第1話
転生先は大貴族の子供だった。
しかも容姿端麗で異性からモテモテ。
でも、全く嬉しくない。
なぜって?
だって、ちんちんを失ったから。
そう、私――ロゼリア・エル・ブドゥーダル(元一般日本人男性)は、倫理観オワってる男尊女卑の世界に、貴族令嬢として生まれてしまったのだ。
貴族に生まれた女には、政略結婚をして、セックスして、子供を作る義務がある。
つまり私は男とセックスして子供を作らないといけない。
とても憂鬱だ。
とはいえ、この世界では子供を産まない(産めない)女性に人権はない。
ただでさえ、女に人権がないのに、ますますなくなってしまう(そもそも人権の概念自体がないけど)。
長い人生を針の筵で生きるのは嫌だ。
加えて私は優良血統であり、両親から広大な領地を受け継ぐ予定になっている。
私が結婚して子供を産まないと、乱世になってしまう。
ちょっとそれは非常に申し訳ない。
だから、すごく嫌だけど、結婚と出産は受け入れることにした。
すごく嫌だけど。
ただ、たくさんシたくないし、たくさん産みたくない。
だから目指すは「仮面夫婦」だ。
最低限の子供を作ったら、あとは仲良し夫婦を演じる。
それ以上、セックスはしない。
……まあ、この世界の“最低限”って、五、六人くらいだけどね。
無事に生まれた子供のうち、大人になれるのは三人に一人。
だからそれくらい産まないと、家系が絶えてしまうのだ。
……泣いていいか?
まあ、七人目以降は愛人としてくれ。
個人的な我が儘を言うなら、清潔で臭くない人がいいな。
この世界の人間、三日に一回も風呂に入れば良い方だから……。
体臭はお察しである。
そんな私であるが、十二歳になって数か月経ったある日。
王都へ社交に訪れることになった。
私の結婚相手候補に会うためだ。
「お久しぶりだ、ラークノール公。貴公の戦場でのご振る舞いは我が領のみならず、大国中に轟いていることだろう」
「あぁ……ブドゥーダル公。私もあなたとお会いできる日を心待ちにしていた。……何しろ、普段は顔を見せてくれないのでな」
私の父――ブドゥーダル公爵が挨拶している相手は、ラークノール公爵。
絶賛、私の実家と戦争中の相手である。
戦争といっても絶滅戦争をしているわけではないので、今回は社交のために停戦している。
「やーい、野蛮人!」「やーい、臆病者!」と相手をののしり合う二人。
すでに雰囲気は険悪で、今にも殴り合いが始まりそうだ。
これ、大丈夫?
そう思ったのは私だけではないらしい。
ラークノール公爵の隣にいる少年……おそらく彼の息子も、少し不安そうに、気まずそうにしている。
……あ、目が合った。
私が微笑むと、少年はサッと目を逸らした。照れ屋さんめ。
一分ほど舌戦を繰り広げてから、二人は自分たちの子供――私たちに挨拶をするように促した。
「……初めまして。ラークノール公の長子にして、その地を受け継ぐ者、トール・エル・ラークノールと申します。以後、お見知りおきを」
金髪碧眼の美少年――トール君は父と私に向かって一礼した。
彼は私の結婚相手候補の一人だ。
敵国の嫡子だが、もし結婚が成立すれば両国は平和になる。
「お初にお目にかかります。ブドゥーダル公が長女にして、その地を受け継ぐ者、ロゼリア・エル・ブドゥーダルでございます。以後、お見知りおきを」
私はスカートの裾を摘まみ、教科書通りの挨拶をした。
それからほんの一歩だけ進み出て、トール君の目を見つめる。
「戦場でのご活躍はかねがね、聞き及んでおります。……ぜひ、お話をお伺いしたいと思っておりました!」
私はあなたに好意を抱いています!
と、全力でアピールする。もちろん、抱いていない。
父からの命令だ。
今回の私のミッションは、彼に好意を持たれることだ。
できればメロメロにしたい。
彼に私と結婚したいと思わせ、そしてそれを餌に和平を引き出すのだ。
つまり結婚詐欺である。
「こら、ロゼリア。……娘が失礼した」
「はは……構わない。トール、ロゼリア姫をエスコートして差し上げなさい」
「は、はい……では、こちらへ」
「よろしくお願いいたします。トール殿」
大人は大人同士、子供は子供同士で分かれる。
予定通り、二人切りになった私はトール君の武勇伝をあれこれ聞き出した。
そして事あるごとに私は「すごい」「さすが」を連発する。
「まぁ! そのような背景があったのですね!! トール殿の読み通りということでしょうか?」
「た、大したことじゃない……です。作戦を考えたのも、指揮を執ったのも、副将ですから……」
そんなの知ってる。だって、彼、十二歳だし。
十二歳の男の子が戦争で現場指揮なんかできるわけがないし、やらせるはずもない。
「配下の策を受け入れるのも、将としての器ではありませんか?」
「いや、それは……」
「それにその後、敵将を討ち取られたのはトール殿のご武勇によるものでしょう?」
討ち取られたのは、我が公国の元帥だ。
兵士たちが「ラークノール公の嫡子にやられた」と証言している。
もっとも、降伏したようなので首は繋がっているようだが。
しかし腕は飛んだらしい。
一応、我が国では一番戦争上手の将軍なので早く返却してもらわなければ。
そしてそのためにはトール君を口説き落とさなければならない。
「わたくしと同い年で、まだお若いのに。わたくしも見習わなくてはなりませんね」
現在、我が邦は外交的に厳しい状況に置かれている。
北のラークノール公爵だけではなく、東の帝国とも領土問題で揉めているのだ。
帝国からは和平の条件として、皇太子と私の婚約を匂わされているが……。
これは到底、受け入れられるものではない。
だから帝国と戦うためにも、ラークノール公爵家とは同盟……とまでは行かずとも、不可侵を結びたい。
そのためにトール君と仲良くならないといけないのだが……。
この子、ちょっと……やり辛いな。
この世界の男なら、これだけ褒めればペラペラと嘘だか本当だか分からない武功を飽きるほど語ってくれるのに。
先ほどからあまり反応も良くないし、目も合わせてくれない。
だけど私に興味がないわけではないと思う。
なぜなら、時折、露出した私の胸元や肩などに視線を向けているからだ。
もしかしたら、女慣れしていないのかもしれない。
さっきから恥ずかしそうにしているし。
よし、もっと話しやすい話題を変えよう。
「そうだ! ラークノール公国について、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……我が領ですか?」
「はい。いろいろと文化も異なると聞いております。……蒸し風呂という風習があるとか」
「そうですね。確かに……」
話題を変えたのは正解だったようで、トール君は少しだけ饒舌になった。
それに正直に言うと、私もこっちの話の方が聞いてて楽しかった。
「とても興味深いお話でした。……ぜひ、体験してみたいですわ」
「では……平和が訪れた折には、ご案内いたしましょう」
「楽しみにしております。このご縁が両国の平和の架け橋となることを祈っておりますわ」
「え? そ、それは……」
トール君の顔が赤く染まった。
これくらいのリップサービス、社交では珍しくもないけどな……。
やっぱり、女慣れしていないようだ。
戦争漬けで社交にはあまり出たことないのかもしれない。
この先、大丈夫かな? 悪い女の子に騙されちゃうぞ。私みたいな。
そんなことを考えていると、美しい音楽が流れて来た。
社交ダンスが始まったのだ。
トール君とは一曲踊るように父から命じられている。
私は彼に視線を向け、誘ってくれるのを待つ。
しかし彼はサッと目を逸らし、黙ってしまった。
……これは困った。
これだけ会話をしたのにダンスしないとなると、「政治のために近づいたのはいいけど、気が合わなかったんだろう」と勘繰られてしまう。
それは父の狙いとはかけ離れている。
このままだと叱られる。
「……誘ってはくださらないのですか?」
はしたない。
そう思われるのを覚悟の上で尋ねる。
これで嫌だと言われたら、父に対しては「やれることはやったけど嫌われました。きっとブス専なのか男色家だと思います」と言い訳するしかない。
「……苦手、なので。それにこのような場で踊ったことも、ありません」
トール君は非常に申し訳なさそうな表情でそう答えた。
下手なダンスで恥を掻きたくない。そういう理由らしい。
……少しだけ、安心した。
というのも、こういう「女の子の前で恥をかきたくない」という貴族の男の子は珍しくないからだ。
彼はきっと足を踏んでしまったらどうしようとか、可愛い女の子に嫌われたくないとか、そんなことを考えているに違いない。
でも、それは私のことが嫌いだからという感情とは、正反対のベクトルの感情から来るものだ。
であれば、対処の仕様はある。
「まあ! そうだったのですね!」
私は心の底から嬉しそうに笑うと、手を小さく合わせた。
踊ったことがないから。ダンスが苦手だからと言っても、馬鹿にしたりしない。
そういう気持ちを全身で表しながら、私はトール君に対して一気に距離を詰める。
そして耳元で囁くように言った。
「では、わたくしにトール殿の“初めて”をくださいませんか?」
私は彼の目を真っ直ぐ見つめ、微笑みかける。
トール君は幾何の逡巡の後、私の目を見つめ返してきた。
「足を踏むかもしれませんよ?」
「最初はみんな、そういうものですわ。それにわたくし……ダンスには自信がありますから」
あなたに恥を掻かせるようなことはしない。
はっきりそう伝えると、トール君は小さく頷き、私に対して手を差し伸べた。
「私と一曲、踊ってください。……ロゼリア姫」
「はい、よろこんで」
私はトール君の手を取った。
すると彼はビクっと体を震わせた。
十二歳なら筆おろしくらい済んでてもおかしくはないが、これは間違いなく童貞の反応だ。
妙な親近感を覚えながら、私はトール君とダンスをする。
しかし……この社交ダンスというのは、本当に肌と肌の接触が多い。
ドレスの露出が多いことを加味すると、やはり男性の欲情を誘うことが目的なのかな……。
私はトール君に胸を押し当てながら考えた。
まだ十二歳なので小さいが、同い年の平均よりは大きいと思う。
そんなおっぱいを押し当てられたトール君の顔は真っ赤に染まり、動きはガチガチになっていた。
もっとも、想定の範囲内だ。
私は力強くトール君の腕を引っ張り、逆に体重を預けたり、時折耳元でリズムを囁いたりしながら、彼を誘導する。
うちの元帥の腕を切り落としただけはあり、運動神経は悪くない。
私の導きにより、無事に踊り切ることができた。
「ありがとうございます。お上手でしたよ」
「あ、あぁ……うん……そ、そうかな」
私のお世辞にトール君は自信なさげな表情だ。
私に誘導されて踊れたという自覚はあるらしい。とはいえ、筋は悪くないと思ったのは本当だ。
「次回まで、練習を欠かさないでくださいね」
次も踊りましょう。
そんな意図を込め、私はトール君の耳元でそう囁いた。
「は、はい! ……次は、必ず!」
トール君は顔を真っ赤にしながら、嬉しそうに頷いた。
ふふ、落ちたな。
我ながら、魔性の女過ぎて将来が怖い。
「楽しみにしています」
トール君とのダンスを終えると、私はダンスホールから離れた。
「少し休憩いたします」
「はい」
侍女にそう伝え、食べ物が並べられているテーブルへと近づく。
社交界の形式は様々だが、今日のような大規模なものだと。立食形式になる。
飲み物と、何か軽くつまめるようなものはないかと、あれこれ物色していると……。
「今宵はよいご縁があったようですね。ロゼリア姫」
「あら……」
私に声をかけてきたのは、青い髪に青い瞳の青年だった。
優しそうではあるが、柔和な印象は受けない……ちょうどよい塩梅の理想の王子様っぽい顔立ちをしている。
そしてその手にはちゃっかりと、葡萄酒の入ったグラスを二つ持っていた。
背後に控えている侍従は料理を手に持っている。
「バルトナ王子。ご機嫌麗しゅう……」
第二王子バルトナ。
年齢は私より八つ年上の二十歳。
父の最推しであり、大本命、私の婚約者候補筆頭の男だ。
名前:ロゼリア・エル・ブドゥーダル
性別:女(心は男)
身分:貴族
年齢:12歳
性格:公正・社交的・勤勉・節制
趣味:読書、執筆、絵画、入浴
特技:4か国語話せる(前世の言語含めず)
好きな異性:清潔な人、努力家
結婚相手に求めるもの:国を守れる軍事力
一言:二人で仲良く、国を統治できると嬉しいです!




