第7話:おじさん、パーティーに勧誘される。――ガイド役に指名ですか?
冒険者になって三日が過ぎた。
俺の生活リズムは、驚くほど規則正しくなっていた。
朝7時に起床。デバイスでバイタルを確認し、軽いストレッチ(これを怠ると一歩目で膝が笑う)。
8時に宿の食堂で朝食。
9時にギルドへ行き、デバイスが算出した「最高時給かつ低リスク」な依頼を一件だけ受ける。
午前中にサクッと完了させ、午後は街の散策を兼ねたデータ収集、あるいは宿での昼寝。
我ながら、異世界に転移した人間とは思えないほど、ホワイトな労働環境をセルフ構築していた。
「……よし、今日の体力値は75%か。……悪くない」
左腕のデバイス『Link』が示す青いグラフを眺めながら、俺はギルドの自動……ではない、重い木製の扉を押し開けた。
掲示板の前には、今日も多くの冒険者が群がっている。
俺は彼らの間を縫うように進み、端にある採取依頼のコーナーへ手を伸ばそうとした。
その時だ。
「――おい、あんたが『鑑定眼』を持つっていう新人のおっさんか?」
背後から、低く、威圧感のある声が響いた。
俺は心の中で、これ以上ないほど深い溜息をついた。
(……ああ、やっぱり来たか。こういう展開。……無視して帰りたい。今すぐ宿のベッドにダイブしたい)
だが、無視をすれば余計に事態が悪化することを、俺は二十年以上の社会人経験で嫌というほど学んでいる。
俺はゆっくりと振り返った。
そこにいたのは、三人組のパーティーだった。
中央に立つのは、全身を鈍く光る銀の甲冑で固めた、赤髪の大男。背中には身の丈ほどもある大剣を背負っている。
その左には、深いフードを被り、古びた杖を携えた小柄な女性。
右には、軽装の革鎧に身を包み、腰に短剣を提げた、目つきの鋭い青年。
装備の使い込み具合から見て、昨日までの「駆け出し」たちとは格が違うことがわかる。
「……相棒。こいつらのスペックを、こっそり出せ。……外見と装備の損耗、筋肉のつき方、歩き方から推定しろ」
『了解。……ディープスキャン開始。
対象1(中央):推定ランクD。重戦士。右膝に古傷、軟骨の摩耗を検知。
対象2(左):魔導師。魔力の揺らぎから、重度の睡眠不足と栄養偏りを推定。
対象3(右):斥候。歩行バランスが左に0.4%傾斜。左足首の捻挫を隠している可能性あり。
結論:全体的にオーバーワーク状態です。休息を推奨します』
「……お前、俺と同じだな」
俺はデバイスの非情な、だが正確な分析に苦笑いしつつ、男に向き直った。
「……鑑定眼なんて大層なもんじゃない。ただの、運が良いだけのおじさんですよ。……それで、何の御用で?」
大男――ガーンと名乗った男は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、俺の肩を叩こうとした。俺は紙一重でそれを回避する。これを受けると、俺の肩関節は明日の朝まで機能しなくなる。
「ははっ、避けるねえ! 俺たちはランクDパーティー『鋼の牙』だ。……なあ、おっさん。受付のミーナから聞いたぜ。あんた、銀月草を真っ昼間に、たった一時間で一袋分も採ってきたんだってな?」
「……運が良かっただけです、と言ったはずですが」
「運だけで二日連続、最高品質を揃えられるわけねえだろ」
横から、斥候の青年――ライルが、刺すような視線を投げかけてくる。
「俺たち斥候が半日かけても半分も見つからねえ場所で、あんたは『道を知っている』みたいに最短距離で歩いてたって噂だ。……おっさん、あんた『隠しスキル』持ちか?」
「そんな便利なもの、この年になってもらえてたら、もっと楽な人生送ってましたよ」
俺は乾いた笑いを返し、掲示板に意識を戻そうとした。だが、ガーンが俺の前に立ちはだかる。
「頼む、おっさん。……いや、サトウさんと言ったか。……俺たちの『ガイド』として、一日だけ手を貸してくれないか?」
「……ガイド?」
「ああ。街から少し離れた『灰霧の森』にある、希少な薬草を採取したいんだ。だが、あの森は霧が深くてな。どんなに優秀な斥候でも、目的の場所に辿り着く前に魔物に囲まれるか、迷って引き返すのがオチだ。……だが、あんたの『目』があれば、最短で抜けられるんじゃないかと思ってな」
灰霧の森。
俺は脳内でデバイスのデータベースを検索した。
『検索完了。灰霧の森:レアルト北西15キロメートル。常時発生する局所的な霧により、視界は平均5メートル以下。……なお、本デバイスの「熱感知」および「地磁気センサー」を用いれば、霧の影響は0%です。マッピングも容易です』
(……行ける。行けるが……面倒だ。絶対、疲れる。往復30キロ? 五十歳の膝を殺す気か)
「お断りします。……俺は、近場で細々と暮らしたいだけの隠居の身でして」
「日当として、金貨1枚出す。……それと、採取した薬草の売却益の2割を上乗せだ」
俺の拒絶を遮るように、ガーンが破格の条件を提示した。
金貨1枚。この街の相場なら、贅沢をしなければ一ヶ月は遊んで暮らせる金額だ。
俺は一瞬だけ、グラついた。
(……金貨1枚、か。それだけあれば、この硬い宿のベッドを卒業して、もっと高級な、羽毛布団のある宿に移れる。あるいは、もっと性能の良い靴を買える……)
「……サトウさん」
不意に、カウンターの奥からミーナさんが顔を出した。
「……実は、ギルドとしても『灰霧の森』の最新の地図データが欲しいんです。最近、森の生態系が変わったという報告がありまして。……もし、あなたが彼らに同行して、正確な経路を記録してきてくれるなら、ギルドからも別途、特別報酬をお出しします」
……外堀が、埋められていく。
どうやらミーナさんは、俺のデバイス(彼女には未知の魔導具に見えているだろうが)の「マッピング能力」を完全に見抜いているらしい。
俺は周囲を見渡した。
期待に満ちたガーンの目。
品定めをするようなライルの目。
そして、眠そうに、だがどこか切実にこちらを見ている魔導師の女性。
……ああ、クソッ。この雰囲気、会社で「このプロジェクトを救えるのは、もう佐藤さんしかいないんだ!」と、上司とクライアントに囲まれた時のあの感覚にそっくりだ。
「……一つ、条件があります」
俺は、重い口を開いた。
「何だ? 言ってみろ」
「俺は一切、戦いません。……魔物が出たら、あんたたちが全力で俺を守ってください。……俺の仕事は『歩くルートを指示する』、それだけです。……いいですね?」
「ああ、もちろんだ! 俺の盾は、おっさんのためにある!」
ガーンが、今度は俺の背中をバシバシと叩いた。
案の定、衝撃で肺の空気が全部漏れた。……明日、絶対に湿布が必要だ。
翌朝。
俺は約束通り、街の北門で『鋼の牙』の面々と合流した。
俺の格好は、昨日買ったばかりの少し丈夫な革のブーツと、村でもらった作業服。
一方、彼らはフル装備だ。
「……おはようございます。……それじゃ、行きましょうか。……相棒、ナビゲーションを開始。省エネモードで行けよ」
『了解。目的地までの最適ルートを表示します。
……佐藤。本日の総歩行距離は、あなたの週間推奨歩行量を超過する見込みです。
帰還後、念入りなフットケアと、高タンパクな食事の摂取を推奨します』
「……わかってるよ。終わったら、絶対に焼肉を食ってやる」
俺は誰にも聞こえない声で愚痴をこぼしながら、森へと向かって歩き出した。
灰霧の森。
その名の通り、森に入った瞬間、世界は真っ白な帳に包まれた。
「……うわっ、ひでえな。……ライル、お前の目でも無理か?」
「ああ、ガーン。……これはただの霧じゃねえ。魔力が混ざってやがる。……おい、おっさん。……本当にこっちで合ってるのか? さっきから道らしい道もねえ場所を進んでるが……」
ライルが、不安そうに短剣を抜き放つ。
実際、周囲の視界は3メートルもなかった。木々の影すら、巨大な怪物の手足のように見える。
だが、俺の視界は、昼間の大通りよりも明快だった。
「……右に三歩。……そこから、十時の方向にある大岩の裏を抜けてください。……足元、ぬかるんでるから気をつけて」
俺は、ホログラム上に表示された『透過マップ』を見ながら、淡々と指示を出した。
デバイスのレーダーは、霧の向こうにある地形の起伏も、倒木の存在も、すべて正確に捉えている。
「……おいおい、本当かよ。……おっさん、霧の向こうが見えてるのか?」
「……見えているわけじゃない。……風の流れと、土の匂い……それから、ちょっとした勘ですよ」
適当な嘘を吐きながら、俺は歩き続ける。
一時間ほど歩いた頃だろうか。
不意に、デバイスの警告音が俺の脳内に響いた。
『警告。前方15メートル、地中の振動を感知。
対象:アースワーム。……さらに、頭上の枝にフォレストスパイダー、3体。
待ち伏せ(アンブッシュ)パターンに合致。回避不能。戦闘準備を推奨します』
「……止まって」
俺が右手を上げると、三人は即座に武器を構え、俺を取り囲むように布陣した。
「……何かいたか?」
「……正面、地面の下にデカいのが一匹。……それと、上だ。……あそこの三本の枝に、蜘蛛が潜んでる。……来るぞ」
俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、地面が爆発するように盛り上がり、巨大なミミズのような怪物が姿を現した。同時に、頭上から粘着質の糸を吐きながら、巨大な蜘蛛が降ってくる。
「――っしゃあ! ビンゴだ! おっさん、最高の索敵だぜ!」
ガーンが咆哮を上げ、大剣を一閃させる。
ライルが影のように動き、蜘蛛の眉間に短剣を叩き込む。
そして、魔導師の女性が短い詠唱と共に、鮮やかな炎を放った。
俺は、その戦いを見守ることもなく、デバイスの操作に集中していた。
「……相棒。戦闘ログを記録。……ついでに、周囲の魔力分布の変化をマッピングしろ。……この霧の『発生源』、見つかるか?」
『解析中……。……魔力の流れに指向性を確認。
北北東、300メートル地点に強力な魔力収束点を検知しました。
……佐藤。そこには、おそらく今回の目的である薬草の「王」が存在する可能性があります』
「……なら、話が早い。……おい、ガーンさん。……掃除は終わったか?」
返り血を拭いながら、ガーンが信じられないといった顔で俺を見た。
「……ああ、終わったが。……おい、お前……。この霧の中で、どうやって蜘蛛の位置まで正確に……」
「……話は後だ。……獲物が見つかったぞ。……ついてきてくれ。……ただし、ここからは少し、坂が急になる。……俺の膝が爆発する前に、終わらせよう」
俺は、驚愕に凍りつく彼らを尻目に、再び「青いライン」が示す最短ルートへと足を進めた。
効率化された冒険。
それは、異世界の常識をデバッグしていくような、奇妙な高揚感を俺に与えていた。
……けれど、やっぱり。
ふくらはぎの筋肉が、悲鳴を上げ始めている。
(……ああ、やっぱり。焼肉じゃ足りないな。……特上のステーキに、ジョッキ三杯。……それだけを報酬に追加してくれ、相棒)
俺は、白く濁った霧の向こうに、この世界の「バグ」を探し求めて、歩き続けた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
「戦わない、働きたくない、でも効率は追求する」。
そんなおじさんのワガママな冒険スタイルが、プロの冒険者たちをも巻き込み始めました。
次回、第8話「灰霧の主と、おじさんの交渉術。――戦わずに勝つのも『効率』ですよ」。
森の最奥で待ち受けていたのは、恐ろしい魔物ではなく、この森を管理する「ある存在」でした。
佐藤は果たして、剣を抜かずに希少薬草を手に入れることができるのか。
続きが気になりましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援いただけると、おじさんの膝の痛みが少しだけ和らぎます!
よろしくお願いいたします。




