第6話:効率化された薬草採取。――その山、全部マッピング済みです
「三つの月亭」の朝は、一階の食堂から漂ってくる、香ばしい焼き魚のような匂いで始まった。
俺は、ギシギシと鳴るベッドの上でゆっくりと身をよじった。一泊銀貨2枚。この街の相場では標準的だが、昨日のギルド登録で神経をすり減らした俺には、もう少し柔らかいマットレスが欲しかったところだ。
「……っ、よし。……昨日よりは、マシか」
左腕のデバイス『Link』の文字を、寝ぼけ眼で追う。
『おはようございます、佐藤。バイタルチェック……筋肉の炎症は沈静化の傾向にあります。本日の活動推奨レベル:65%。定期的な水分補給と、無理のない歩行を心がけてください』
「65%、か。……中途半端だが、仕事をしないわけにはいかないからな」
俺は、村でもらった銀貨を握りしめ、階下へと降りた。
朝食は、麦のパンと、川魚の塩焼き、それから酸味の強い果実。これだけでも、日本にいた頃の「駅のホームで食べる栄養ドリンクとゼリー」に比べれば、ずっと文化的な食事に思えた。
一時間後。俺は再び、冒険者ギルドの重い扉を潜っていた。
昨日のようなヤジは少ない。朝のギルドは、これから狩りに出る冒険者たちの殺気立った空気と、打ち合わせの声で満たされているからだ。
俺は「ランクG」専用の依頼掲示板の前に立った。そこに貼られているのは、街の雑用か、都市近郊での採取依頼ばかりだ。
「相棒。今の俺の体力と、移動距離、そして報酬のバランスが最も良い案件を抽出してくれ」
『了解。……候補を選別しました。案件:都市西側の「微風の丘」における「銀月草」の採取。理由:対象は夜間に光を放つため発見が容易とされていますが、日中であっても本デバイスの分光センサーを用いれば、反射スペクトルから100%の精度で特定可能です。移動距離も片道30分と最適です』
「よし、それにしよう。効率が一番だ」
俺は「銀月草、10株につき大銅貨5枚」と書かれた依頼書を剥ぎ取り、受付のミーナさんの元へ持っていった。
「あら、サトウさん。おはようございます。……初仕事は、銀月草ですか?」
「ああ。……これ、今の時間から行っても、ちゃんと見つかるもんなのか?」
俺が尋ねると、ミーナさんは少し困ったような笑みを浮かべた。
「銀月草は、本来は夕暮れ時に光るのを見て探すのが一般的です。日中に探すのは、熟練の薬師でも難しいと言われていますね。……あまり無理をなさらず、夕方まで待ってもよろしいかと思いますが?」
「いや、いいんだ。夜に森を歩くのは、この歳だと目が疲れるからな。……行ってくるよ」
背後で、また若手の冒険者たちが「昼間に銀月草だってよ」「じいさん、ボケちまったか?」と笑う声が聞こえたが、俺は耳を貸さずにギルドを後にした。
都市の西門を抜け、緩やかな傾斜の続く「微風の丘」へと向かう。
道中、俺は左腕のホログラムウィンドウを、一般人には見えない不可視モードで展開し、作業の「事前準備」を開始した。
「相棒。まずは、この一帯の3Dマッピングを開始。……それから、過去の植生データから、銀月草が好みそうな土壌成分、湿度、日照条件をシミュレートしろ。ヒートマップで表示してくれ」
『了解。高高度広角スキャンモードを起動します。周辺地形の読み込みを開始……30%……60%……。シミュレーション完了。……銀月草の自生可能性が高いエリアを、視界にARでハイライトします』
俺の視界の中で、何気ない草原のあちこちが、うっすらと「青色の領域」に塗りつぶされていく。それは、現代のカーナビやゲームの目的地ガイドと同じ、圧倒的な情報の暴力だった。
「……よし。まずは、一番近いポイントからだな」
俺は、最短ルートを通って、一つ目のポイントへ向かった。
周囲には、俺と同じように採取依頼を受けたらしい冒険者が数人いたが、彼らは腰をかがめ、草をかき分け、文字通り「手探り」で探していた。
「クソッ、ねえな……。やっぱり夜に来なきゃダメか」
「でも夜はワイルドウルフが出るだろ? 効率悪りぃよな」
そんな会話を横目に、俺は迷わず、一見するとただの雑草が生い茂る茂みの前に膝をついた。
「成分スキャン。……当たりか?」
『はい。この草の下、15センチメートルの位置に、銀月草特有のアルカロイド反応を確認。……株の成熟度は98%。採取の最適タイミングです』
俺はポケットから出した小型のナイフを使い、土を汚さないように丁寧に根元から切り出した。現れたのは、淡い銀色の筋が入った、美しい三つ葉の草。
「……一つ。所要時間、移動を含めて3分か」
それから、俺の「作業」は淡々と続いた。ARのマーカーに従って歩き、指定された場所を掘り、最適な株だけを摘み取る。無駄な移動は一切ない。まるで、工場のライン作業をしているような、完璧に最適化された時間。
一時間もしないうちに、俺の手元の保存袋には、20株を超える銀月草が収まっていた。
(……ふぅ。……少し、座るか)
俺は、丘の上の見晴らしの良い岩に腰を下ろした。本来なら、丸一日かけても見つかるかどうかの量を、わずか一時間で。これが、現代のIT技術と、異世界の資源が合わさった時の「バグ」のような効率の正体だ。
だが、その時。
『警告。動体検知。……右前方、40メートル地点。対象:ブルースライム。危険度:低。ただし、対象は酸性の粘液を放出し、衣服や装備を腐食させる性質があります』
視界の端で、赤いアラートが点滅した。草むらがガサリと揺れ、中からバレーボールほどの大きさの、透き通った青い塊が姿を現した。
(……スライムか。RPGの定番だな)
俺は、かつてのゲーム知識を思い出す。たかがスライム、されどスライム。物理攻撃が効きにくく、初心者が装備をボロボロにされる嫌な敵だ。
俺は腰のナイフに手をかけようとして、思いとどまった。
「……相棒。戦わずに追い払う方法はないか? ナイフを汚したくないし、何より戦うのは疲れる」
『検索中……。スライム型生物の感覚器官は、微細な「振動」に敏感です。本デバイスのスピーカーより、特定周波数の超音波を出力することで、対象を不快にさせ、このエリアから排除することが可能です』
「それだ。やってくれ」
『了解。……超音波(対スライム用ノイズ)出力開始』
俺の耳には聞こえないが、左腕のデバイスが、微かな空波を放ち始めた。すると、さっきまでこちらを狙っていたはずのブルースライムが、一瞬だけピタリと動きを止め、それから波打つように震え始めた。
次の瞬間、スライムは逃げるように、凄まじい速度で茂みの奥へと転がっていった。
「……はは、便利だな。害虫駆除みたいだ」
俺は立ち上がり、軽くズボンの埃を払った。剣も振らず、魔法も使わず。ただ、システムの計算に従って行動するだけで、異世界の脅威は退けられる。
「……さて。目標の2倍は集めた。……これ以上やると、また腰が痛くなるしな。帰って、報告しよう」
ギルドに戻ると、まだ昼食の時間前だった。午前中に依頼を受けた冒険者たちが、まだフィールドで泥にまみれている時間だ。
俺が受付カウンターに立ち、ミーナさんに銀月草の袋を置くと、彼女は目を丸くして固まった。
「……え、ええと。サトウさん。……これ、どうしたんですか?」
「どうした、とは?」
「いえ、その……これ、全部本物の銀月草ですよね? しかも、どれも葉が傷んでいなくて、最も成分が濃い時期のものばかり……。……まさか、もう採取してきたんですか?」
「ああ。運よく群生地を見つけたんだ。……あと、これだけあるんだが、追加報酬は出るか?」
俺が袋の中身を広げると、周囲で昼食を食べていた冒険者たちが、一斉にこちらを振り返った。
「おい、マジかよ……。あの数、銀月草か?」
「嘘だろ。昼間に行って、あんなに採れるわけねえだろ。……さては、どっかの薬屋から盗んできたか?」
また、疑いの声が聞こえてくる。ミーナさんは、一つ一つの草を丁寧に『鑑定魔法』で確認していたが、やがて顔を上げ、信じられないというように俺を見た。
「……驚きました。不純物なし。鮮度も最高。……これなら、通常価格の2割増しで買い取らせていただきます。……サトウさん、あなた、本当にランクGの新米なんですか?」
「ああ。……ただの、運が良いおじさんですよ」
俺は、手渡された大銅貨12枚と、銀貨3枚を革袋に入れた。初日の稼ぎとしては、十分すぎる。
「……あの。サトウさん」
立ち去ろうとする俺を、ミーナさんが呼び止めた。
「……もしよろしければ、明日も採取依頼を受けていただけませんか? これだけ品質の良い薬草を納品できる方は、今のギルドには少ないんです。……あなたなら、もっと難しい『希少種』も探せるのでは……」
彼女の目は、ただの事務員が新人を励ますそれではなく、未知の「逸材」を見つけた時の熱を持っていた。
だが、俺は肩をすくめて、愛想笑いを返した。
「考えさせてください。……今日はもう、これ以上歩くと明日、起き上がれなくなりますから」
俺は、ギルドを後にした。
街の通りは、さらに活気を増していた。俺は、初給料で少しだけ良い酒と、晩飯のための干し肉を買い、宿へと戻った。部屋に入り、ベッドに寝転ぶ。
「……相棒。今日の仕事、利益率はどうだった?」
『計算中……。移動コスト、装備の摩耗、体力の消費を換算すると……。時給換算で、レアルトの一般的な労働者の約4.5倍の利益を達成しました。効率化の成果は、極めて良好と言えます』
「そうか。……なら、いい」
俺は、ホログラムの画面を消し、目を閉じた。派手な戦いも、手に汗握る冒険もない。ただ、システムをハックし、効率的に成果を出す。それが、五十歳のおじさんが辿り着いた、異世界での「正しい戦い方」だった。
明日も、きっと腰は痛いだろう。けれど、この「誰にも邪魔されない、自分のための仕事」は、悪くない。
俺は、心地よい疲労感の中で、深く、深い眠りに落ちていった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
圧倒的な効率で仕事を終え、さっさと帰って寝る。
まさに「定時退社」を愛するおじさんの本領発揮回でした。
しかし、その異常な成果が、受付嬢のミーナや周囲の冒険者たちに「異質な存在」として認識され始めてしまいます。
次回、第7話「おじさん、パーティーに勧誘される。――ガイド役に指名ですか?」。
その効率の良さを聞きつけた中堅パーティーが、佐藤を「案内役」として強引にスカウトしに来ますが……。
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