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刑事の前で

 警察がユリアを訪ねたのは、3日後の水曜日だった。

 ひらひらと舞うように雪の降る昼過ぎ、2人の男が2階の玄関の呼び鈴を鳴らした。雪はいまだ1階を埋め、男たちもスノーモービル仕様のパトカーでやって来ていた。

「どちら様でしょう……?」

 この3日間、ユリアは寝不足だった。目の下に隈を作り、ウトウトとした表情で玄関を開ける。中年の男と若い男が立っていた。2人とも、スーツの上にコートを羽織り、首にはマフラー、頭にはホットシェル(耳当てのついた防寒用帽子)を載せている。雪の日の男性は、たいていこういう格好だ。2人はコートの胸ポケットから、特徴的な身分証明書を取り出した。

 それを見た瞬間、ユリアは目が覚めた。

 ウトウトしている場合ではない。この2人をうまく欺かなければ、自分は捕まる。

 中年の方の男が名乗った。

「初めまして。ユリアさんですね。私はP署失踪課のコープです」それから若い男を手で示し、「こちらは同じく失踪課のラドです」

 名乗ると、2人は身分証をポケットにしまった。それからユリアを見据え、コープが尋ねる。

「つかぬ事をお聞きしますが、月曜日からご主人のアルベルトさんが行方不明になっていること、もちろんご存知ですね」

「ええ」ユリアは淡々と答えた。「今朝、アルベルトの同僚から電話がありました」

「我々はアルベルトさんを捜しています。お時間よろしければ、詳しくお話をお聞かせ願えませんか?」

「よろしいですよ」

 ユリアは一歩下がって、車庫の中を指し示した。

「どうぞ、中へお入りください」

 2人の刑事は「失礼します」と車庫の中に入ると、コートに付いた雪を払った。手袋や、頭に被っているホットシェルも脱いでカバンに入れた。ユリアに先導されて車庫の奥へ進み、そこでかんじきを脱ぐ。ユリアの物だろう、女性物のかんじきの隣に、自分達のかんじきを置いた。

 ユリアに続いて階段を下りる。階段の下は、すぐにリビングだ。正確に言えばリビングキッチンか。ソファと食卓があり、少し奥にキッチンがある。室内は隅々まで掃除が行き届いていて、輝くようだった。それはユリアが証拠隠滅のために尽力した跡なのだが、コープたちが知る由もない。

 2人はユリアに勧められるがまま、ソファに座った。

「紅茶か何か飲みますか?」

 聞きながらユリアがキッチンに向かおうとしたが、

「いえ、結構です」

 コープはすぐに断った。ユリアは「そうですか」と呟くと、2人の対面のソファに座った。ラドがメモを取り出して開いた。話を書き取る役割のようだ。

「それで」とユリア。「アルベルトのことでしたっけ」

「はい。ですがその前に奥さん」

 なんでしょう、とユリアは首を傾げる。

「我々は今朝、ご主人の同僚の方から通報を受けました。月曜から、アルベルトさんが出社していないと。……どうして奥さんが通報なさらなかったのでしょう?」

 その質問は想定済みだ。ユリアは、用意していた回答を述べた。

「私は、アルベルトの不在に気が付きませんでした」

「そんな」バカな、とラドが言いかけたのを、コープが止めた。その様子をユリアは一瞥し、先を続ける。

「アルベルトはいつも、朝早く出かけて夜遅く帰ってきますので、1日顔を合わせない日も少なくないんです」

「どうしてご主人は、そんなにずっと出掛けているのでしょう?」

「仕事です」ピシャリと答えた。「アルベルトは仕事に取り憑かれていましたので」

 ふぅむ、とコープはうなった。

「ですが、さすがに休みの日は顔を合わせますよね」

「そうですね」

「ご主人が出社しなくなったのは、今週の月曜です。その前日と前々日は土日で会社は休み……。奥さんは、日曜はご主人に会いましたか?」

「はい」

「何時ごろ?」

 ユリアは、少し考える素振りを見せた。実際には、これも回答を用意してある。

「確か、朝の9時ごろ、外へ出掛けていきました」

「朝9時。それで、どちらへ?」

「知りません」これは本当だ。「会社にでも行ったんじゃないですか?」

 ユリアは微笑んで見せたが、刑事たちは眉1つ動かさなかった。ユリアも真顔に戻り、話を続ける。

「その後は、見ていません。ただ私は、夜10時には寝ていますので、その後に帰って来たとしても気付かないと思います」

「ちなみに、朝は何時ごろ起きてらっしゃいますか?」

「そうですね」この質問は想定していなかった。ユリアは正直に答えることにした。「8時ごろですね。早いときは7時に」

「早寝早起きですね」

 ラドが笑みを浮かべて言う。ユリアも微笑んで答えた。

「それが美容の秘訣です」

 確かに、ユリアは美人だった。アルベルトの同僚の話を、ラドは思い出した。アルベルトは5年前に、当時25歳だったユリアと結婚した。つまり、目の前のユリアはいま30歳。顔つきは年齢相応だが、若い女にはない淑女の雰囲気が漂っている。

 コープは軽く咳払いをしてから、

「では、出掛けられるときのご主人の服装は、覚えてらっしゃいますか?」

 むろん、覚えている。ユリアはこれも、正直に答えた。ウソを吐いても、すぐにバレるだろうからだ。

「えっと……茶色いコートを着ていました」

「その下は?」

 ユリアは再び、少し考える素振りをしてから、

「黒いズボンと白いシャツ……それに、紺色のジャケットだったと思います」

 ラドがその内容を手帳に書き留めるのを確認し、コープは質問を続けた。

「出掛けられるご主人に、どこか不審な点はありませんでしたか?」

「不審な点?」

「はい。失踪しそうな雰囲気と言いますか、いつもと違う様子は?」

 ユリアは顔に、柔らかい笑みを浮かべて見せた。そのまま静かに、淡々と答える。

「わかりません。……私はいつも、アルベルトを見ていないので」

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