、二週間が過ぎた。
心当たりは誰も知らず、バス停から先の目撃情報は皆無だった。
いくら調べても、動機は見つからない。アルベルトは事故か事件に巻き込まれたのだ。コープは確信した。
では、何に巻き込まれたのか。やはりラドが言うとおり、ユリアが殺したのだろうか。
真相が掴めぬまま、半年が過ぎた。