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TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情  作者: 桜木桜


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第29話

「クーランベル伯爵のやつめ、欲をかいたな」


 密偵からの報告を聞いた皇太子――バールドは呆れ声を上げた。

 現在、彼は帝国軍を率いてブドゥーダル公国へと進軍している最中だ。


「このまま評議会派を率いて、宮廷派を批判し続けていれば貴族たちの支持を得られただろうに。自らその支持を手放すとは」


 国難に対処するため、評議会を開き、ロゼリア姫を助ける。

 

 このクーランベル伯爵の意見に賛同する貴族は少なくない。

 というのも、一見すると真っ当であり、また上手くいけば全員が利権を得られるからだ。


 しかし、そのためにロゼリアに対して兵を差し向け、これを無理矢理捕縛する。

 さらに婚姻を強要する――ここまで行くと、賛同する貴族は大幅に減る。


 例えるならば、「地球温暖化対策のために脱炭素を目指そう。動物愛護のために動物虐待を減らそう」と主張するだけなら賛同は得られるが、「環境保護を訴えるために美術品を破壊する」まで踏み込めば顰蹙を買うのと同じだ。


「仮に利権を得られずとも、評議会派を率いた実績が出来る。それを足掛かりとすれば、ブドゥーダル公爵の地位も夢ではなかっただろうに。……やつがなぜ、賭博で勝てないのか、よくわかる。欲張って、負けるまで続けるからだ」


 兵を起こした時点でクーランベル伯爵の勝ち目は殆どなくなった。

 プルーメラ大公の援軍を得たロゼリアに、クーランベル伯爵が勝てるはずがない。

 少なくとも、真っ当な判断力を持つ貴族はそう考える。


 もし勝ち目があるとすれば、それはクーランベル伯爵が運よくロゼリアの捕縛に成功した時か……。

 帝家の支援を受けた時だけ。


「焚きつけたのは、我々ですがね」


 半笑いでそう口にしたのは、帝家に仕える筆頭騎士頭の男だった。

 ブドゥーダル公爵家における、騎士サンブラッグに相当する人物であり、バールドの補佐として、事実上の軍の指揮を任されている。


「人聞きの悪い言い方をするな。少なくとも……俺は『クーランベル伯爵を支援する』などとは口にしていない」


 確かにバールドはクーランベル伯爵に対し、“そうとも解釈できる”ようなことを口にしたが、決して明言はしていない。

 本来であれば明言を求めるべきだが、社交能力の低いクーランベル伯爵は都合の良いように解釈し、納得してしまった。


「おっと……クーランベル伯爵領に忍ばせていた密偵は引き上げさせておけ。文書は全て燃やしておくように伝えるのも、忘れるな」

「よろしいのですか? ……まだ使えるやもしれませんが」

「投げつけた小石を拾うつもりはない」


 帝家にとって、クーランベル伯爵はブドゥーダル公国に混乱を起こさせるためだけの存在だ。

 すでに用済みであるため、彼を支援するつもりも、再利用するつもりも毛頭なかった。


「勝利条件を確認しておこう」


 バールドは指を二本、筆頭騎士頭に向けた。


「まずはオーセン伯爵領の確保。これが第一目標だ。次に第二目標はロゼリア姫の確保だ」


 帝家が欲するオーセン伯爵領の権利を保有しているのは、ロゼリアだ。

 故にバールドの交渉相手はクーランベル伯爵ではなく、ロゼリアとなる。

 「オーセン伯爵領を放棄する代わりに、クーランベル伯爵の討伐に協力する」と提案することも、バールドは選択肢に入れていた。


「第一目標はともかく、第二目標は難しいでしょう」

「分かっているとも。第二目標は可能であれば、だ。トルーニヤ城の攻略に手間取り、オーセン伯爵領を取りこぼすような真似は避けなければならない」

「……いえ、そういうことではありません。ロゼリア姫はおそらく、トルーニヤ城から退避します。ブドゥーベル城か、もしくはプルーメラ大公領への亡命を謀るかと」

「……ふむ」

「軍事的に考えれば、撤退こそが最良です。もっとも安全に、そして確実に勝てる策です」


 筆頭騎士頭の言葉を聞き、バールドは顎に手を当て熟考する。

 そして首を傾げた。


「撤退は愚策だろう。確かに軍事的に考えれば、一度退避するのは上策だが……。それ以外のデメリットが大きすぎる。少なくとも俺は選ばん。撤退は下策、リスクを覚悟でトルーニヤ城で籠城するべきだ。成功する算段も高いだろう。プルーメラ大公領での反乱が鎮圧された時点で、我々は撤退しなければならんからな」


 帝家はプルーメラ大公と戦うことができない。

 戦端を開いた時点で、帝国が二つに割れる内戦が起こりかねないからだ。

 故にプルーメラ大公の身動きが取れるようになった時点で、撤退を余儀なくされる。

 それが帝家の“敗北条件”だ。


「若様。……プルーメラ大公領での反乱が小規模で終わるだろうという予測は、火をつけた我々しか知り得ぬことです。トルーニヤ城にいる、ロゼリア姫と宮廷の騎士たちの視点でお考え下さい」

「むっ……。それは確かに……いや、それでも俺は籠城を選ぶ。それは誤りか?」

「いえ、若様が籠城を決断されたのであれば、我々はそれに従います」

「では何が違うというのだ」

「ロゼリア姫とそれを支える騎士たちの視点で、お考え下さい」


 筆頭騎士頭は含み笑いを浮かべながらそう言った。

 それは部下が上司に進言するというよりは、教師が生徒に授業するような口調であった。


「……ふむ、宿題ということか。良いだろう。考えて置く。近いうちに答えは出るだろう。もっとも、俺はロゼリア姫には逃げて欲しくないが」


 バールドは社交の場で言葉を交わした、気の強そうな姫君の顔を思い出す。

 彼女には逃げる姿は似合わない。

 例え不利な状況でも、孤高奮闘する彼女を……自身の伴侶としたい。

 ここで逃亡を選ぶようでは興ざめだ。


「ロゼリア姫には逃げてもらった方がオーセン伯爵領は手に入りやすいが、しかし逃げられてしまえば彼女は手に入らない。悩ましいな」


 バールドは笑った。


  

 



 帝家が進軍を開始した、ほぼ同時刻。

 ブドゥーダル公国ブドゥーベル市ブドゥーベル城内では、ちょっとした騒動が起きていた。


「お家の危機なのですよ、ブランシュ! わたくしの言うことを聞きなさい!!」

「何度も申し上げましたわ、お母様。従兄殿との結婚など、真っ平です!」


 大声で言い合いをしているのは、二人の女性。

 一人はブドゥーダル公爵夫人であるアントシア、もう一人はその娘のブランシュだった。


 クーランベル伯爵は自身とロゼリアの婚姻を提案すると同時に、自分の息子とブランシュの婚姻も提案していた。

 前者が通る望みは薄いが、後者は通るだろうとクーランベル伯爵は考えていた。

 なぜならブドゥーベル城には自分の妹である、アントシアがいるからだ。


「そもそも危機を招いているのは伯父様自身ではありませんか!」

「原因はあの女――ロゼリア姫の指導力不足です! 旦那様の生死が分からぬ今、バークス家は団結しなければなりません!」


 アントシアは公国の混乱や、帝家の侵攻を「ロゼリアが評議会派の提案を受け入れないからだ」と認識していた。

 クーランベル伯爵に大きく肩入れした考えではあるが、彼女自身は兄と共謀しているわけではない。

 むしろ兄が兵を起こしたと聞いて、一番驚いたのが彼女である。

 混乱しているからこそ、彼女は兄の主張をそのまま受け入れた。


「そもそも、ロゼリア姫を帝家に明け渡してしまえば、紛争も解決するのではありませんか?」


 アントシアの主張は間違いではない。

 帝家はオーセン伯爵領とロゼリアの確保を戦争の目的としているため、ロゼリアを売り渡してしまえば戦争は終わる。

 もっとも、それを行えばプルーメラ大公との同盟も切れてしまう。


 帝家の領土的野心がオーセン伯爵領で留まるかどうかは、それこそ皇帝やバールドだけが知るところだ。

 また、“バールドと手を組んだロゼリアが復讐のために攻め込んでくる”可能性も考えられる。

 もっとも、アントシアはそこまで頭が回らないし、至らない。


「ロゼリア姫がいなければ……あなたが次期ブドゥーダル公爵です。一体、何が不満なのですか!?」

「お言葉ですが、お母様」


 ブランシュは声を苛立たせ、母親を睨みつける。


「お母様にとって、お姉様は他人かもしれませんが、わたくしにとっては同じ幹から伸びる姉妹です。それを引き裂くような言動は、慎んでください」


 ブランシュとて、姉に嫉妬するような気持ちがないわけではない。

 しかし同時に姉と同じことができるとはとても思っておらず、ましてや敵に回すなど考えられない話だった。


「何より、わたくしは枝葉の男と結婚などしたくありませんわ」


 そして何より、プライドの高いブランシュにとって、臣下の息子と結婚させられるのは我慢ならないことであった。

 明らかに条件の悪い結婚を提案されること、それ自体が腹立たしい話だった。


「枝葉って、あ、あなたは……!」


 そしてブランシュから漏れた言葉は、アントシアを怒らせるには十分だった。

 怒りが頂点に達したアントシアは、怒声と共に魔力を放出する。


「わたくしはあなたの母親で、ブドゥーダル公爵の妻です! 言うことを聞きなさい!!」

「わたくしはバークス家本家の娘です! 立場をわきまえてください!!」


 ブランシュもまた、湧き上がる怒りの感情を魔力に乗せて放つ。

 その魔力量は僅かにアントシアを上回っていた。

 思わずアントシアは一歩、後ろへと下がる。

 冷や水を浴びせられたことで、僅かに冷静になった彼女は……ようやく気付く。


 自身を取り囲むように、武装した騎士たちが陣形を組んでいることを。

  

「な! あ、あなたたちは何を……」

「お母様」


 ブランシュは黄金の腕輪を嵌めた腕を、母親へと向ける。

 そこには十分な量の魔力が込められていた。


「どうか、事が収まるまで自室で安静にしてくださいませ」


 こうして騒動は鎮圧された。




「こ、これで良かった……のですよね?」


 アントシアが自室に軟禁された後のこと。

 ブランシュはそわそわとしながら、浅黒い肌の女性に尋ねた。

 彼女はブランシュの乳母であり、また副侍女長の地位にある女性だ。


「はい。確かに今はクーランベル伯爵が優勢のように見えますが、最終的に勝利するのはロゼリア姫です。もしアントシア様がクーランベル伯爵に与すれば、戦後の処罰は免れないでしょう。アントシア様のことを思えば、大人しくしていただくのが安全です」


 ブランシュにとって、アントシアは思うところはあれども大切な母親だった。

 一方でロゼリアも大好きな姉だ。

 板挟みとなってしまったブランシュを上手く誘導したのが、副侍女長である。


 育ての母親から「アントシアを拘束することがアントシアのためである」と説得されたことで、ブランシュは実の母と対峙したのだ。

 最初は言葉での説得を試みたが、結果としては売り言葉に買い言葉の喧嘩へと発展し、武力鎮圧の流れとなった。


「こ、この後はどうするのでしょうか? クーランベル伯爵や帝家はこのブドゥーベル市に攻め込んできますか?」


 ブランシュは不安そうに副侍女長に尋ねる

 “いざとなればお姉様がなんとかしてくれる”と思っていたブランシュには、当然のことながら戦争に巻き込まれる覚悟など全くなかった。


「彼らはしばらくの間、トルーニア公爵領の占領に注力するはずです。その間にこちらの反撃準備も整います。ブドゥーベル市が攻められることはないでしょう」


「で、でも……もし、間に合わなかったら!?」


「その場合はプルーメラ大公領に撤退することになります。元々、ブドゥーベル城は守りに向いた城ではありません。籠城戦は避ける方針となっております」


「そ、そうでしたか……」


 ホッとした様子でブランシュは胸を撫でおろす。

 ブドゥーダル公爵家を率いる自覚も覚悟もないブランシュは、良くも悪くも城を捨てて逃げることに躊躇はなかった。


(ロゼリア姫が戻るまでの間、ブランシュ様の精神を保たないと……)


 不安そうな表情を隠す様子も見せないブランシュを前に、副侍女長は内心でため息をつく。

 ブランシュの精神状態は極めて不安定だ。 

 いつ気が変わるかも分からない。


「そ、そうだ! お、お姉様は……? お姉様はどうされるのでしょうか?」

「ロゼリア姫もトルーニヤ城から撤退する手筈となっております」


 副侍女長は自身の兄である、筆頭騎士頭のサンブラッグから届いた手紙を思い返しながら答えた。

 その手紙には、「戦争は極力避ける。もしクーランベル伯爵が兵を上げることがあれば、その時点で迅速にロゼリア姫を避難させる」と書かれていた。


 サンブラッグたち、宮廷の騎士たちはクーランベル伯爵が不穏な動きを見せた段階で、いざとなればロゼリアを避難させる計画を練っていた。

 ロゼリアの精神もまた、不安定な状態になっているからだ。

 本人は気丈に振る舞ってはいるものの、不安を隠しきれていない。


 この状態で戦闘はできない。

 サンブラッグたちは早々に見切りをつけたのだ。


(頼りない……。先代様の御代を懐かしむ時が来るなんて)


 先代公爵、“悪魔公”と呼ばれたロゼリアの祖父は暴君だった。

 逆らう者は尽く粛正された。

 疑心暗鬼の塊であり、誰も信じず、何もかもを疑っていた。


 残忍で無慈悲で非情な男だった。


 しかし彼は名君でもあった。

 現在のブドゥーダル公国の繁栄の礎を築き上げたことは間違いない。


 確かに恐怖はあったが、「この人がいる限りブドゥーダル公国は安泰だ」という安心感もあったのだ。


 今はそれがない。

 今代のブドゥーダル公爵が行方不明の今、ブドゥーダル公国の内情はボロボロだ。


 副侍女長は今にも、足元が崩れそうな不安に襲われていた。

 彼女だけではない。

 宮廷の騎士たち、全員が大なり小なり不安を抱いている。

 その不安が、“下策”であると思いながらも、消極的な策を取らせていた。


 とはいえ、それを幼い主君たちに悟られるわけにはいかない。

 自分たちが彼女を守らなければ。


 気合いを入れ直した副侍女長は、ふと城内が慌ただしくなっていることに気付いた。

 彼女は一度ブランシュに断りを入れてから、退室する。


 すると、息を切らした様子の騎士と出くわした。

 彼はブドゥーベル城の守りを任されている、騎士頭のうちの一人だ。


「丁度良かった……副侍女長。一緒に来てくれ」

「構いませんが、用件は? ブランシュ様をお一人にするのは……」

「ブランシュ様に状況を説明するためにも、あなたが必要だ。正直……私も何が何だか、分からんのだが……」


 騎士頭の男も混乱している様子で、その説明は要領を得なかった。

 副侍女長は強い不安を感じながらも、城のホールへと向かう。

 そこにはすでに宮廷の主要な騎士たちが集まっており……。


「え? ……デラーウィア殿!?」


 その中心にはロゼリアの専属侍女であるデラーウィアがいた。

 メイド服ではなく、物々しい鎧を身に纏っている。

 よく見るとその美しい髪や肌は、汗と土で汚れていた。


 ロゼリアの影武者として、トルーニヤ城で籠城する予定であった彼女がいることに副侍女長は混乱する。


「全員、集まられたようですね」


 デラーウィアは副侍女長の存在を確認すると、呟くように言った。

 そして大きな声で宣言する。


「クーランベル伯爵らの反乱と侵略者共に対する、反攻作戦が発動しました」


 反攻作戦?

 撤退するのではなかったのか?

 騎士たちの間で動揺が広がる。


「これより、姫様からのお言葉を伝えます。『我に仇なす者は全て我が足で粉砕する。選ぶ道は死か服従か、二つに一つ。我が足に服する者は、我が足となり、死を与えよ』」


 デラーウィアは珍しく、高揚した声を上げる。

 そして自分自身を落ち着かせるように、大きく深呼吸をした。


「すでにクーランベル城は我らの手に落ちており、姫様はクーランベル伯爵を討伐するための軍を編成しています」


 デラーウィアの言葉に場が騒然となる。

 それを掻き消すようにデラーウィアは大きな声を張り上げた。


「これより、作戦の詳細と経過を伝えます」


 その声はまだ興奮で上擦っていた。



 

「撤退を選ぶことはできません」


 私の言葉に騎士サンブラッグたちは表情を強張らせた。

 きっと彼らの中では、すでに撤退で方針は固まっているのだろう。


「お気持ちはよくわかります、姫様。しかし逃げることは一時の恥で済みますが、虜囚となれば姫様の名誉を大きく損なうことになります。それは一生の恥となりましょう」


 女性である私は、男性よりも辱めを受けるリスクが高い。

 仮にそういうことが行われなかったとしても、「そういうことをされたのではないか」という疑惑が生まれる。

 だからこそ、騎士サンブラッグたちはできるだけ私を抱えて戦闘をしたくないのだ。

 気持ちはわかる。


「一つ、問いましょう」


 先程、つい“怒り”の感情を漏らしてしまったが、あれは失策だった。

 できるだけ冷静に見えるように、ダダをこねているわけではないとわかってもらえるように。

私は落ち着いた声で騎士サンブラッグに訪ねる。  


「トルーニア公爵領には、わたくしの足に忠誠を誓ってくれた騎士たちが少なからずいます。わたくしが撤退を選んだ場合、彼らの立場はどうなりますか?」


 私の味方ということは、クーランベル伯爵にとっては敵だ。 

 私がクーランベル伯爵の立場であれば、敵はできるだけ掃除しておきたい。


「彼らには……耐え忍んでいただくしかないでしょう」

「つまり彼らはわたくしに見捨てられる形になるのですね」

「……姫様がプルーメラ大公とともに反撃に転ずれば、そのような印象は抱かれないかと」

「それまでにどれだけの騎士たちが、わたくしへの忠義を保ってくれているでしょうか」


 この方が安全だから。

 確実に勝てるから。

 軍事的には上策だから。

 そんなものは取り残される地方の騎士たちからすれば関係のない話だ。 


「そもそもとして、お爺様がどれほど協力してくださるかは未知数です。お爺様にとって、わたくしは大切な後継者ではありますが、ブドゥーダル公国はただの同盟国ですから」


 祖父はああ見えてリアリストな一面がある。

 かつては悲願であるはずの帝位継承と故地奪還を放棄し、プルーメラ大公領の維持を選んだ。

 力は貸してくれるだろうけど、もし手間取ることがあれば手を引くことは考えられる。


「撤退を選んだ場合、いつトルーニア公爵領を取り戻せるかも未知数です。何より、戦が長引けば、それだけ領地は疲弊します。わたくしの愛するこの大地が、荒れ果て、血に染まる様を見たくありません」


 長期戦がもし私にとって有利だとしても、統治者としてそれは良いことではない。

 避けるべき選択肢だ。


「一戦も交えず、撤退するのは政治的な面から、下策であると考えます。わたくしは領内で踏みとどまり、戦うことを望みます」


 騎士サンブラッグたち、宮廷の騎士たちにとっては私を安全に逃がすことが上策なのだろう。

 しかしそれは私にとっての上策ではない。

 私と彼らの利益は必ずしも一致しているわけではないのだ。

 だからこそ、私は私の立場で考えを口にするべきだった。


 私の言葉に騎士サンブラッグたちは戸惑った表情で、互いに顔を見合わせる。

 私は彼らの目を一人一人、合わせながら、答えを待つ。


「……姫様のお考えは承知いたしました。しかしながら、籠城戦はあまりに危険です。現時点では我々にどれほどの味方が集まるか、敵の数がどれだけ膨れ上がるか、未知数です。どうか、ご再考を」


 騎士サンブラッグたちは深々と私に頭を下げた。

 どうやら「籠城戦」は彼らにとっては、絶対に承服できないラインなのだろう。


「騎士サンブラッグ。わたくしは籠城戦をするべきであると、主張しているわけではありません」

「……クーランベル城を攻略するために軍を動かすのは危険です。攻城戦に手間取れば、他家の軍に背後を突かれる可能性がございます」


 他家とは帝家だけでなく、ラークノール公爵家のような国外の諸侯。

 そして今は中立を保っている、ブドゥーダル公爵家の封臣たちのことだろう。

 誰が敵に回るか、現時点で判断することは不可能だ。


「ええ、もちろん。それも十分、分かっています」


 認識の相違はよくないので、そこは真っ先に否定しておく。

 その上で怪訝そうな表情の彼らに私は自分の譲れないラインを伝える。


「わたくしが受け入れられないことは、一戦も交えずに撤退すること。そしてわたくしの望みは領内で踏みとどまり、戦いを続けることです。勝利か死の二択は、わたくしの望むところではありません」


 命あっての物種という考えを否定するつもりはない。

 いざとなれば、全部放り出して逃げる選択肢は残しておきたい。

 ……あまりカッコよくはないけど。


「『力なき知は無力であり、知なき力は無能である』。……わたくしにはどちらもありません。無力で無能なわたくしではありますが、しかしわたくしはブドゥーダルの地とあなた方の主人です」


 私よりも家臣たちの方が、経験も知識も才能も優っている。

 それを上回れるとは思っていない。 

 しかしそれでも、決断をするのは私の仕事だ。


「あなた方に命じます。わたくしの望みを叶えるための知恵と力を貸しなさい」


 言うべきことは全て言った。

 私は口を閉じ、騎士サンブラッグたちの反応を伺う。

 彼らは皆、無言だった。その表情から感情を読み取ることもできない。


「……一つだけ、策があります」


 長い沈黙の後、騎士サンブラッグは私の目を見つめながらそう言った。


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