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【晩餐、煙草への渇き、そして崩壊寸前の理性】

【黄金の檻の中の乾き】


今宵のクリフ領は、農務伯爵の生誕を祝う晩餐会の熱気に包まれていた。 「翡翠宮」と名付けられたこの行宮は、クリフ家の建築美学の極致である。高さ二十メートルに及ぶ円蓋ドームには金箔の星図が描かれ、天から降り注ぐ無数の水晶シャンデリアが、ガラスのプリズムを通じて昼間よりも刺々しく虚飾に満ちた光を放っていた。


足下の絨毯は、極めて純度の高い乳白色を呈している。シルクの礼服を纏い、家紋の勲章を誇らしげに掲げた数百人の貴族たちがその上を行き来していた。空気中には高価な龍涎香りゅうぜんこうと芳醇な古酒、そして密集した群衆が発する、吐き気を催すような生温かい体温が混ざり合っている。


クレスタは優雅に椅子に腰掛け、レースの手袋越しに象牙の扇の骨をそっとなぞった。微かな摩擦音の一つ一つが、研ぎ澄まされた彼女の感覚の中では耳を劈くような騒音へと増幅される。この行宮の構造は「音の反響」を極限まで強調しており、貴族たちの笑い声は円蓋で跳ね返り、細利な刃となって彼女の残された忍耐を切り刻んでいた。


「クリフ家の令嬢は、相変わらず噂通りの気高い『帝国の真珠』ですな」 「あの肌を見てごらんなさい。最高級の白磁よりも繊細だ」


周囲の賛辞は、耳元に群がる蝿の羽音のように不快に響く。クレスタは完璧な礼儀の微笑を維持していたが、彼女自身にしか分からない。その感覚は、もはや「乾き」という名の拷問によって限界に達していた。 これは数時間にも及ぶ、緩慢な処刑であった。


彼女は目の前の貴族たちを見つめる。高く聳えるレースの襟元の上、交わされる会話に合わせて微かに震える白皙はくせいのうなじ。皮下で脈打つ青い静脈までもが克明に見え、血管を奔流する血液の音が幻聴となって聞こえてくる。


(切り裂きたい……)


その感覚は、禁煙を強いられた中毒者が火気厳禁の図書館に三日間閉じ込められたかのようだった。手袋の中で指先が微かに痙攣し、喉の奥のひりつくような乾燥感のせいで、目の前のシャンパンを飲み込むことすらままならない。


その時、鼻を突くようなムスクとコロンの強烈な臭いが、晩餐会場の冷ややかな空気を強引に引き裂いた。


「クレスタ嬢、貴女の今夜の孤独は、この盛宴に対する犯罪そのものですな」


金糸の縁取りが施された礼服を纏い、軽薄な笑みを浮かべた男が大股で近づいてきた。農務侯爵の次男、マーク・フォン・オーベルドルフである。血走り、濁った彼の瞳は、遠慮なくクレスタのデコルテを舐めるように動いていた。


「オーベルドルフ閣下」 クレスタは微かに頷いた。口角の曲線はコンパスで描いたように正確だ。「お父上の長寿をお祝い申し上げます」


「はっ! 親父の誕生会などただの口実さ。大事なのは、俺たちがこうして『真の愉しみ』について語り合えることだ」 マークは厚かましくクレスタの隣に腰を下ろした。意図的に近づけられた身体から、アルコールと汗の混じった体温が布地越しに伝わり、クレスタの指先が激しく跳ねた。


「あそこを見てごらんなさい」 マークは、大袈裟なルビーの指輪をはめた手で、忙しなく立ち働く若い男僕を指差した。 「ああいう平民上がりの畜生どもは、制服を着せたところで泥臭さは抜けん。最近、領地の外れで流民が騒いでいるそうだが、身の程知らずも甚だしい。俺の猟場なら、奴らに『貴族の慈悲』——つまり弾丸の味を教えてやるんだがね」


マークは耳障りな笑い声を上げると、声を潜め、風狂を気取ってクレスタへと顔を寄せた。

「奴らなど、ただ生きているだけの数字に過ぎん。我らクリフやオーベルドルフの血統に比べれば、奴らの命など俺の愛馬の足一本分にも満たない。そうでしょう、クレスタ嬢? この『秩序』こそが帝国の最も美しいところだ」


クレスタは、マークの絶え間なく動く唇と、興奮で微かに充血した頸動脈を見つめていた。その脂ぎった皮膚の下で、傲慢に満ちた血液が叫びを上げている。


翡翠宮の晩餐会場の片隅で、銀盆を捧げ持つ二人の男僕が石柱の影に身を潜め、音楽が高まるのに合わせて恐怖を分かち合っていた。


「見ろよ……オーベルドルフ家の次男坊がまたクレスタお嬢様を狙ってるぜ」 年長の男僕が声を潜め、忌々しげに視線を送る。 「噂じゃ、南の荘園で買ったばかりの平民の娘を何人も弄り殺したらしい。運び出された時、彼女たちの体にはまともな皮膚一枚残ってなかったって話だ。彼はそれを……」 「黙れ! あんな狂人、俺たちの手に負える相手じゃない」 年長者は若者を睨みつけた。「安物には飽きて、今度は帝国で最も高貴で冷たい『真珠』を味わいたいんだろうよ。あの目を見てみろ、お嬢様を今すぐ食い殺しそうな勢いだ」


マーク・フォン・オーベルドルフは手中の赤ワインを揺らしていた。グラスの壁に残る濃厚な液体は、乾ききらない血痕のようだった。酒に侵された眼窩には、狂気的な貪欲さがぎらついている。


「クレスタ嬢」 マークが再び口を開いた。その声は異常なほど粘り気を帯び、不快な湿熱を孕んでいた。 「知っていますか? この世で最も美しいものは、往々にして壊される瞬間にこそ宿る。このワインのように、貴女の純白なレースのスカートに飛び散れば、その狼狽の赤は今のような高慢な姿よりもずっと美しく映るだろう」


彼は乾いた唇を舌で舐め、隠そうともしない性的暗示と破壊欲を撒き散らした。


「平民の女どもは脆すぎて、少し力を入れただけで壊れてしまう。手応えがない。だが、貴女は違う……クリフ家の最高傑作だ。貴女のあの冷淡な紅い瞳が、恐怖で涙に濡れるのを見られたら……その『秩序』が崩壊する音を聞けたら……俺は狂うほど興奮するだろうな」


扇を握るクレスタの指の関節は、過度な力により病的なまでに白くなっていた。 彼女にはマークの呼吸から漂う腐った欲望が、蛆虫の這い回る腐肉のように感じられた。今の彼女にとって、マークは男でも貴族でもない。ただの騒々しく、悪臭を放ち、早急に「静かにさせる」べき肉の塊に過ぎなかった。


内なる殺意はもはや炎ではなく、氷のように冷たく狂った深海となっていた。


「オーベルドルフ閣下」 クレスタは優雅に首を巡らせ、紅宝石のような瞳で初めてマークの濁った眼を正面から捉えた。その一瞬、マークはその極限の冷徹さに身震いしたが、彼はそれを「侵された真珠の戦慄」だと勘違いした。


「貴方の見解は……実に『特別』ですわね」 クレスタは微かに唇の端を上げ、息を呑むほど美しい、だが微かに牙を剥くような微笑を浮かべた。 「私たちが抱く『破壊の美学』は、どうやら決定的に理解が異なるようですわ」


「ほう? それは楽しみだ……」 マークは興奮して手を擦り合わせた。死の影がすでに足下で口を開けているとも知らずに。


「失礼、室内が少しばかり……汚れ(けがれ)ているようですわ」 クレスタは立ち上がり、バルコニーへと続く掃き出し窓を優雅に押し開けた。 森の冷気を孕んだ夜風が流れ込み、腐ったムスクの臭いを僅かに薄めた。クレスタは歩を速め、夜色に溶け込む回廊へと消えていった。彼女は背後にマークのねっとりとした視線を感じていた。それこそが、彼女の望み。


「真珠を食らおうとする」野獣を、法も秩序もなく、ただ鮮血と鎌だけが存在する暗い森へと誘い出すこと。


(マーク・フォン・オーベルドルフ……。あんな愚かな血が流れ出すとき、どんなに騒がしい音がするのかしら?)


彼女はこの「香気」に満ちた檻をすぐに離れる必要があった。森が必要だ。月光が必要だ。そして、彼女を解放してくれる、血のように燃える魔法の外套が必要だった。


晩餐会の楽章が変奏へと入った頃、オーベルドルフ家の紋章が入った燕尾服を着た冷徹な顔の管家が、音もなくクレスタの背後に現れた。彼は恭しく一礼し、家印の封蝋が押された精緻な手紙を差し出した。

「クレスタお嬢様、二少爺が庭園の果てにある『月輝の小屋』にて、領地特産の熟成蜜酒を用意しております。あそこの月景色こそ翡翠宮で最も高雅な眺めゆえ、この静寂を共に味わいたいとのことです」

クレスタは手紙の、歪んで焦燥感に満ちた筆跡を見つめ、瞳の奥に冷ややかな嘲笑を浮かべた。 (静寂? それこそが今、私が最も渇望し、そして最も危険なものだわ)


「案内なさい」 彼女は優雅に扇を閉じ、管家の導きに従って整えられた迷宮を抜け、森の縁にひっそりと佇む木屋へと向かった。


木屋に足を踏み入れた瞬間、強烈なアルコール臭と湿った薪の燃え残った匂いが襲ってきた。 「ドン!」という音と共に、背後からマークによって扉が蹴り閉められ、鍵がかけられた。


「ついに来たな、俺の真珠……」 影の中からマークが現れた。ネクタイを引きちぎり、顔を赤らめ、その瞳にある吐き気を催すほどの貪欲さを隠そうともしていなかった。


「オーベルドルフ閣下、これが貴方の仰る『月景色』ですの?」 クレスタは冷静に周囲を見渡した。この小屋は明らかに、マークが「言うことを聞かない獲物」を処理するための私的な場所であり、壁には鞭や鎖といった不穏な道具が掛けられていた。


「しらじらしい真似を!」 マークは突然爆発した。食欲に駆られた豚のように猛然と襲いかかる。クレスタは容易に避けることができたが、体内の「乾き」が彼女を一瞬躊躇わせた。——この下等な生物が、一体どこまで卑劣になれるのか、見てみたくなったのだ。


「ドン!」と重厚なオークの扉が閉まると、遠くの宴の音は完全に遮断された。小屋の中には暖炉の薪が爆ぜる音と、鼻にかかったマークの荒い息遣いだけが残った。 空気中には、長年の埃、強い酒、そしてマークが「狩猟の成果」と呼ぶ何かの生臭い甘い匂いが充満している。


マークはクレスタを冷たい長テーブルの上に力任せに押し倒した。重い衝撃音が空っぽの小屋に響き渡る。 「この領地で、俺に逆らえる奴などいない!」 マークは咆哮しながら、クレスタの上に跨った。脂ぎった汗ばんだ手で、彼女の胸元のレースを狂ったように引き裂こうとする。 「その高慢な皮の下には、さぞ冷たい血が流れているんだろうな? 泣いて許しを請わせてやる。最も下劣な快感の中で、貴様を壊してやる!」


「この日をどれだけ待ちわびたか分かるか? クレスタ……」 マークは興奮で声を震わせ、呻いた。 彼は猛然と彼女を窓際のテーブルへ突き飛ばした。グラスが落ち、液体が飛び散る。マークの頑強な肉体が、肉山の如くクレスタの股の間へと強引に割り込んできた。重みに耐えかねた木製のテーブルが「ギィィィ」と悲鳴を上げる。硬い木に骨が当たる鈍痛と、酒臭い体温が四方八方からクレスタを包囲した。

「この高い襟は邪魔だな……」 マークは残忍な笑い声を上げ、次いで布地が暴力的に引き裂かれる鋭い音を立てた。 ——「ビリッ、ザァァッ!」


クレスタは胸元に走る冷気を感じた。次いで、タコに覆われ汗ばんだマークの手のひらが、月光の下にさらされた彼女の肩を乱暴に掴んだ。マークの分厚い唇が、湿った唾液を伴って彼女の首筋と鎖骨の間に狂ったように埋まり、吐き気を催すような「チュウ、チュウ」という吸い上げる音を立てた。


「……っ」 クレスタは無理やり顔を上向かされ、マークの硬い髭の剃り跡が繊細な肌を擦り、火傷のような痛みをもたらすのを感じた。 マークは満足せず、左手でクレスタの後頭部を死守するように押さえつけ、彼女の顔を自分の肩口へと押し当てた。安物のコロンと男の汗が混じった酸っぱい臭いを強制的に吸わせる。そして右手は、のたうつ毒蛇のように彼女の太ももの曲線に沿って滑り上がり、指先で薄い絹の下着を粗暴に跳ね上げた。


柔らかな肉を強く揉みしだく音が、マークの卑猥な喘ぎ声と共に響く。 「見てみろこの肌……完璧だ、まるで精巧な磁器じゃないか」 マークは彼女の耳元で囁いた。ねっとりとした熱い息が耳孔に吹き込まれる。 「貴様を粉々に壊した後でも、そんな目で俺を見ていられるかな?」


彼の動きは次第に理性を失い、薄い衣料越しに狂ったようにクレスタの体を擦り合わせた。強烈な性的侵略を伴うその律動に、クレスタは自分が汚泥の沼に沈み込んでいくような感覚を覚えた。


静寂な小屋の中に、布地が擦れる「ササッ」という音、肉体がぶつかり合う「パチッ、パチッ」という音、そしてマークの野獣の捕食のような、おぞましい嚥下音が反響していた。


それは視覚と聴覚の両方における、極限の冒涜であった。 クレスタの指先はテーブルの端に深く食い込み、木の棘が指の隙間に刺さったが、彼女は痛みを感じなかった。ただ、この汚濁に満ちた熱が、自らの凍てついた魂を侵食しようとしているのを感じるだけだった。 その果てしない闇の中で、彼女は自らの理性が断ち切れる音を聞いた。


それは、いかなる音楽よりも清らかで、いかなる雷鳴よりも響き渡る、破滅の合図。


「オーベルドルフ閣下……」


彼女はゆっくりとまぶたを伏せ、瞳から溢れんばかりの嗜血の紅い光を隠した。彼女の声は、致命的な毒を孕んだ微風のように軽やかだった。


「その両手……本当に、汚らわしいわ」


お読みいただき、ありがとうございます。

社交界という華やかな仮面の下で、クレスタを襲う圧倒的な「渇き」。そして、その渇きを癒やすための格好の獲物として現れたマーク・フォン・オーベルドルフ。彼の放つ卑劣な欲望と暴力的な接触は、クレスタの中にある「秩序」の糸を一本ずつ、確実に引きちぎっていきました。

「汚らわしい手」 その言葉は、マークへの拒絶であると同時に、彼に対する死刑宣告でもあります。 静寂な小屋の中で、蹂躙される令嬢から「捕食者」へと転換する瞬間の静かな狂気。 次では、ついに魔法の外套を纏ったクレスタが、その鎌でオーベルドルフを「解体」し、最高の「煙」を味わう惨劇が描かれます。

次なる血の悦楽でお待ちしております。

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