第5話:冒険者ギルドへの門出。――50歳、未経験ですが大丈夫ですか?
エダの村を出てから、二日が経過した。
ギュンターが手配してくれた行商人の馬車に揺られ、俺はようやく目的地である中核都市『レアルト』の城門をくぐった。
「……デカいな。これ、オープンワールドのゲームならロードが挟まるレベルだぞ」
俺は思わず、首が痛くなるほど空を見上げた。
視界に広がるのは、高さ十メートルはあろうかという強固な石造りの外壁。そして、その向こう側にそびえ立つ、いくつもの尖塔と時計塔。
かつてファミコンやプレステで遊んだ、あのドット絵やポリゴンの街が、圧倒的な質量と「匂い」を持って目の前に存在していた。
だが、感動よりも先に込み上げてきたのは、やはり現実的な閉口だった。
(……臭い。馬の糞と、何かが焦げた匂い、それに大勢の人間が放つ生活臭……。空気清浄機が恋しいな)
俺は左腕のデバイス『Link』の出力を最小限に抑えつつ、AR表示された『都市環境ログ』を確認した。
『周囲の騒音レベル:72デシベル。大気中の粉塵:やや多め。
佐藤のバイタル……緊張による血圧上昇を確認。深呼吸を推奨します』
「……わかってるよ。だが、この年齢で『初めての街』は、ワクワクより不安の方が勝つんだよ」
俺は人混みをかき分け、石畳の目抜き通りを歩き始めた。
通りには、所狭しと露店が並び、威勢のいい声が飛び交っている。
「おい、そこの旦那! 新鮮な『火トカゲ』の串焼きはどうだ! 精がつくぜ!」
「奥さん、この布は東方の絹だ! 魔法耐性もバッチリだよ!」
色彩豊かな果物、鈍く光る武器、怪しげな薬草。
RPGの定番アイテムが並んでいるのを見て、俺の脳裏には数十年前の記憶が蘇る。
(……火トカゲの串焼き、か。回復アイテムの定番だな。確か一個5ゴールドくらいだったか。……いや、今はその『1ゴールド』がどれくらいの価値かも正確にはわからんのだがな)
俺は、村長から餞別として渡された革袋を、上着のポケットの上からそっと叩いた。
中には、エダの村でかき集めてくれた、この国の通貨である『銅貨』と数枚の『銀貨』が入っている。
とりあえず一週間は食いつなげるだろうが、それまでに安定した「身分」と「収入」を確保しなければならない。
「相棒。ギルドの位置は?」
『広域無線スキャンの結果、北北西500メートル地点に、不自然に多くの武装した人間が密集している建物を検知。
建物の紋章データを照合……冒険者ギルド「レアルト支部」で間違いありません。ルートを表示します』
「よし。……行くか、ハローワークに」
俺は自分にそう言い聞かせ、重い腰――ではなく、重い足取りで歩き出した。
目的地である冒険者ギルドは、街の中央広場に面した、一際頑丈そうな三階建ての石造建築だった。
入り口の扉は、大男が二人並んで入れるほど巨大で、その上には「剣と盾」を象った紋章が掲げられている。
扉を開けた瞬間、熱気と、酒と、そして「暴力」の匂いが、津波のように俺を襲った。
「ガハハハ! 昨日のオーク、見たかよ! あいつ、首を飛ばしても動いてやがった!」
「おいおい、酒が足りねえぞ! こっちは依頼達成のお祝いなんだ!」
昼間だというのに、併設された酒場では屈強な男たちがジョッキを煽り、大声で笑い飛ばしている。
壁一面には、大量の羊皮紙が貼られた「依頼掲示板」があり、その前で厳しい顔をした連中が品定めをしていた。
一言で言えば、修羅の国だ。
少なくとも、デスクワークで背中を丸めてきた五十歳の中年が、ふらりと立ち寄っていい雰囲気ではない。
(……うわぁ。これ、昔のRPGなら『看板娘』がいて和やかな雰囲気だったけど、現実はただのガラの悪い酒場じゃないか。……帰りたい。今すぐ村に帰って滑車でも作っていたい……)
だが、ここで逃げ出すわけにもいかない。
俺は深呼吸を一つして、酒場とは反対側にある、整然とした受付カウンターへと向かった。
カウンターの内側には、三人の受付嬢が座っていた。
そのうちの一人、眼鏡をかけた知的な印象の女性が、俺の奇妙な格好を見て一瞬だけ眉を寄せた。
「……いらっしゃいませ。こちらは冒険者ギルドですが、御用は何でしょうか。もし炊き出しの相談であれば、裏手の教会のほうが……」
どうやら、浮浪者か何かに間違われたらしい。
俺は苦笑しつつ、努めて落ち着いた声を出した。
もちろん、デバイスの翻訳機能は「礼儀正しい年長者」のトーンに設定済みだ。
「いえ、冒険者の登録をお願いしたいと思いまして。……この年齢からでも、可能でしょうか?」
俺の言葉がデバイスから響くと、周囲の騒がしさが、一瞬だけ止まった。
近くのテーブルで酒を飲んでいた、いかにも「駆け出し」といった風貌の若者たちが、こちらを見てニヤニヤと笑い始める。
「おいおい、じいさん。冒険者になりたいだってよ」
「腰を抜かして死ぬのがオチだぜ。ここは孫と遊ぶ公園じゃないんだ」
下卑た笑い声が聞こえてくるが、俺は無視した。
この手の挑発は、かつて取引先の無礼な若手担当者に散々言われてきた。それに比べれば、中身のないヤジなど、システムログのノイズ程度の価値しかない。
受付の女性――名札には ミーナとある――は、居住まいを正し、事務的なトーンで答えた。
「……冒険者登録に年齢制限はありません。ですが、この仕事は命に関わります。剣技や魔力の適性がない場合、登録料が無駄になることが多いのですが……それでも、よろしいですか?」
「構いません。……適性検査、というのがあるんですか?」
「はい。まずは、こちらの『魔力感応石』に手を置いてください。これであなたの基礎ステータスを確認します」
彼女がカウンターの上に置いたのは、透明な水晶玉のような石だった。
RPGの定番、ステータス測定か。
俺は心の中で「どうか、隠しパラメータで魔法適性がSとかでありますように」と、柄にもない祈りを捧げながら、その石に右手を置いた。
数秒後。
石は、これっぽっちも光らなかった。
「……魔力値、測定不能。いえ、正確には『0』ですね」
ミーナが、同情を含んだような溜息をついた。
「魔力が0ということは、どんな下級の魔法も、生活魔法さえも使えません。また、身体強化の適性も極めて低いため、剣士としての成長も見込めないでしょう」
「……でしょうね」
知っていた。知っていたが、はっきりと突きつけられると、やはり五十歳の現実が身に染みる。
周囲からは、追い打ちをかけるような爆笑が沸き起こった。
「魔力ゼロ! おい、見たかよ! 一般人だって少しは魔力を持ってるもんだぜ!」
「まさに『空っぽの器』だな。そんなんで何ができるんだよ、おっさん!」
ヤジが激しくなる中、俺は左腕のデバイス『Link』をチラリと見た。
ホログラムの画面には、俺にしか見えない文字列が、静かに流れている。
『ステータス解析:魔力反応を検出できません。
理由:佐藤の生体エネルギーは、現地の「マナ」とは波長が異なります。
代替提案:本デバイスの演算リソースを、擬似的な「スキル」として定義することを推奨します』
「……相棒、頼もしいな」
俺は誰にも聞こえない声で呟き、ミーナに向き直った。
「魔法も剣もダメ。それは認めましょう。……ですが、読み書きと計算、それから『鑑定』に近いことができます。これでも、冒険者にはなれませんか?」
「鑑定、ですか?」
ミーナの目が、少しだけ鋭くなった。
鑑定。それはこの世界において、極めて希少なスキルだ。
「……証明できますか? 例えば、そこにある掲示板。あれには古い依頼から新しい依頼まで混ざっていますが、その中で最も『報酬効率が悪い』ものを指定してください」
なるほど、単なる文字の読み書き以上の能力を試そうというわけか。
俺は掲示板の方へ向き直った。
「相棒、スキャンを開始。掲示板の全依頼をデータ化しろ。報酬、移動距離、危険度、達成条件を抽出し、時間単価(時給)でソートだ」
『了解。OCRスキャン実行中……。
全48件の依頼を解析。……完了しました。
ワースト1位:左隅にある「地下水道の泥さらい」。
理由:報酬は銀貨3枚ですが、作業完了に最低12時間を要し、かつ感染症のリスクに対する防具の消耗を計算に入れると、実質的な利益はマイナスになります』
わずか数秒。俺の脳内には、完璧な分析結果が叩き出されていた。
俺は振り返り、迷わず左隅の羊皮紙を指差した。
「あそこの『泥さらい』だ。拘束時間が長すぎる割に、道具の摩耗費を考慮していない。初心者が手を出せば、飯代すら出ないだろうな」
ミーナは、目を丸くして掲示板と俺を交互に見た。
「……驚きました。あの依頼が『罠』だというのは、ベテランの間では有名ですが……一目見ただけでそこまで読み取るとは」
彼女は手元の書類に、何かを書き込み始めた。
「……わかりました。戦闘能力は期待できませんが、その『事務・分析能力』は特筆に値します。ギルドとしては、あなたを『ランクG』として登録することを認めます」
「ランクG……。一番下、ですよね?」
「はい。ですが、昇格は実績次第です。……お名前を」
「サトウ。……サトウ・ケンジだ」
こうして、俺は一枚の鉄板――冒険者プレートを手に入れた。
ギルドを出る際、相変わらずヤジを飛ばしていた若者たちがいたが、俺はわざと彼らの前で足を止めた。
デバイスを操作し、彼らのバイタルをこっそりスキャンする。
『スキャン完了。対象1:昨夜の過剰飲酒により肝機能が低下。対象2:右足の古傷が炎症気味です。
アドバイス:彼らにとって現在の「ゴブリン討伐」の成功率は60%まで低下しています』
「……君たち。あまり飲みすぎない方がいいぞ。右足も、今日は休ませた方がいい」
俺がそう言って立ち去ると、彼らは気味悪そうに言葉を失っていた。
街の通りに戻ると、すでに陽は傾き始めていた。
手にしたばかりの、冷たくて重い鉄のプレート。
「……さて。ランクGの、五十歳の新米冒険者か」
俺は、情けないほど重い溜息をついた。
これから何をすべきか。
魔力ゼロ、体力なしの俺が、この修羅の街で生き残るための「ハック」は、まだ始まったばかりだった。
「……とりあえず、腰を落ち着けられる宿を探そう。相棒、Wi-Fi……じゃなかった、安い宿の口コミサイトみたいなのはないか?」
『検索中……。近隣の宿泊施設の外観および宿泊客の表情から「顧客満足度」を推定します。
北東100メートルに、コストパフォーマンスに優れた宿「三つの月亭」を検知しました』
「よし……。今日は、柔らかいベッドで眠らせてくれよ。……それだけが今の俺の、最大にして唯一の『クエスト』だ」
俺は、重い足取りで人混みの中へと消えていった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ついに冒険者(ランクG)となった佐藤さん。
若手冒険者からの洗礼を受けつつも、デバイスの力を借りて淡々と「デバッグ」するように周囲を観察する姿は、まさに現代の社畜が生み出した強さ……かもしれません。
次回、第6話「効率化された薬草採取。――その山、全部マッピング済みです」。
初仕事として受けた地味な採取依頼。
しかし、おじさんの持つ「3Dマッピング」と「成分解析」が、ギルドの常識を再び破壊します。
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おじさんの「HP(やる気)」が少しだけ回復します。
よろしくお願いいたします。




