【重力という名の正義:魔導師団長の鉄腕】
エッセン小鎮治安騎士団駐屯所。 甘ったるい血臭と霧に満ちた救済院とは異なり、ここは白大理石、生鉄、そして厳格な公文書によって構成された世界だ。空気には乾燥した皮革の匂いと、金属の摩擦が生む冷え冷えとした感覚が漂っている。廊下を歩く重装騎士たちの鉄靴が刻むリズムは、歯車のように正確で、その一打一打が帝国の揺るぎない秩序を象徴していた。
「全員、敬礼!」
クリアが大広間に足を踏み入れた瞬間、整然としていた足音が止まり、数十人の騎士たちが糸で操られる人形のように一斉に直立不動の姿勢をとった。クリアは彼らの畏怖の視線を一顧だにせず、鏡面のように磨かれた床に黒い乗馬ブーツの音を響かせ、不穏なまでに清冽な足音を立てて歩いた。
執務室の中では、一人の若い副官が落ち着かない様子で立っていた。彼は帝国の首都、聖教軍から転任してきたばかりのケインだ。糊のきいた折り目の正しい制服と、探求心に満ちた清らかな瞳は、鉱滓こうさいにまみれたこの街にはあまりに不釣り合いだった。
「団長、これがこの二週間の治安概況報告、それと……」 ケインは深く息を吸い、厚い「行方不明者リスト」をグリアのデスクに差し出した。 クリアは優雅に椅子に腰を下ろし、偽装用の木杖を壁に立てかけた。修長い指で紙をめくる彼女の瞳には、冷ややかな嘲弄の色が浮かんでいる。
「他には何かしら? ケイン副官。ゴミを奪い合う浮浪者の話でないことを祈るわ」
「団長、このリストですが……」 ケインの声は微かに震えていたが、そこには確かな意志があった。 「最近の三十件の失踪報告を照合しました。失踪者はすべて六歳から十歳の子供で、体格や特徴が酷似しています。さらに不可解なのは、目撃者の証言によれば、彼らが最後に姿を消した場所は、すべて救済院付近の通りなのです」
室内の空気が一瞬で氷点下まで下がった。 書類をめくるクリアの手が止まる。彼女はゆっくりと顔を上げ、氷のように冷たい瞳でケインを射貫き、口角を危険な角度に吊り上げた。
「救済院? アリア修道女が主宰し、毎日卑賤な民に慈悲を分け与えている、あの救済院のこと?」 クリアは短く、耳障りな冷笑を漏らした。 「ケイン、首都の温室育ちはあまりに純真ね。ここは聖地じゃない、エッセンよ。黒い泥が蔓延るこの鉱山街で、子供が飢えや病、あるいは不慮の事故で溝の中で死ぬなんてことは、雨水が下水に流れるのと同じくらい自然なことだわ」
「ですが、この数は異常です! 団長、もし捜査の許可をいただけるなら……」
「捜査? 帝国が定めた慈善機構を捜査すると?」 クリアが猛然と立ち上がった瞬間、空間を歪ませるほどの重圧――「重力」が執務室を支配した。ケインは胸を巨石で打たれたような衝撃を受け、膝をついた。床が彼の膝の下で悲鳴を上げ、ひび割れる。
「いいこと、新人」 無様な姿を晒すケインを見下ろすクリアの瞳の奥で、暗紫色の雷光が奔った。非人間的な威圧感にケインは呼吸さえ困難になる。 「アリア修道女はこの街の魂であり、私はこの街の法ルールよ。あなたの『疑い』は帝国の秩序への挑戦だわ。次はないわよ。触れてはならない真実があることを、その身に刻んであげるわ」
クリアが重力を解くと、冷淡に椅子へ戻った。彼女は重厚な鋼鉄の印章を手に取り、行方不明者リストの上に叩きつけた。
――ドンッ!
鮮血のように飛び散った赤い朱肉が、「証拠不十分につき、正式に結了」という文字を子供たちの名前の上に刻んだ。つい先ほどまで名目上は「存在」していた子供たちは、クリアの印章一つで、法的にこの世から抹消された。
ケインは床に膝をついたまま、瞳に宿る驚愕と憤怒を隠すために俯いた。グリアの病的なまでの威圧と不遜さは、かえって彼の中の正義感を激しく燃え上がらせた。あの木杖を背負った女は、死よりも深い闇を隠している。彼はそう確信した。
「……承知いたしました。申し訳ございません」 ケインは掠れた声で応えた。
「わかればいいのよ」 クリアは彼を見ようともせず、抹消されたばかりのリストを指先でなぞった。命を消し去る快感を反芻しているかのようだった。 「立ちなさい、記録簿を持って。地下尋問室に口の硬い『異端分子』が私を待っているわ。エッセンの真の法がどのように執行されるか、見せてあげる」
地下三層、尋問室。 ここの空気は冷たく乾燥しており、古い血痕の鉄錆びた臭いと、高濃度の魔力が燃焼した焦燥感が混じり合っている。壁には磨き上げられた金属の拷問器具が並び、寒気がするような冷たい光を放っていた。
「ケイン副官、近くへ来なさい」 クリアは白い手袋を脱いで机に放り投げ、刑具掛けにある奇妙な鉄器を指先で愛でた。 「騎士団の一員として、嘘の皮を剥ぐ術を学ばなければね。見て、これはこの地牢で最も優しい玩具――『ユダの揺籃』よ」
刑架に繋がれているのは、穀物を隠し持ち「聖所への不敬」で捕らえられた老鉱工だった。彼はベルトで宙吊りにされ、その真下には鋭利な金属製のピラミッドが置かれている。
「この刑具の素晴らしい点は、『体重』にあるの」 クリアは冷淡に説明し、兵士に合図してロープを緩めさせた。
ロープが下りるにつれ、凄まじい絶叫が地牢の静寂を切り裂いた。ピラミッドの先端が重力に従って受刑者の下体に食い込み、肛門とその周辺の組織を強引に引き裂いていく。金属の表面を伝って鮮血が滴り、「滴、滴」と音を立てた。
「協力しなければ、重力によって彼は少しずつこれに『座り』続けることになるわ。先端が直腸を突き抜け、内臓を破るまでね」 クリアは顔面蒼白のケインを振り返り、明日の天気を話すような平坦な声で言った。 「彼はいつまで持つと思う?」
「団長……これは、尋問の範疇を超えています……」 ケインは拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込んだ。
「必要? ケイン、エッセンにおける唯一の必要とは『恐怖』よ」
グリアは軽蔑を込めた鼻笑いを漏らすと、別の木架へと歩み寄った。そこには巨大なハサミのような、先端にギザギザのついた鉄鉗が置かれていた。
「これは『乳房裂き』。この老いぼれに引き裂く部位はないけれど、爪や舌には効果的よ」
クリアは優雅に鉄鉗を掲げると、火にかけた。鉄の歯が真っ赤に焼け、不気味な光を放つ。彼女は稲妻のような速さで振り返り、老人の舌を正確に挟み込んだ。
――ジュッ! 焦げた臭いと共に煙が立ち昇る。
「ぎ、あああああ――!!」 老人の眼球は眼窩から零れ落ちんばかりに見開かれ、身体は狂ったように痙攣した。クリアは冷鼻を鳴らすと、手首に力を込めた。「ズリッ」という鈍い音と共に、焼き焦げた組織が生々しく引き千切られ、宙に黒ずんだ血の花が舞った。
クリアはその残骸を火の中に投げ捨て、ケインに視線を向けた。その瞳には病的な紅い光が宿っている。 「見なさい、これが法よ。慈悲などいらない、必要なのは服従だけ」
そして彼女は、最後の大掛かりな刑具――『車輪刑』へと歩み寄った。 「ケイン、もし行方不明者のリストにそんなに興味があるのなら、この車輪を使ってあなたの脳内の疑問を一つずつ叩き出してあげましょうか? まずは脛の骨から、三十片に砕いて、その四肢を蔦のように車輪のスポークに編み込んであげる……」
クリアが微弱な重力魔法を解放すると、尋問室の圧力は一気に跳ね上がった。ケインは粘りつくような悪意に呼吸を阻まれ、胃が激しくひっくり返るような嘔吐感に襲われた。 目の前にいるグリアは、帝国の騎士団長などではない。官服を纏い、命を弄ぶことを愉悦とする「非人道の魔女」そのものだった。
「……滅相もございません」 ケインは生理的な吐き気を抑え込み、低頭して応えた。その声は卑屈であったが、この地獄の洗礼を目にした彼の内なる正義感は、死をも辞さない決意へと昇華していた。
「よろしい」 クリアは再び白い手袋をはめ、その残虐な本性を一瞬で収めると、高慢で冷徹な公職者の顔に戻った。 彼女は優雅に尋問室を後にした。拍車の音が空洞の通路に規律正しく、冷たく響き渡る。
「ケイン、ここを掃除しておきなさい。それと……忘れないことね。今夜も当直よ。二度とその余計な憐れみの表情を私に見せたら、次に『揺籃』に座るのは、あなたよ」
尋問室の重い扉が閉まり、クリアの息詰まるような威圧感が廊下の向こうへ消えた。 ケインは冷たい床に膝をつき、震える手で祭壇の縁にこびりついた血痕を拭おうとした。しかし、その鮮紅の液体は呪いのように、どれほど力を込めても大理石の隙間に深い影を残した。もはや人間の形を留めていない残骸を見て、ケインは激しい眩暈に襲われた。これは尋問ではない、一方的な破壊だ。
彼が魂が抜けたように地牢を出ると、年配の古参騎士が彼を引き止めた。 「ケイン、顔を洗ってこい。そして今見たことはすべて忘れろ」 老兵は麻痺したような悲哀を瞳に宿し、低声で諭した。 「団長は普段、我々を悪くは扱わない。命令に従い、動き、口を閉ざしていれば、帝国で最も手厚い手当がもらえる。この辺境の街では彼女の言葉が真理だ。お前には背負いきれない『真理』に挑むんじゃない」
ケインはその手を振り払った。脳裏に浮かぶのは、あの子供たちのリストと、印章を叩きつけた時のグリアの軽蔑に満ちた表情だった。
深夜、治安騎士団執務室。 クリアは高いオーク材のデスクの後ろに座り、湯気を立てるブラックコーヒーと、一見無害な木製の短杖を傍らに置いていた。彼女のオフィスは病的なまでに整理整頓され、すべての巻物が正確に並べられている。これこそが彼女の流儀――絶対的な精度、絶対的な掌握。
「報告します」 ケインが扉を押し開けた。その足音は深夜の静寂の中で重く響いた。 クリアは顔を上げず、優雅に頁をめくった。 「ケイン副官、あなたに与えた任務は『清掃』であって、『深夜の訪問』ではないはずよ」
「団長、あれは私刑です」 ケインは書き直した報告書をデスクに叩きつけた。
怒りで声が掠れている。 「あの鉱工は異端の情報を何一つ持っていませんでした。彼はただ、飢えから穀物を隠しただけです。あなたがリストに押した『結了』の印は、真の罪行を隠蔽するためのものです」
室内の空気が凝固した。グリアの手の中の万年筆が止まり、黒いインクが紙の上に醜いシミを作った。彼女はゆっくりと顔を上げた。蝋燭の光に照らされた絶世の美貌は異常なほど冷徹で、その瞳には感情の欠片もなく、まるで事切れた死体を見ているかのようだった。
「罪行?」 クリアはペンを置き、短く軽蔑的な冷笑を漏らした。 「エッセンにおいて、最大の罪とは『無能』よ。あの男は帝国のために鉱石を産み出すこともできず、価値のある情報を提供することもできなかった。存在そのものが資源の無駄なの。私はそれを再利用しただけ。それが法の慈悲よ」
「では、あの子供たちは? 救済院付近で消えたあの子供たちも、再利用なのですか?」 ケインが一歩踏み出し、血走った目で迫った。 「もし捜査令状を下ろさないのであれば、私は副官の名において、本部に直接密書を送ります……」
――パリンッ!
クリアの手の中のコーヒーカップが瞬時に砕け散った。熱い液体と破片は重力場の精密な操作によって彼女の袖を避け、すべてがケインの胸元に叩きつけられた。 不意の重圧に押され、ケインは数歩後退し壁に激突した。グリアは立ち上がり、規則正しい歩調で彼の前まで歩み寄った。氷のような指先がケインの顎を軽く持ち上げ、瞳の奥で暗紫色の電光が閃いた。
「ケイン、知っているかしら? この駐屯所にいる者は皆、自分の『立ち位置』を理解しているからこそ生き延びているのよ」 クリアの声は低く、恋人の耳元で囁くかのようだったが、そこには骨まで凍てつく寒気があった。 「勇気はあるようだけれど、私はその身の程知らずな勇気が大嫌い。完璧なファイルに、余計な折り目をつけるような真似はね」
彼女は圧力を収めると、顔に絶世でありながら毛の逆立つような微笑を浮かべた。
「そこまで『真実』を追いたいと言うのなら、チャンスをあげましょう。明晩、剣を持って、黒い森の縁にある廃屋の風車小屋を巡回しなさい。あそこに『異端分子』の足取りがあるという噂よ」
ケインは歯を食いしばり、身体を支えながら軍礼を尽くすと、背を向けて去っていった。 執務室の扉が閉まるのを見届けると、クリアの瞳から笑みが消え、代わりに純粋な殺意が芽生えた。彼女は振り返り、木杖を指先でなぞった。その口調は、夕食の献立を決めるかのように淡白だった。
「しばらくは飾り物として置いておいてあげようと思ったけれど……。そんなに急いで『素材』になりたいのなら、叶えてあげるしかないわね。ケイン、あなたの魂は、きっとアリアのスープに、いくばくかの『剛直』な苦みを加えてくれるでしょうから」
救済院の「慈悲」がアリアの微笑みだとするならば、この街の「秩序」はクリアの振るう重力そのものです。彼女にとって、法を犯す者や無能な者は、もはや人間ではなく、スープのコクを深めるための「素材」に過ぎません。
今回、若き副官・ケインがその闇に触れてしまいました。 正義感に燃える彼の瞳が、グリアの冷徹な重力によってどのように押し潰され、そしてアリアの「スープ」へと溶け込んでいくのか。
エッセンという街では、正義すらも食材の一つに過ぎないのです。




