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TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情  作者: 桜木桜


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第26話


 私とバルトナ王子との間で、正式に婚約が取り交わされた。

 決め手となったのは、カルタリア公爵家が建国祭に顔を出さなかったことだ。


 必ずしも当主やその代理が出る必要はなく、挨拶の使者くらい送れば最低限の義理は果たせるのだが、それさえやらなかった。


 王家だけでなく、ブドゥーダル公爵家も面子を潰された。

 彼らを野放しにしておけば私の公位継承にも悪影響が出るので、お仕置きとして戦争しなければならない。


 共同歩調を取るために、婚約(同盟)を結ぶことになった。

 結婚時期は三年後、私が十六歳、バルトナ王子が二十四歳の時と決まった。


 結婚ではなく婚約に留められたのは、私が幼いから……というのは建前で、父がカルタリア公爵家との全面戦争を嫌がったからだ。


 カーヴェニル王子としてはカルタリア公爵領が自分の物になるまで徹底的にやりたいのだろうが、私たちとしてはそこまで肩入れしたくない。

 詫びに賠償金や利権さえ得られればいいんじゃないかと思っている。


 そもそもとして私たちにとっては対帝家のための同盟なわけで、カルタリア公爵家との戦争でそれが疎かになるようであれば、本末転倒だ。

 一方で王家としては、カルタリア公爵家との紛争が解決しない限り、帝国と構えたくないだろう。


 折衷案として、三年という猶予が与えられた。

 ブドゥーダル公爵家はカルタリア公爵家との戦争に、最低限の兵力を貸す。

 代わりに王家は三年間、婚約(同盟)を破棄できる。


 私たちは婚約という不安定な同盟関係のまま侵略戦争に参加させられる。

最悪、帝家が攻めて来た時に「婚約破棄します! だからもう関係ありません!!」をされる可能性がある。

 もっとも、リスクだけではない。

 私の婚姻という外交カードは、まだ手元に残っている。


 一方で王家は三年間でカルタリア公爵家との紛争を解決しなければならなくなった。

 紛争を解決できない場合、頼りなしと判断され、私たちの方から婚約破棄を切り出される可能性があるからだ。


 そもそも、侵略戦争と防衛戦争では後者の方が重要だ。

 だから私たちの結婚が成立した後、帝家がブドゥーダル公爵家に攻め込んできた場合、王家は侵略戦争をやめて防衛戦争を始めなければならない。

 王家には「王国の守護者」としての立場もあるので、これは避けられない。


 三年間のリスク期間を過ぎれば、私たちにとっては有利な同盟関係になる。



 そもそもとして、父と祖父が安泰なうちは、帝国はこちらに手を出せない。

 三年くらいなら、許容できる。


 悪い話ではない。

 ただ、うーん……。


「結婚の条件に出兵というのは、譲歩のし過ぎではありませんか?」

「王国の結束を維持することは、我が邦の利益にもなります」


 私の問いに答えたのは黒い肌の男性。

 筆頭騎士頭の騎士サンブラッグである。


「対帝国との良い実績になるかと」


 王国軍という諸侯連合軍が結成されるのは、ガルザァース人(先代ラークノール公爵)が王都を包囲して以来だ。


 私たちがぶっつけ本番になるよりは、カルタリア公爵家でお試しするのは悪くない。


「何より、王家との同盟はそれ以上の利があります」


 私たちも王家も、内心では「互いの戦争に巻き込まれたくない」と思っていることからわかる通り、ぶっちゃけ同盟なんてのは信用できない。

 その気になれば同盟なんてのはいくらでも破棄できる。


 それでも王家を同盟相手として選ぶのは、王家が一番信用できるからだ。


 それは王族の人柄が良いからとかではなく、構造的な問題である。

 王家はもともと、王都周辺を収めるだけの伯爵家であり、その領土は今でも決して広いとは言えない。

 にもかかわらず、王家が大きな顔をしていられるのは、王家が王国という「集団安全保障」のリーダーだからだ。


 いざとなれば王家が音頭を取って、諸侯を取りまとめ、守ってくれる。

 そういう信用があるからこそ王家は大きな顔をできるわけで、それを失えば王家はただの中堅に毛が生えただけの貴族だ。

 だから王家よりも信用できる貴族はいない。なぜなら王家は信用を失えば、破滅するからだ。


 それに王家を敵に回すということは王国全体を敵に回す……と言うことには実際にはならないが、やはり心理的抵抗は大きい。

 元々、王国は帝国や北方のガルザァース人海賊のような外敵に対抗するために建国されたことを考えると、対帝家のためには王家と結ぶのが適切だ。


「何より、姫様の婚姻相手として最も、適切なのはバルトナ王子です」

「私が男児であれば……いえ、今のは失言でした。忘れてください」

「……」


 正直、私が男だったらここまで揉めなかったと思う。

 プルーメラ大公との同盟関係だけで、十分帝家には牽制になる。

 プルーメラ派は帝国諸侯の四分の一に達するので、帝家は帝国を維持する上で私を敵に回せない。


 それではなぜ王家との同盟が必要なのかと言えば、私が大公位を継いだ時点で相当数のプルーメラ派が離脱することが予想されるからだ。

 女の下に付きたくないという男は少なくない。

 男女差別だと叫ぼうとも、そう思う男が多数派である以上、私が何を言っても無駄だ。


「バルトナ王子であれば、不満は最小限に抑えられるでしょう。確かに適切です」


 加えて、私の夫選びというのは極めてセンシティブだ。

 利害関係以外にも、派閥の貴族や騎士たちの感情にも左右されるからだ。


 これは現代日本人感覚のある私には全く理解しがたい話だが、自分が仕えている主君がベッドの上で組み伏せられていると考えると、嫌な気持ちになるらしい。


 NTR的な心理の亜種だろう。

 

 何でと言っても、仕方がない。

 そういうものは、そういうものだ。気持ちの問題だ。

 私にできることは、その嫌な気持ちを軽減してあげることだ。

 

 そう考えると、バールド皇子は論外になる。

 プルーメラ派の帝国諸侯は一斉に反乱を起こすだろう。

 帝家に家族を殺されたのは、祖父だけではないのだ。


 コークモール公爵のような、遠方の貴族もあまり良くない。

 関わりが薄すぎる。

 「誰、お前?」みたいな雰囲気になる、

 

 ではラザァーベル伯爵の息子のような、地元の貴族はどうかと考えると、今度は「つい昨日まで同輩だったやつに、頭なんて下げたくねぇ!」と貴族たちは考える。


 だから最適解はバルトナ王子になる。

 彼は王家という大貴族の生まれだし、私たちは王家と戦争したことがない。

 そして何より、私の父方の祖母は王家の生まれ。

 遡れば枝が重なり合うというのは、この世界では重要だ。

 少なくとも他人にはならないのだから。


 王家もそれはよくよく分かっている。

 だから同盟の対価として、出兵を求めて来る。

 こちらはそれを受け入れざるを得ない。

 

「何より、顔を潰されたのはわたくしですから。今後のために報いを受けさせなければならないというのは分かります。……内外に示しがつきませんから」


 カルタリア公爵家以外にも、建国祭をボイコットした貴族がいる。

 クーランベル伯爵たち、“反ロゼリア派”だ。

 この戦争は彼らに対する警告の意味もあるのだ。


 だったら直接、“反ロゼリア派”を叩けばよいのではないかと思うのかもしれないが、彼らは“反ロゼリア派”ではあっても、“反ブドゥーダル公爵派”というわけではない。

 要するにブドゥーダル公爵である父に対しては、最低限の臣従の姿勢を見せているので、こちらからは手出しができないのだ。

 そもそもとして、クーランベル伯爵は一応、父の妻の実家であり、同盟関係だ。

 同盟相手を攻撃することはできない。


 なぜそんな相手と同盟しているのかといえば、先代のクーランベル伯爵は真っ当な人だったからだ。

 たまに飴とか、お菓子を贈ってくれたのを覚えている。


 彼の長男と次男が生きていれば、また変わっていただろう。


「良い取引だと思います」


 論理的に考えれば、そういう結論になる。

 でも、モヤモヤする。

 喉に魚の骨がひっ掛かったような、不快感を覚えてしまう。


「……雑談をし過ぎましたね。どうぞ、講義に戻ってください」

「よろしいのですか? お加減が優れないようでしたら、今日はここまでとしても……」

「体調に問題はありません。時間も有限ですから。再開してください」

「……それでは講義を再開いたします」


 私と騎士サンブラッグは、別に楽しくお茶会をしているわけではない。

 今はお遊びではなく、お勉強の時間だ。

 兵法についての勉強だ。


 体系的なことについては一通り習い終えた。

 今は実際の戦争で、どのように兵が動き、どうして勝ったか(負けたか)を教えてもらっている。

 ブドゥーダル公爵家も長い歴史の中でそれなりに戦争をしてきている。

 そういった過去の戦争で蓄積して得た戦訓を、教授してもらっているわけだ。


 私の成績は可もなく不可もなく、らしい。

 異世界転生したからには、諸葛亮みたいな天才軍師ムーブをしてみたいものだが……そういう才能はなさそうだ。

 もっとも、そもそもとして私は“君主”なんだから、どちらかと言えば天才軍師にサポートしてもらう立場である。


 騎士サンブラッグも私には「最低限の軍事的な知識」を身に付けてくれさえいれば十分と思っているようだ。


 騎士たちがサポートしてくれるからというのもあるが、一番は私が女だからだろう。

 私が戦場に立つ可能性は低い。

 だから戦争に関する教育の優先度は、どうしても下がる。


 戦争が起きたとして、矢面に立つのは私の夫――つまりバルトナ王子だ。

 彼に軍事的な才覚があれば問題ない。

 ……もっとも、あまり戦争で強いという話は聞かないけど。


 もし私が男児だったら、騎士サンブラッグはもっと厳しい授業をしたのだろうか。

 ふと、そんなことが脳裏を過った。




 ブドゥーダル公国で行われた王国建国祭より、一月ほどが経った。


「ただいま、帰還いたしました」

「よくぞ、無事に戻った」


 執務室にて、バールド・エフ・エアグルを出迎えたのは彼の父――つまり帝国の皇帝であった。

 果たして自分の父はこんなに老けていただろうか?とバールドは一月前のことを思い出し、それからこんなものだったなと思い返す。


 そして自分とは異なる茶色い長髪に視線を向けた。

 一見すると美しい髪だが、それがカツラである、中身はツルツルであることをバールドは知っていた。


 俺はあなたのようにはならない。

 バールドは心の中で祈るように強く念じた。


「報告は騎士たちからも受けている。……お前の印象を聞かせてくれ」

「かしこまりました」


 バールドは皇帝に自分が見聞きしたこと、感じた印象を一つ一つ語った。

 一通り話し終えたところで、皇帝は小さくため息をついた。


「古き杖もついに腐り落ちる時が来たか」


 他の貴族が剣や槍などの武器を紋章に取り入れているのに対し、バークス家は杖を意匠として採用している。

 杖は羊飼いが羊を導くのに使う道具であり、貴族が蛮族を指導するメタファーでもある。

 統一帝国の貴族の末裔である証だ。


「杖を手に取れる、まともな男がおりませんから。致し方がありません」

「全くだな。クーランベル伯爵め、下手を打ったな」


 皇帝は忌々しそうに表情を歪める。

 彼はクーランベル伯爵が社交を欠席したことに怒りを抱いていた。


「エイル語すらまともに話せないやつです。出席したところで、ロゼリア姫の引き立て役になるだけでしょう。むしろ、正解かと」


 バールドは呆れた様子でそう言った。

 バールドはブドゥーベル市へと向かう途中、クーランベル伯爵と顔を合わせている。


 クーランベル伯爵は欠席する理由を「ロゼリアの共同統治者就任に反対の意思を示すため」とバールドに弁明していたが……。

 しかしその内心は、ただ社交に自信がないだけであることを、バールドは見抜いていた。

 ニアルマ語を母語とするクーランベル伯爵は、エイル語を満足に話すことができないのだ。


「どうやら、家中もまともに統制できていない様子。やる気があるとは思えない。そのくせ、我らに支援ばかりを集って……。あれは使い物にならないでしょう」


 ロゼリアが公爵領を継承すれば、少なからず混乱が生じる。

 その隙に軍を動員しオーセン伯爵領を奪還する。そして可能であればトルーニア公爵領も手中に収める。

 それが帝家の外交方針である。


 彼らはそのために一つずつ、布石を打っていた。

 クーランベル伯爵はその布石のうちの一つだ。


「黒狼騎士団は……」

「密書を出しましたが、封も開けられずに返ってきました。女に領主は務まらん! などと口にしていたのが、嘘のようです」


 ロゼリアがブドゥーダル公国の後継者として指名を受けたのは、三年前。

 その時、ブドゥーダル公国は大きく揺れた。

 クーランベル伯爵だけでなく、ラザァーベル伯爵や、黒狼騎士団の団長など……公国を支える重鎮たちの多くが、暗に反意を示していた。

 それが今は全てひっくり返っている。


「やはりラザァーベル伯爵が失脚したのが大きいでしょう。ブドゥーダル公爵も上手くやったものです。さすがは、かの悪魔公の息子。謀はお手の物のご様子」


 元々、ラザァーベル伯爵は反ロゼリア派の筆頭だった。

 血統はもちろん、実績も名声も高い彼は“次期ブドゥーダル公爵”にもっとも近い人間だった。

 しかし彼は偶然か、それとも陰謀か……ロゼリアに膝を屈することとなった。


「代わりに船頭となったのはクーランベル伯爵です。貴族たちが逃げ出すのは当然でしょう」

「他の分家は……ロクな者がいないか」


 ブドゥーダル公国の伯爵たちの中では、ラザァーベル伯爵とクーランベル伯爵の二名が家格や領地の規模で頭一つ抜けている。

 他はどこも横並びであり、とてもブドゥーダル公国を主導できる実力はない。


「悪魔公の粛正の影響か……。まさか、やつもユガペの子に家を取られるとは思ってはいなかっただろうな。笑える話だ」


 ロゼリアの祖父、先代ブドゥーダル公爵は中央集権化のため、親族の男子や、実力のある封臣たちを尽く粛正した。

 結果として、ブドゥーダル公爵家宗家の権力は絶大なものとなり、一方で分家の力は大幅に衰えた。


「しかし宮廷に不満を持つ貴族が減ったわけではあるまい? ブドゥーダル公爵家の宮廷では、異邦人が幅を利かせていると聞く。地方の……特にオスク系の貴族や騎士は不満を高めているのではないか?」


 この世界には民族主義ナショナリズムという概念はない。

 とはいえ、言葉や文化が近い者に対しては親近感を抱くし、逆にルーツが異なる者には警戒心を抱く。

 元々、宮廷(中央)の有力者と地方の有力者は仲が悪いことが多いが、ブドゥーダル公国の場合はそれが顕著だ。


 宮廷に反感を抱く者たちがクーランベル伯爵を担ぎ上げれば良いだけで、クーランベル伯爵にカリスマ性はいらない。

 “神輿は軽くてパーがいい”という人も世の中にはいる。


「それがですね、父上。大変、面白いことに……ロゼリア姫の主要な支持層は、オスク系の連中です」

「……ロゼリア姫の血縁者にオスク系はいなかったはずだが」


 皇帝の疑問に対し、バールドは抱えていた一冊の本を机に置いた。

 皇帝は眉を顰めた。タイトルを読めなかったからだ。

 ニアルマ語やエイル語、古典語ではないことは確かだ。


「それは?」

「オスク語の詩集です。編纂者は……」


 バールドはタイトルの下を指さした。

 西大陸では共通の表音文字が使われている。

 故に知っている言葉や、人の名前などの固有名詞であれば、その言語の話者でなくとも判別が可能だ。


「ローザリア・エヌ・ブドゥーダル……ロゼリア姫か。まさか、彼女はオスク語も話せるのか?」

「話せるどころか、詩も詠えるようです」


 バールドはページを捲り、書かれている詩を指さす。

 そこには作者名「ブドゥーダルの薔薇」と書かれていた。


「オスクの貴族や騎士だけでなく、農民たちの詩まで収録されているようです。つまりこの書物に名前が載っている者たちは、全員ロゼリア姫の支持者というわけです」


「……多芸なことだ」


「そもそもクーランベル伯爵はニアルマ語しか話せません。オスクの連中の支持を集めるなど、夢のまた夢」


「道理だな」


 三年間、ロゼリアは貴族や騎士たちと交流し、その話に耳を傾け、努力を続けていた。

 クーランベル伯爵は何もしていなかった。

 それだけの話だ。


「私はあのような小男と手を組みたくはありませんが」

「贅沢は言ってられん。小男だからこそ、我らの甘言に乗ってきているわけだからな。少なくとも、先代伯爵はこの程度の甘言では動かなかった」


 先代伯爵。

 その言葉にバールドは僅かに首を傾げる。


「先代のクーランベル伯爵、ですか。プルーメラ大公がロゼリア姫を誘拐した際に、公爵と大公の紛争を仲裁したと聞きましたが」


 自分の唯一の後継者となったロゼリアを、プルーメラ大公は自分の手で育てたいと考えていた。

 大公領の諸侯たちが、“外国人”の女が大公になることを認めるはずがないからだ。

 ロゼリアを次期プルーメラ大公にするには、彼女を大公領で育てる必要があった。


 しかしこの世界では、養育権は父親が持つものだ。

 故にプルーメラ大公はロゼリアを誘拐した。


「うむ。狡猾だが有能な男だった。あの悪魔公の粛正を生き延びた数少ない貴族だ。やつさえいなければ、今頃、オーセン伯爵領はこの手にあっただろう。惜しかった」


 当然、ブドゥーダル公爵とプルーメラ大公は一触即発の状態になった。

 皇帝は大喜びで戦争の準備をしたが……仕掛ける時には紛争は解決していた。


 先代のクーランベル伯爵が二人を上手く仲裁したからだ。

 結果としてロゼリアはプルーメラ大公領とブドゥーダル公爵領の二つを行き来する生活をすることになった。


「もっとも、病には勝てなかったようだ。我らにとっては幸運だな」


 先代クーランベル伯爵と今代クーランベル伯爵は性格と能力こそ似ていないが、体型は似ていた。

 早死するのは道理であった。


「幸運で手に入ったのが、あの小石ですか。役に立つでしょうか?」

「小石でも人を躓かせることはできよう。女性にはそれが致命傷となることもある」

「……なるほど。それでは、大叔母様の祟りがロゼリア姫に降りかかることを祈りましょうか」


 ロゼリアの祖父、先代ブドゥーダル公爵である“悪魔公”は、現皇帝の叔母に当たる女性を妻としていた。

 しかし彼女は「妊娠中に階段から転んだ」ことで死亡した。

 事故死というのが悪魔公の主張だが、もっぱら暗殺されたのだと噂されている。


 彼女は男児を産めなかったからだ。

 なお、その後、悪魔公は王家から嫁を貰い、二人の男児を作ることに成功した。

 そのうちの次男がブドゥーダル公爵である。


「手を結ぶのであれば、小石のごとき男よりも、もっと相応しい者がいます」

「ほう、誰だ?」

「トール・エル・ラークノールです」

「かの私生児の倅か。武勇は父譲りだそうだが……しかしロゼリア姫に惚れていると聞いたぞ」


 トールは社交の場で、ロゼリアに傾慕していることを全く隠していない。

 そのラブコールっぷりは、皇帝の耳にも届いていた。


「ですが、その恋は叶いません。ロゼリア姫の結婚相手は、バルトナ王子だからです」

「……つまり私生児の倅が、ロゼリア姫を恨むと?」


 ロゼリアに手酷く振られたトールがロゼリアを恨み、アンチ・ブドゥーダル公国となる。

 あり得る話ではある。

 トールが本気でロゼリアに恋しているとするならば。


「外交交渉の一環ではないのか?」

「あれは本気で恋している男の目です。ロゼリア姫は渡さないと……敵意を向けられましたよ」


 バールドはニヤリと笑みを浮かべた。


「我らがオーセン伯爵領を、トール殿がロゼリア姫を。各々が欲しい物を得る。良い取引だと思いませんか?」

「我らにとって、あまりに都合の良過ぎる取引だ。成立しないだろう」

「小石に期待を寄せ、祟りを祈るのも、似たようなものでしょう」

「なるほど。“来たる時に備え続けよ”か」


 “来たる時に備え続けよ”。

 それは帝家の家訓である。

 あらゆる好機・危機に備え、準備を続ける。

 その準備の多くは無駄になるが、しかし「来たる時」は決して逃さない。

 先帝は備え続けた結果、帝位を手に入れた。


「可能性が低いからといって、試さない理由にはならないでしょう?」

「お前の言う通りだ。であれば、もっと良い手があるぞ。お前がロゼリア姫を口説き落とせれば、全てが解決する。……手ごたえはどうだった?」


 皇帝は笑いながらバールドに尋ねる。

 バールドは苦笑した。


「こっぴどくフラれました。良き隣人になろう、だそうです」

「わははは! 友人ですらないか!」


 皇帝は腹を抱えて大笑いをする。

 ひとしきり笑った後……。


「であれば、遠慮はいらんな」


 憎悪の篭った声で呟いた。


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