第24話
バールド・エフ・エアグル。
現在十八歳で、私との年齢差は五歳だ。
一応私の婚約者候補……と言って良いのだろうか?
祖父は大反対だし、父は気乗りしていないが、本人は立候補している。
ちなみに私と彼が結婚した場合、帝国が完全体となる。
西大陸統一ENDという、ハッピーエンドを迎える。
他の諸侯からするとそれはバッドエンドなので、全力で阻止しに来るだろう。
「お久しぶりですな。あなたと最後にお会いしたのは、三年ほど前か。あなたのことは、片時も忘れたことはございません」
会場に響き渡るほどの大声。
空気読めてないんじゃないかと思ってしまう登場だ。
というか、読む気は全くないのだと思う。
招待状こそ出したが、そもそもバールド皇子は全く歓迎されていない。
それを分かっていながら、乗り込んで来たのだ。
ぶち壊す気満々だ。
「お久しぶりです、バールド皇子。ご壮健なご様子で、何よりです。再びお会いできたことを喜ばしく思います。もしよろしければ、落ち着いた時間にゆっくりと……」
後で話してやるから、今は話しかけるな。
そう口にしようとする私の言葉を、バールド皇子は遮った。
「再会できる日を心待ちにしておりました。どうか、私の手を取ってください。共に先祖の悲願を成し遂げましょう」
俺と合体して、完全体になろう!
と、バールド皇子は堂々と私に求婚した。
「はい、わかりました」と言うと思っているのだろうか? 思ってないだろうな。
もし私と本当に結婚したいなら、結婚できると思っているなら、こんなやり方はしない。
「まあ! 大変、喜ばしいご提案ですね。……しかしわたくしは、共に大地を歩いてくださる方と共に生きたいと思っていますから。貴殿と共に大空を飛ぶことはできませんわ」
私はきっぱりとバールド皇子からの求婚を拒絶した。
貴族が“大地”や“歩く”という言葉を口にした場合、それは堅実な統治を意味する。
一方で“大空”や“飛ぶ”とは不相応の地位や野心を意味する。
もちろん、夢や未来のように肯定的な意味もあるけど。
加えて、帝家の紋章には鷲が意匠として用いられている。
「おや? しかしながら御身は竜の子ではありませんか?」
私の拒絶の言葉に対し、バールド皇子はすぐさま切り返して来た。
やられたなと思うと同時に、上手いなと感心する。
竜はカルテマ家の紋章に意匠として用いられている動物だ。
「竜の子」とはカルテマの子孫という意味であり、つまりオーセン伯爵領の継承者であることを意味する。
そして竜は空を飛べる。
肯定すれば先ほどの自分の言葉を否定することになり、否定すればオーセン伯爵領の継承権を否定することになる。
「おっしゃる通りです。そして竜の牙と炎は宝を守るためにある。宝を欲するのであれば、勇気と覚悟を持って、我が巣穴にお越しください」
「しかしながら、あなたには翼もある。落ちることを恐れて洞窟に篭るのは臆病ではありませんか?」
「それでは、どうぞわたくしに勇者としての手本を見せてくださいませ。あなたが真に勇者であるならば、古の仕来りに従い、わたくしはあなたに自らの背を捧げましょう。もっとも……空を飛んだことはありませんから。振り落としてしまうかもしれませんけれど」
どうぞご容赦を。
私は小さく笑みを浮かべながら言葉を結ぶ。
するとバールド皇子は小さく肩を竦めた。
降参……ということか? ちょっと意外だ。
「竜の尾を擽るつもりはありません。ところで……話を振り出しに戻しますが。もし仮に私があなたと共に大地で生きることを選ぶとすれば、あなたの答えは変わりますか?」
そう来たか。
帝位を諦めるという意味か、帝国の復興を諦めるという意味か。
判断に迷う。
「空を飛ぶ生き物が大地で生きられるとは思いませんが」
「簡単なことではないでしょう。しかし私にも二本の足はありますから。……いかがでしょうか。ロゼリア姫の本心をお聞かせください」
つまり私の政治思想を聞いているわけか。
祖父や父のではなく。
個人的には彼との結婚は、選択肢の一つとしてはアリだと思っている。
彼と結婚すれば、ある意味領土問題は解決するからだ。
もっとも、その代わり、王国や反帝家との全面戦争に発展する。
現時点では選ぶほどの価値はない。
「わたくしは空を飛ぶ鳥よりも、大地を一歩ずつ踏みしめて、前へと進む獣を好みます。空ほどではなくとも、大地は広いのですから、棲み分けることはできるでしょう。良き隣人として、共に歩んでいければと思います」
あなたが野心を抱いていないなら、嫌う理由はありません。
でも結婚するメリットは見出せません。良き隣人となりましょう。
私の答えにバールド皇子は納得したのか、満足そうに頷いた。
「なるほど……今のお気持ちはわかりました。それでは、良き隣人から始めさせていただきましょう。麗しきロゼリア姫、どうか……」
バールド皇子が私にあらためてダンスの誘いをしようとする。
その時だった。
「誇り高き鷲が蝙蝠のようなことをなされるな」
バルトナ王子だ。
今までずっと黙っていたのが気になっていたが、どうやらバールド皇子があらためてダンスの誘いをするのを待っていたらしい。
意趣返しのつもりだろうか。
「鳥は空を、獣は大地を生きるべきだ」
バルトナ王子は一瞬だけ私に視線を向けてから、バールド皇子にそう言った。
今のは私に対する牽制でもあるのだろう。
一先ず聞き流しておこう。
「姿が異なることを理由に拒絶することは、帝王の行いではない」
バールド皇子は飄々とした態度でバルトナ王子の非難を打ち返す。
それからわざとらしい笑みを浮かべた。
「王たる獅子が狭量では、駝鳥が逃げ出すのも道理か」
痛烈な政治批判だ。
よくもまあ、王国の建国記念式典でここまで王国をコケにできるな……。
なお、貴族の社交では失言を恐れて黙っているよりも、失言をしようとも堂々とした態度を崩さない方が評価される。
だから私の共同統治者就任や、王国体制を否定したいなら、どこかの誰かたちのように欠席するよりも、バールド皇子のようにぶち壊す気満々で出席する方がいい。
もっとも、バールド皇子のように相応の知恵と度胸が備わっていなければ、「出席した(認めた)」という結果だけに終わってしまうが。
「忠言痛み入る。しかしながら……あなた方は空ではなく、大地でもなく、まずは手元を見るべきだ。酒を杯から溢さぬように」
バルトナ王子も負けじと言い返す。
杯は帝国で、酒は私や祖父かな?
二人の言い争いはどんどんヒートアップしていき、気が付けば私のことなど関係ない、王家や帝家の歴史、王国と帝国の確執にまで逸れて行った。
私は蚊帳の外だ。
しかし蚊帳の外に置かれたおかげか、周囲の状況に気付くことができた。
まず私の父、祖父、そしてカーヴェニル王子の三人が、私の後ろに、少し距離を取りながらも立っていた。
貴族同士の一対一のやり取りに割り込むような真似はできないが、後ろに立つだけで圧力を加えることができる。
一方でコークモール公爵が、私やバルトナ王子と、バールド皇子の中間ほどの距離に立っていることにも気付く。
いつでも割り込めるような位置取りだ。
中立……のように見えるが、この状況下で中立宣言をする時点で帝家寄りと見ていいだろう。
遠交近攻は外交の基礎なので、王国西部大貴族であるコークモール公爵家が帝家寄りの姿勢を見せるのは自然だ。
それにカルタリア公爵家の次は自分たちという危機感もあるのかもしれない。
お、ラークノール公爵も動いた。
彼は……バールド皇子の後ろについた。ちょっと意外だ。
ラークノール公爵はオレアニス王に協力し、先王“狂王”レジミティトスの逮捕に協力したので、王家寄りと思っていたが……。
今は帝家寄りか。
貴族たちはそれぞれ、王家寄り、帝家寄り、中立と自然な仕草で、ダンスを踊りながら、食事をしながら、酒を飲みながら、会話を楽しみながら、ゆっくりと立ち位置を変えていく。
今すぐにでも、この場で言い争いが殺し合いに発展したとしても、すぐに対応できるように。
一応、友好の場なんだけどな……殺伐とし過ぎじゃなかろうか。
呑気にそんな分析をしていると、ゆっくりと強力な魔力の持ち主がこちらに近づいてきていることに気付く。
トール君だ。
父親に加勢しにいくのだろうか……?
と考えていると、トール君は私の前で立ち止まった。
「麗しきブドゥーダルの薔薇よ。お手を取っても?」
そして大きな声で宣言した。
周囲の視線が一斉に集まるのを感じる。
バルトナ王子とバールド皇子も言い争いを止め、驚いた様子で私とトール君に視線を向けた。
「……まぁ!」
私は口元に手を当てる。
どうしようかな……最初に踊るのはバルトナ王子の予定だけど。
でも、仕方がないよね。
これだけ注目されちゃってるし。
そもそも、私のことを放って言い争いしている人も悪いし……。
「それでは……どうぞお優しく」
私はトール君の手を取った。
踊り始めてすぐにトール君は私の耳元で囁いた。
「美しい薔薇ですね」
トール君は嬉しそうに笑ってみせた。
やっぱり、俺の予想通りだった! とそんな得意気な顔だ。
体に彫り込まれた魔力刻印は努力と忍耐の証であり、力の象徴だ。
恥ずべきことではないし、これを褒めることがセクハラになったりすることはない。
「あ、ありがとうございます……」
しかし私の口から出た言葉は、蚊の鳴くような小さな声だった。
どうしようもなく、恥ずかしい気持ちになってしまったのだ。
背中に添えられたトール君の手の感触が、生々しく感じてしまう。
「香りもとても華やかですね。……こちらも薔薇でしょうか?」
話題がタトゥーから香料へと逸れた。
私は内心でホッとしながら、軽く首を傾けてみせた。
「どうぞ」
「……失礼する」
トール君は目を見開き、それから緊張した表情で私の首元、そして髪に鼻先を近づけた。
吐息が肌を擽り、髪を撫でる。
男性が女性の香料の匂いを当てる遊びは、社交では当たり前に行われている。
私も経験があるので、手慣れたものだが……。
トール君が相手だと、少しムズムズする。
彼とするのが初めてだからだろうか。
「華やかな薔薇の香りに混じって、清楚で爽やかな香りも感じます。種類は、その、造詣が浅いため、分かりませんが……」
王道な組み合わせのつもりだったが、分からないらしい。
香料にまで気を配れるようになったのかと感心していたが、まだまだ初心のママのようだ。
「薔薇と柑橘を合わせています」
「なるほど。……勉強になりました」
トール君は赤い顔で頷いた。
意中の女性の匂いを嗅ぐというシチュエーションに、今更ながら恥ずかしくなったらしい。
彼は無言になってしまった。
今度は私が会話を回す番だ。
「それにしても……以前お会いした時よりも、逞しくなられていて、とても驚きました。背も高くなって、声も変わられて……」
まだ十三歳の私だが、身長は百六十ちょうどくらいだ。
高めな方だと思うが、トール君はそんな私が見上げないといけないくらいの高さだ。
百七十は超えていると思う。
「ありがとうございます。ロゼリア姫も……えっと、以前よりも大人っぽくなられて、驚きました」
トール君は私を見下ろしてから、慌てた様子で目を逸らした。
そうか、この位置関係だと丁度、胸の谷間が見えるのか……。
ちょっと恥ずかしいなぁ……だからこんな露出度高いドレスは嫌だったのに。
「神威も増しましたね。驚きました。もう、お父君を超えたのではありませんか?」
私は咄嗟に話題を逸らした。
トール君の魔力量は、同年代の貴族と比較して多めである私よりも、一回り多い。
伯爵級はとうに超え、公爵級に迫っている。
「はい。……ですが、技量はまだ父の方が上です」
意外なことにラークノール公爵の魔力量は、公爵級を下回っている。
私の父よりも一回り、魔力量が少ないのだ。
これは彼が根性なしだからではなく、その出生の低さが所以だろう。
魔力量は“幼少期”に摂取した魔瘴石の量によって左右されるので、成人後に成り上がった貴族は、魔力量と階位が釣り合わないということがよくある。
だからラークノール公爵は戦いでは他の貴族と比較して不利……のはずであるが、一騎討ちでは常勝無敗である。
果物ナイフで武装した人と拳銃で武装した人が戦った場合、必ずしも後者が勝つとは限らないというのは理屈の上では理解できるが、実践されると脳が理解を拒む。
つまりラークノール公爵はヤバイやつだ。
そしてトール君はそんなラークノール公爵の息子であり、そしてラークノール公爵が持ち得なかった魔力を持っている。
絶対に敵には回したくないのだけど……。
「あなたに相応しい男になってみせます。ご期待ください」
「は、はい……」
トール君は私の目を覗き込みながら宣言する。
絶対に逃さないという意思を感じる。
こ、困ったな……。
そう思っていると、曲が終わりを迎えた。
「名残惜しいですが、今宵はここまでといたしましょう」
「……ええ、分かりました。後がつかえていますからね」
今のは私に対する皮肉か。
それとも、自分にも他に踊る相手がいるという牽制か……。
そんなことを考えつつも、私はトール君に手を引かれ、ダンスステージからゆっくりと降りた。
その場の雰囲気に流されてしまったせいで、初日からダンス計画が崩壊してしまった。
あとでデラーウィアに相談しないと……。
怒られるかな? いや、でもあそこで手を取らないわけにはいかないし。
「ロゼリア姫。最後に……」
「……はい?」
ステージから降りたところで、トール君に話しかけられた。
彼が自然な仕草で前のめりになったので、私は僅かに首を傾げた。
彼の唇が私の耳元に近づく。
私は無警戒に彼の言葉に耳を傾ける。
「俺は絶対にあきらめませんから」
背筋がゾクっとした。
名前:バールド・エフ・エアグル
性別:男
身分:貴族
年齢:18
性格:傲慢・社交的・野心的・寛容
趣味:狩猟、宴会、音楽
特技:弦楽器の演奏
好きな異性:芯がしっかりした女性
結婚相手に求めるもの:共に帝国を支えて欲しい
一言:平和的に解決できるなら、それが一番だろう?




