【真紅の禁断果実:公爵令嬢の秘め事】
【華麗なる鳥籠:帝国の真珠】
クリフ公爵邸は領地の最高峰に鎮座している。冷ややかな灰色の花崗岩で築かれたその壮大な建築物は、鋭利な尖塔を雲へと突き立て、年中消えることのない鉛色の暗雲を切り裂かんとしているかのようだった。壁面を埋め尽くす緻密で硬質な石刻装飾、とりわけガーゴイルたちの瞳は、あえて魂を抜かれたかのように彫り込まれ、足下を行き来する卑小な人々を冷酷に見下ろしている。
邸内は「対称」という名の強迫観念が支配する祝祭の場であった。 広大で奥深い廊下には、鏡面のように磨き上げられた黒大理石が敷き詰められ、両脇に整然と並ぶ銀製の燭台を映し出している。扉の枠の一つ一つには冷たい真鍮の縁取りが施され、微かな朝光の中で金属特有の温度のない光を放っていた。空気中には高価な白檀と百合の香りが漂っているが、その芳香はあまりにも濃厚で、腐敗を覆い隠すかのような窒息感を孕んでいた。
クレスタの居室の天井には、秩序の神が混沌を審判する場面を描いた巨大な宗教画が描かれている。巨大なクリスタル・シャンデリアが垂れ下がり、無数のプリズムが光を細かく、そして鋭く屈折させていた。
「お嬢様、こちらの窓をご覧ください」 侍女長のアンナが重厚な深紅のベルベットのカーテンを開くと、彫刻の施された掃き出し窓が現れた。「公爵閣下からの仰せです。ガラスは毎日蒸留水で三度磨き上げ、塵一つ残してはなりません。お嬢様の視界を汚さぬように、と」
クレスタは窓辺に歩み寄り、その冷たいガラスに指先で触れた。外には幾何学模様を描く庭園が広がり、一株ごとの薔薇の高ささえも、同一の平面上に収まるよう厳格に制限されている。もし「奔放すぎる」咲き方をした花があれば、庭師によって容赦なく切り落とされるのだ。
「対称、清潔、完璧……」 クレスタは外を眺めながら、微かな嘲弄を込めて呟いた。「この屋敷は、巨大な標本箱のようね。ハンス。私たち全員、標本にされてこの華やかな壁に釘付けにされているのかしら?」
「お嬢様、それは『尊厳』でございます」 管家の老ハンスが入り口に立っていた。その姿は廊下の垂直な線と完璧に重なり、彼自身もこの建築構造の一部であるかのようだった。「ローゼンハウ家の建築に混迷は許されません。お嬢様の魂に瑕疵が許されないのと同様に」
クレスタが手を引くと、ガラスに残った淡い指紋の曇りは、乾燥した清浄な空気の中へと瞬時に消えていった。彼女は化粧台へと向き直る。塵さえも生存を許されないこの石造りの檻の中で、彼女の内に潜む「不規則に飛び散る赤い液体」への渇望は、冷たい大理石の土台を切り裂く雑草のように、音もなく狂い咲こうとしていた。
クレスタは精巧なビスクドールの如く、大きな全身鏡の前で微動だにせず佇んでいた。三人の熟練した侍女たちが彼女を取り囲み、「身支度」という名の手神聖な儀式を執り行っている。
「お嬢様、本日は帝国農務侯爵の晩餐会に出席されます。こちらの『夜明けの雪』にお着替えを」 侍女長アンナの声は平坦で、手には数千の真珠が縫い込まれ、鎖骨まで届く高い襟を擁するコルセット・ドレスを捧げ持っていた。
アンナが力を込めて引き絞ると、クレスタの背後でコルセットの紐がギリギリと軋む音を立てた。その瞬間、肺から空気が強制的に押し出され、肋骨に鈍い痛みが走る。しかし、彼女の青白い顔の筋肉は微塵も動かなかった。
「……いいわ、アンナ。この締め付けこそが、クリフ家の『規律』を私に刻み込んでくれる」 クレスタは鏡に向かって囁いた。その声は極めて細く、氷の下に閉じ込められた水流のようだった。
「そのようにお考えいただければ、公爵閣下もお喜びでしょう」 管家ハンスが、真っ白なシルクのハンカチで金の懐中時計を拭きながら言った。その動作は五十年間休まず動き続ける精密機械のようだった。「秩序こそが、優雅の礎。お嬢様、そのお姿に寸分の緩みがあれば、それはクリフの血統に対する冒涜となります」
「分かっているわ、ハンス」 クレスタは微かに伏せ、侍女が差し出したレースの手袋に目をやった。
彼女はゆっくりと手を伸ばし、純白で欠点のない布地が指先を包み込むのに身を任せた。手袋の感触は冷たく滑らかで、焦燥から繰り返し掻き毟った爪の間の微かな血痕を完全に覆い隠した。
「お嬢様、手が震えておいでです。昨夜はよく眠れなかったのですか?」 アンナは異変に気づき、不必要な憐れみを込めて尋ねた。
「いいえ、ただ期待しているの」 クレスタが顔を上げると、鏡の中の紅色の瞳に不穏な光が宿った。 「今日の茶会に出される『お菓子』を楽しみにしているだけよ。ねえアンナ、もしあの真っ白なテーブルクロスに、消えることのない鮮やかな赤色が一点でも飛び散ったら……貴族たちはどんな素敵な表情をするかしら?」
「お嬢様、そのような恐ろしい冗談はお控えください」 アンナは乾いた笑いを漏らし、最後の一筋の髪を整えた。「お嬢様は公爵邸の真珠。お嬢様がいらっしゃる場所に、純潔以外の色彩など存在いたしませんわ」
クレスタは幾重ものレースに封印された鏡の中の少女を見つめ、完璧だが空虚な微笑を浮かべた。 「ええ……最も純潔な、色彩ね」
彼女の心の奥底では、狂ったような叫び声が響いていた。 (早く終わって。この退屈な儀式も、朽ち果てた香りも。私が恋しいのは、あの鉄錆のような、温かな生臭さだけなのよ)
晩餐会場の空気は、凍りついた水銀のように重く冷ややかだった。 壁にそびえ立つ高い燭台には、帝国特供の無煙白蝋が灯り、炎は不自然なほど直立して揺らぎ一つない。この絶対的な静寂の中で、遠く黒い森から響く雷鳴だけが、厚い花崗岩の壁を透して鼓膜を圧迫する低周波の振動となって伝わっていた。
クレスタは長テーブルの末端に座り、目の前には雪のように白く、皺一つなくアイロンがけされたリネンが広がっていた。この純白は視覚的にあまりにも刺々しく、何らかの色彩による汚染を待ちわびているかのようだった。
ここは正午であっても灯火を必要とする部屋だ。十メートルに及ぶ黒胡桃のテーブルは、沈黙する巨獣のごとく広間の中心に横たわっている。壁には歴代のクリフ公爵たちの肖像画が並び、画中の瞳が審判を下すような厳しさで、卓上の銀器の一つ一つを監視していた。
上座に座る人物こそが、彼女の父——ルートヴィヒ・フォン・クリフ公爵である。深紺色の正式な軍礼服を纏い、襟元には権威を象徴する銀のボタンが並び、金髪は一筋の乱れもなく整えられていた。彼自身が、侵しがたい氷河のような威厳を放っていた。
「遅れたな、クレスタ」 公爵は顔を上げず、ナイフを正確に皿の上の肉に滑らせた。金属が磁器を擦る微かな音は、静まり返った室内で冷ややかな戦慄を呼び起こした。
「申し訳ございません、お父様」 クレスタは優雅に膝を折り、テーブルの端に腰を下ろした。
「本日の主菜は、北境の氷原で獲れた霜降り野鹿でございます」 管家ハンスが幽霊のように現れ、白手袋の手で銀のクロッシュを掲げた。 鉄錆、ローズマリー、そして高温の脂が混ざり合った奇妙な香りが、一瞬にしてクレスタの鼻腔を突いた。
皿に盛られた肉は厚く、病的なまでの暗紅色を呈していた。表面は高温で焼き付けられ、キャラメル色の香ばしい層を成しているが、その焦げ目の下には、生肉に近いピンク色の瑞々しい肉質が潜んでいる。肉が皿に置かれると同時に、血を含んだ透明な肉汁が溢れ出し、真っ白な磁器の上に不調和な紅い跡を描き出した。
クレスタは顔を上げ、上座の父を見た。 公爵の動作は儀式の如く優雅だった。蒼白で長い指が象牙の柄のナイフを握り、刃先が皿に触れるとき、神経を切り裂くような鋭い「キィィ……」という音が響いた。
——プシュッ。
それは刃が筋肉の繊維を断ち切る音だった。 クレスタは父の手に釘付けになった。刃がピンク色の肉に沈み込むと、温かな肉汁が血槽を伝って流れ出す。公爵はすぐに飲み込まず、フォークで微かに震える肉片を抑え、繊維が断たれるときの抵抗を手に感じ取っていた。その「生命の残滓」を正確に切り刻む様は、クレスタの目には世のいかなる芸術よりも美しく映った。
「クレスタ、肉が冷めるぞ」 公爵の声は低く乾き、氷が擦れ合うようだった。「それとも、血液が干からびる様子を眺めている方が好みなのかな?」
「いいえ、お父様……」
クレスタは震える手でナイフを取った。父に倣い、鋭い刃先を肉の最も豊かな部分にゆっくりと押し当てた。 焦げた表面を突き破り、内側の柔らかく滑らかな、体温を宿した肉質を感じた瞬間、彼女の指先から脳門へと電流が走った。彼女は目を閉じ、これが鹿の肉ではなく、より霊的な生物であると想像した。力強く一塊を切り出すと、その生温かい肉汁が自らの銀のフォークを赤く染めるに任せた。
死寂に包まれた贅沢の中で、父娘はテーブルを隔て、同時にこの優雅な「屠殺」を執り行っていた。肉を切る断続的な音が、二人の魂の共鳴するビートのように響く。
「このお肉……とても美味ですわ」 クレスタは血の色を帯びた肉片を口へと運んだ。柔らかな繊維が舌先で解け、濃厚で原始的な生臭い甘みが彼女の瞳孔を瞬時に収縮させた。「この『温かみ』を感じる感覚、六歳のあの雨の夜を思い出します」
クレスタは顔を伏せ、皿の中で切り裂かれた肉の隙間を見つめた。その瞬間、彼女は父の瞳に一閃した何かを捉えた。 それは父性ではなかった。もっと深く、狂気じみた満足感。仕留めた獲物の標本を愛でる猟師か、あるいは屠殺を待つ家畜を値踏みする屠殺者のそれだ。彼女は父の白く長い手を見つめ、内心の奥底に焼けるような戦慄を覚えた。彼女はこの手が闇の中で何をするのかを知っている。完璧な社交界の仮面の下に、自分と同じ、いや、自分よりもさらに深い暴虐の魂が潜んでいることを知っているのだ。
この死寂の食卓の上で、二人の視線が空中で短く交錯した。クレスタは退かなかった。その冷徹な紅い瞳の中に、「同類」という名の共鳴を見出したからだ。 この抑圧こそが、父娘の間に流れる最も親密な情事であった。
【禁断の探検】
その年、クレスタはわずか六歳だった。 極限の秩序と退屈な礼儀の中で育つ子供にとって、公爵邸で唯一「愉しみ」と呼べるのは、父から厳命されていた立ち入り禁止区域であった。父は何度も、あの冷たい紅い瞳で彼女に警告した。「クレスタ、地下の暗闇だけは貴女が足を踏み入れるべき場所ではない。もし入れば、その純潔な魂は永遠に汚染されるだろう」
だが、その晩の豪雨は魔力を帯びていたようだ。色とりどりのステンドグラスを叩く雨音が、冷たい石床を素足で歩く軽やかな「タッ、タッ」という音をかき消してくれた。 彼女は巡回中の衛兵を避け、古びた木材の朽ちた匂いのする重い隠し扉を開けた。小さな身体が螺旋階段の闇へと沈み込んでいくにつれ、空気の質が劇的に変わり始めた。
——それは、彼女が嗅いだことのない、生命力に満ちた悪臭だった。 深部へ進むほど百合の芳香は消え失せ、代わりに鉄錆のような濃厚な匂いが立ち込めてくる。大量の血液が空気にさらされ、湿ったカビ臭い石壁と混ざり合うことで生じる生臭い甘み。呼吸をするたびに微細な金属の粉末を肺に吸い込んでいるかのようで、舌先に奇妙な痺れを覚えさせた。
次いで、牢獄の静寂を貫く音が響いた。 ——「ガタッ、カチャ」 重い鉄製の器具が砥石の上を滑る音。乾いていて鋭く、まるで歯が噛み合っているかのようだ。 ——「プシュッ、スゥ……」 クレスタは巨大な花崗岩の柱の影に隠れ、揺れる火影越しに視線を向けた。そこに、父の背中があった。
公爵は優雅にシャツの袖を捲り上げ、手に細長く先端が鉤状になった銀の拷問具を握っていた。彼は「砕骨輪」に拘束された囚人と向かい合っていた。次の瞬間、父の手首が軽く翻り、金属の鉤先が囚人の爪の隙間に正確に突き刺さった。爪床を擦るその音は、神経を逆撫でするような「ギィィィ」という響きを立てた。 ——「あ、あああああああ——ッ!」
その悲鳴は狭い円蓋の牢獄内で反復し、最初は鋭く高い叫びから、次第に声帯が引き裂かれたことによる、壊れたふいごのような「ヒュー、ヒュー」という音へと変わっていった。
クレスタは息を止めた。爪先から鮮血が噴き出し、火の粉に照らされて、自分のドレスに飾られたルビーよりも眩い深紅色を呈している。その液体が火鉢の傍らに飛び散る音は、短く微かな「ジッ、ジッ」という音を立て、焦げた蛋白質の匂いと共に奇妙な芳香を放っていた。
父は悲鳴に手を止めるどころか、低く愉悦に満ちた笑みを漏らした。その笑い声は、悲鳴を背景にしながらも、あまりにも純粋で温和にさえ聞こえた。 「見ろ、なんと誠実な反応だ」 父は低く囁いた。その声は牢獄の反響の中で驚くほど明瞭だった。
闇の中に潜むクレスタは、無意識のうちに指先を石壁の隙間に食い込ませていた。体内の血液が悲鳴のリズムに合わせて沸き立っている。恐怖ではなく、前代未聞の興奮を感じていた——この死寂に包まれた標本箱のような公爵邸で、初めて「鮮烈な」息吹を感じたのだ。
火影の下で血に汚れ、紅く輝く父のその両手を見つめながら、幼い心の中に病的なほど強い独占欲が芽生えた。 (あれが、お父様の……本当の姿。あれが……私の欲しかった色彩なんだわ)
【血色の刻印】
牢獄内の悲鳴は次第に低くなり、最終的には壊れたふいごのようなすすり泣きへと変わった。 ルートヴィヒ・フォン・クリフ公爵はゆっくりと立ち上がったが、すぐには立ち去らなかった。まるで傑作を完成させた芸術家のように、優雅に囚人の無惨な指先を検分している。突然、その紅宝石のような瞳が微かに細まり、刃のような視線がクレスタの隠れる岩柱へと向けられた。
「……誰だ、そこにいるのは?」 公爵の声は低く、殺意に満ちており、狭い石室の中に重々しく響き渡った。
クレスタは心臓が口から飛び出しそうなほどの衝撃を受けた。それは恐怖ではなく、「真実の父」に見つめられるという極上の快感によるものだった。彼女は手の甲を必死に噛み締め、こぼれそうになる艶やかな吐息を押し殺した。
公爵がゆっくりと岩柱へ歩み寄る。革靴が血水と雨水の混ざり合った床を踏むたび、「ジュプ、ジュプ」という湿った音を立てた。強烈な血生臭さと皮革の匂いが近づくにつれ、感覚を麻痺させていく。しかし、彼が柱を回り込もうとしたその一瞬、上階の階段から衛兵が急いで駆け下りてきた。 「公爵閣下!辺境より緊急の公文書が届きました!」
公爵は足を止め、瞳の狂気は一瞬にして冷徹な社交界の仮面によって覆い隠された。彼は鼻を鳴らすと、血に濡れた銀の針を無造作に放り投げ、背を向けて去っていった。
重い鉄の扉が再び閉まるまで、クレスタは陰影の中で力なく座り込んでいた。彼女は父が捨てた銀の針へと這い寄り、震える指先でそれを拾い上げた。針にはまだ微かな温もりと、粘り気のある紅い液体が残っており、生鉄のような生臭い甘みが彼女を眩暈に誘った。
彼女は魔に差したかのように、その血の付いた鋭利な先端を、自らの唇へとそっと押し当てた。 その瞬間、父が命を奪うときの優雅な姿、噴き出す血の花、そして魂を貫く悲鳴が、彼女の脳内で禁断の思慕へと織り上げられた。彼女が愛したのは、食卓で秩序を説く公爵ではない。牢獄で自ら命を切り裂く、この魔王だったのだ。
「お父様……私も……貴方と同じようになりたい……」
彼女はその「初恋」のような秘密を胸に、音もなく純白で死寂に包まれた自らの寝室へと戻った。 雨に濡れた寝着を脱ぎ捨て、牢獄から持ち帰った生臭い甘みが、精緻なシルクのベッドの間に広がるに任せた。闇の中で自らをきつく抱きしめながら、彼女は今しがたの光景を幾度も反芻した。
外側の秩序は相変わらず完璧で、屋敷は相変わらず冷酷だ。しかし、この六歳の少女の内心では、すでに血塗られた洗礼が完了していた。父への恋慕は鮮血への生理的な渇望へと変貌した——彼女はもはや眺めるだけでは満足できない。自らの手で「プシュッ」という音を奏で、その温かな紅色で、この蒼白で窒息しそうな公爵邸を染め上げることを、心から切望していた。
あの日から、クリフ家の真珠はただの磁器人形ではなくなった。彼女は父の最高傑作であり、闇の中で開花を待つ、最も妖艶な緋色の蕾となったのである。
お読みいただき、ありがとうございます。
完璧な秩序の象徴であるクリフ公爵邸。その静謐な壁の裏側に隠された「地下牢」という名の狂気。幼き日のクレスタが目撃した父の真の姿は、彼女の純真を破壊するのではなく、むしろ彼女の中に眠る怪物を目覚めさせる火種となりました。
「美しいお父様と同じ色彩を纏いたい」 その歪んだ愛慕と鮮血への渇望が、クレスタをただの令嬢から「魔女」へと変貌させていく序曲です。 次では、成長したクレスタが社交界という名の「狩場」で、どのようにその本性を隠し、獲物を選定していくのかを描きます。
次なる血の悦楽でお待ちしております。




