【慈悲の残り香:救済という名の濃湯】
早朝、エッセンの街は灰色のベールのような薄霧に包まれていた。 聖十字救済院の厨房では、すでに熱気が立ち昇っている。数人の若い修道女たちが薪を運ぶのに奔走し、その顔は火光に照らされて赤く染まっていた。清貧な生活ながらも、彼女たちの清らかな瞳には、真摯な使命感が宿っている。
「女神様、この哀れな人々をお守りください。今日のスープが、皆さまが冬を越す糧となりますように」 若い修道女マーサは汗を拭いながら、巨大な副釜の中に干からびた根菜や雑穀を投げ入れていた。彼女たちはこの地獄における真の信徒であり、アリア修道女を自分たちを導く聖女だと心から信じていた。
「修道女様、朝の祈りの準備が整いました」
アリアが緩やかに大広間へと足を踏み入れた。真っ白に洗い上げられた修道服に身を包み、襟元には簡素ながらも荘厳な十字架が飾られている。その朝露のように穏やかな表情は、疲弊した修道女たちの心に深い安らぎを与えた。
「お疲れ様、マーサ」 アリアは優しくマーサの肩を叩いた。指先が、彼女の脈打つ血管の傍らを、触れるか触れないかの危うさでなぞる。 「女神様はあなたたちの善行を見ておいでですよ。ですが、配給を始める前に、主釜に『特製の肉ソース』を加えるのを忘れないで」
アリアが指し示したのは、黒鉄で作られた巨大な主釜だった。それは、彼女とクリアが昨夜作り上げた「成果」である。 「それは帝国の中心から運ばれた、貴重な滋養強壮の素材です」 アリアは伏せ目がちに言った。その声には、微かな、しかし残酷な諧虐ユーモアが混じっている。 「身体が最も弱り、魂が最も敬虔な受難者だけが、その『奇跡』を口にする資格があるのです」
修道女たちは崇敬の眼差しでその主釜を見つめた。彼女たちは、それがアリア修道女が自らの人脈を駆使して求めてきた慈悲の結晶だと信じて疑わず、不用意に近づくことさえ憚られた。
その後、アリアに導かれ、全院の修道女による朝の祈りが始まった。 壮大なパイプオルガンの音が響く中、祭壇の中央に立つアリアは、両手を合わせ、静かに頭を垂れる。ステンドグラスを透過した(薄暗いとはいえ)陽光に照らされた彼女の聖なる姿は、息を呑むほどに美しかった。
(主よ、授かりし血肉に感謝を) アリアは心の中で囁いた。 (屠殺場に神殿の衣を着せてくれる、この愚昧な善意に感謝を。この『奇跡』が彼女たちの虚ろな胃袋を完全に満たし、罪の味の中で永遠の安息を与えんことを)
彼女が目を開けた瞬間、深淵のような冷酷さは消え去り、そこには世の人々を救うに足る、純粋な慈悲の微笑みが浮かんでいた。
救済院の大門がゆっくりと開かれる。早朝の寒気と、大釜から噴き出した肉の香りがぶつかり合い、肉欲的な色彩を帯びた濃厚な臭気が立ち込めた。
飢えた民が潮のように押し寄せ、誰もがアリアの前で跪き、命を繋ぐための「奇跡」の一杯を受け取っていく。その卑小な群衆の先頭には、あの母親がいた。窪んだ眼窩には、狂気にも似た期待がギラギラと光っている。
「修道女様……うちの子は……」 母親は震える手で陶器の椀を受け取った。中には、ピンク色の肉漿にくしょうと黄金色の油脂が混じり合い、理性を狂わせるような芳香を放っている。
「心配いりません。あの子はとても温かい場所で、あなたを見守っていますよ」 アリアは優雅に腰を落とし、白く無垢な手で母親の凍えた指を包み込んだ。その仕草は、見る者の胸を締め付けるほどに優しかった。
母親は頷き、待ちきれない様子で椀に口をつけた。 ――ズズッ、ゴクン。
その瞬間、時が止まったかのようだった。 母親の目は見開かれ、枯れ木のような顔面には、極致の「鮮美」によって不自然な赤みが差した。彼女は狂ったように飲み込んだ。骨髄の甘みと脂の重厚さを湛えた液体が、熱い溶岩のごとく彼女の魂の空洞を埋めていく。
「美味しい……こんなに……美味しいものは、生まれて初めて……」 母親は泣きながら飲み続けた。涙がスープに落ち、それさえも一緒に飲み下す。 「これが救済なのですか? 修道女様……中には何が入っているのです? なぜかしら……とても温かい。まるで、あの子が私を抱きしめてくれているみたいに……」
その言葉を聞いたアリアの口角が、極めて小さく、しかし残酷な弧を描いた。彼女は手を伸ばし、嚥下えんげのために激しく上下する母親の喉元を優しく撫でた。その瞳は、実験材料を観察する学者のような興奮に満ちている。
「ええ、その温もりは幻ではありませんよ」 アリアの声は低く、磁気を帯び、まるで耳元で囁く悪魔のようだった。 「あなたの子は今、あなたの体の中にいるのです。自らの血肉で、あなたの朽ちかけた器を養っている。あなたが口にするその一滴一滴が、あの子からの精一杯の『恩返し』なのですよ」
「恩返し……あの子が、私の中に……?」 至福の味覚に支配された母親の脳は、アリアの言葉が示す真実を処理できず、ただ獣のように椀の底に残った肉屑を舐めとるだけだった。 「ありがとうございます、修道女様……。女神様、ありがとうございます……。あの子、あの子……ようやく親孝行ができるようになったのね……」
「ええ。あの子はとても良い子になりました。もう騒ぐことも、お腹を空かせることもありません」
アリアは身を起こし、幸福感で崩壊しかけている母親を見下ろしながら、この上ない愉悦に浸っていた。彼女が弄んでいるのは肉体だけではない。「母性」という神聖な感情を、「同族食カニバリズム」という醜悪な罪業と縫い合わせ、華麗な偽善の衣を編み上げているのだ。
テラスの上では、冷徹な騎士のコートに身を包んだグリアが、この「慈愛」の喜劇を冷ややかに見下ろしていた。彼女は苛立たしげに懐中時計を弄び、アリアに「飼い慣らされていく」家畜どもを一瞥すると、不屑ふせつの冷笑を漏らした。
「お姉様、あなたの趣味はますます悪辣になるわね」 クリアは低く吐き捨てると、重い乗馬ブーツを鳴らして背を向けた。
アリアはその場に佇み、救世の聖女としての姿を保ち続けていた。遠くを見つめる彼女の指先には、先ほど母親の喉から伝わってきた、あの少女の最後の残り香がまだ微かに残っている。
(絶望の後に訪れる幸福こそ、最高のデザートだわ) アリアは心の中で密かに笑った。 救済という名の祭典は、まだ幕を開けたばかりなのだ。
……言葉を失うような結末だったかもしれません。 愛する我が子の肉を啜り、その温もりで生き長らえる母親。 これこそがアリアの提唱する「究極の救済」の形です。 しかし、この完璧な狂気の歯車を止めようとする男が現れます。 次なる救済の場でお待ちしております。




