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魔法もスキルもない50歳、腕型PC一台で異世界をハックする。~疲れやすいおじさんは効率重視で成り上がる~  作者: ぱすた屋さん
【第1章】生存戦略と『効率化』の第一歩

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第4話:不条理へのデバッグと、おじさんの休息



 翌朝、俺の意識を浮上させたのはどこか遠くで鳴く鶏の声と、全身を駆け巡る凄まじい激痛だった。

 

「……っ、ぐ、あああ……っ!」

 

 声を上げようとしたが、喉が引きつって掠れた音しか出ない。

 昨日の無理が祟ったのだ。慣れない森歩きに、荷車の振動、そして中腰でのスキャン作業。五十歳の肉体は、たった一日の過労を数倍の「負債」として請求してきたらしい。

 

 俺は亀のような速度で、ゆっくりと横を向いた。

 左腕のデバイス『Link』の画面を、薄目を開けて確認する。

 

『おはようございます、佐藤。バイタルチェック完了。

 全身に強度の遅発性筋肉痛(DOMS)を検知。また、腰椎周辺の筋肉に炎症反応があります。

 アドバイス:本日は安静を推奨します。無理に動くとギックリ腰に移行するリスクが80%を超えています』

 

「……言われなくても、動けるかよ……」

 

 俺は再び枕(と言っても、中身は固い藁だ)に顔を埋めた。

 正直、このまま一週間くらい眠っていたい。会社にいた頃、有給休暇を取って一日中寝ていたあの至福の時間を思い出す。だが、ここは異世界だ。有給もなければ、傷病手当もない。

 

 しばらく天井の梁を眺めていると、部屋の扉が遠慮がちにノックされた。

 

「賢者様……起きておいででしょうか。ギュンターです」

 

 ギュンターの声だ。俺はデバイスの翻訳機能を「省エネモード」で起動させ、スピーカーから現地の言葉を絞り出した。

 

「ああ……起きている。だが、動けん。すまないが、そのまま入ってくれ」

 

 扉が開き、ギュンターが申し訳なさそうな、それでいて期待に満ちた顔で入ってきた。その手には、湯気の立つ木皿が乗っている。

 

「昨晩のお礼に、妻が温かい豆粥を作りました。それと……村長が、広場で代官様が到着されたと……」

 

「……来たか、例の徴税官が」

 

 俺は豆粥の匂いに胃を刺激されながら、なんとか上体を起こした。

 背骨がミシミシと鳴り、脂汗が流れる。だが、ここで村人たちを見捨てれば俺の「恩売り」も台無しになる。効率的に生き残るためには、最初の味方は確実に掴んでおかねばならない。

 

「わかった。……肩を貸してくれ。這ってでも行くよ」

 




 

 広場には、すでに嫌な緊張感が漂っていた。

 

 村の中央、昨日俺が計算をやり直した麦の袋が積まれている前で、三人の男が馬に乗ったまま村人たちを見下ろしていた。

 中央にいるのは派手な刺繍が入った革の服を着た、肥満気味の男だ。彼がこの地域の徴税を請け負っている代官――バルカスというらしい。

 

「……ふん。相変わらず貧乏臭い村だな。村長、例の麦は揃っているんだろうな? もし一袋でも足りなければ、不足分は来年までの『利子』をつけてもらうぞ」

 

 バルカスが鼻を鳴らし、手に持った分厚い帳簿を広げる。

 村長は震える手で、昨日俺が数字を書き足した羊皮紙を差し出した。

 

「は、はい、バルカス様……。こちらが今年の納品目録でございます。規定の量はすべて、あちらの袋に……」

 

 バルカスは馬から降りると、面倒そうに羊皮紙を受け取った。

 だが、その目が俺の書いた「現代的な整った数字」に止まった瞬間、眉が不自然に跳ね上がった。

 

「……なんだ、この文字は。それに、この計算……。村長、貴様。私を騙そうとしているのか? 昨年の記録と照らし合わせても、こんなに量があるはずがない。どこぞの森から盗んできたか、それとも重増しでもしたか?」

 

「そ、そんな滅相もない! それは、あちらにいらっしゃる賢者様が……」

 

 村長が俺を指差す。

 ギュンターに肩を貸してもらい、なんとか壁に寄りかかって立っている俺を、バルカスは値踏みするように睨みつけた。

 

「賢者だと? ふん、ただの小汚い浮浪者ではないか。おい、お前。この帳簿を改竄したのはお前か?」

 

 俺は、心の底からため息をついた。

 こういう輩は、どこの世界にもいる。自分の有利になるようにルールを曲げ、知識のない者を力でねじ伏せようとするタイプだ。俺がかつて何度も、クライアントや無能な上司相手に戦ってきた「バグ」そのものだった。

 

「……改竄かいざんじゃない。不備を修正しただけだ。あんたの持っているその帳簿、去年の引き継ぎミスで、3ページ目の合計値が間違ってるぞ」

 

 俺の声が、デバイスを通じて広場に響く。

 バルカスは一瞬絶句し、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

 

「貴様、何を根拠に! これは領主様から預かった正式な帳簿だぞ!」

 

「根拠、か。……いいだろう。相棒、投影モード。対象の帳簿をスキャンし、昨晩作成したログと照合、矛盾点をハイライトしろ」

 

『了解。プロジェクションを開始します』

 

 俺が左腕を上げると、デバイスから強力な青い光が放たれた。

 広場の中央、地面の上に巨大なホログラムのグラフと、バルカスの帳簿を拡大コピーしたような画像が浮かび上がる。

 

「な、なんだ、この光は!? 魔法か!? 幻術か!?」

 

 バルカスと付き添いの兵士たちが、腰を抜かして後ずさる。村人たちも、驚きのあまり声も出ないようだ。

 

「魔法じゃない、ただの『真実』だ。見ろ、赤く光っている部分。ここ、あんたが去年『端数』として切り捨てて自分の懐に入れた分だろう? だが、そのせいで今年の繰り越し計算が合わなくなっている。……証拠は全部、この精霊が記録しているんだ」

 

 もちろんハッタリだ。

 デバイスは去年の徴税現場を見ていたわけではない。だが、今年の不自然な徴収目標と、帳簿の筆跡の乱れ、そして計算の不整合をディープラーニングで解析すれば、バルカスが「中抜き」をしている可能性は99%だと算出されていた。

 

「くっ、貴様……デタラメを……!」

 

「デタラメかどうか、領主様に報告してもいいんだぞ? この『光の記録』をそのまま持っていってな。精霊の託宣たくせんを疑う領主様が、果たしてあんたの言葉を信じるかな」

 

 バルカスはわなわなと震え、俺と、空中に浮かぶ不気味なほど正確なグラフを交互に見た。

 おじさんの処世術その1――「相手が触れられたくない弱点バグを、公の場で、あたかも確定した事実のように突きつける」。

 

 やがて、バルカスは毒気を抜かれたように肩を落とした。

 

「……わ、わかった。今日のところは、この目録通りに受け取ろう。……ただし、賢者とやら。余計な真似はするな。次に会う時は、タダでは済まさんぞ」

 

「ああ、そうしてくれ。二度と会わないのが一番いいんだがな」

 

 捨て台詞を吐いて、代官たちは逃げるように村を去っていった。

 




 

 代官の姿が見えなくなると同時に、広場は割れんばかりの歓声に包まれた。

 村長が俺の手を握りしめ、村人たちが俺の周りに集まってくる。

 

「賢者様! 本当に、本当にありがとうございました!」

「あんな代官様を追い返すなんて、やっぱり本物の魔法使い様だったんだ!」

 

 ……やめてくれ。

 俺は今、筋肉痛でその手を握り返す体力さえないんだ。

 

「……わかった、わかったから……。もういい。俺は寝る。ギュンター、悪いがもう一度肩を……」

 

 

 それから数日間、俺は「静養」という名目で、エダの村に滞在することになった。

 

 幸い、村人たちは俺を「怒らせると恐ろしい知識を持つ賢者」として扱うようになり、無理に働かせるようなことはなかった。代わりに、毎日代わる代わる、豪華ではないが心のこもった食事が運ばれてきた。

 

 三日目。ようやく自力で歩けるようになった俺は、村の散策に出た。

 

「賢者様、お体の具合はいかがですか?」

 

 洗濯をしていた女性たちが、にこやかに声をかけてくる。

 俺は軽く手を挙げ、村の外れにある「古びた井戸」の前で足を止めた。

 

 村人たちが重い桶を何度も引き上げている。効率が悪い。

 

「……相棒。この井戸の構造、もっと楽に水を汲めるようにできないか。今の俺の『Link』に入っている資料に、滑車かっしゃの図面とかあっただろ」

 

『検索中……歴史アーカイブより「定滑車および動滑車を用いた揚水システム」を抽出しました。

 周辺にある木材と縄で構築可能な簡易設計図をホログラムで出力しますか?』

 

「ああ、頼む。……それと、村の鍛冶屋に持っていく用の『設計図』を、ARで俺の視界に重ねろ。なぞって書くだけなら、今の俺の握力でもなんとかなる」

 

 俺は拾った木の枝を使い、地面に線を引いた。

 村人たちが不思議そうに集まってくる中、俺は淡々と説明を始めた。

 

「この村の井戸は深すぎる。力の弱い女子供がやるには酷だ。……いいか、ここにこうして、二つの円盤を組み合わせるんだ。そうすれば、重さは半分になる。理屈は精霊に聞いた」

 

「お、重さが半分に!? そんな馬鹿な……」

 

「試してみればわかるさ」

 



 

 五日目には、村の井戸に真新しい木製の滑車が取り付けられた。

 実際に水を汲み上げた子供が「軽い!」と声を上げた瞬間、俺への評価は「賢者」から「生ける神」に近いものになりつつあった。

 

 だが、俺の心境は複雑だった。

 

(……まずいな。居心地が良すぎる)

 

 毎日、感謝され、美味い(と言っても素材の味だけだが)飯を食べ、静かに眠る。

 会社員時代には考えられなかった、ストレスフリーな生活。

 だが、この村には俺のデバイスを維持するためのメンテナンス環境もなければ、新しい情報もない。何より、俺のような「外来種」が居座り続けることは、長期的には村にとってもリスクになるだろう。

 

 夜。俺はギュンターの家の裏庭で、夜空を見上げた。

 

「……相棒。そろそろ、頃合いかな」

 

『提案:佐藤の体力は85%まで回復しています。

 次なる目的地として、王都、あるいは大規模なギルドを併設した中核都市「レアルト」への移動を推奨します。そこならば、より高度な情報リソースが存在する可能性があります』

 

「……レアルトか。冒険者登録、だったな。……行きたくないなぁ。絶対、面倒なことに巻き込まれるだろ」

 

『否定できません。ですが、佐藤の生存戦略における「社会的地位の確保」は必須項目です』

 

「わかってるよ……」

 

 俺は左腕を眺めた。

 この数日間で、俺はこの異世界の「理不尽」を少しだけ知った。

 文字が読めない。計算ができない。重い物を運ぶのに、ただ力を使う。

 そんな不条理を、この小さな機械が一つずつ「デバッグ」していく。

 

 それは、会社で仕様書と睨めっこしていた頃より、ずっと手応えのある作業だった。

 

「……明日。明日、村を出よう。筋肉痛も治まったことだしな」

 

 俺は、明日からの「本当の冒険」に備え、深く息を吐いた。

 村人たちへの別れの挨拶をどうするか。それを考えるだけで、また胃が少し痛み始めた。

 

 くたびれたおじさんの、短くも穏やかな「村人生活」が、静かに終わりを告げようとしていた。


 最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 色々あって街には行けていません(笑)


 ついに「滑車」というテクノロジー(?)まで持ち込んでしまった佐藤さん。

 村人たちにとっては魔法そのものですが、彼にとってはただの「効率化」に過ぎません。

 

 次回、第5話「冒険者ギルドへの門出。――50歳、未経験ですが大丈夫ですか?」。

 いよいよ舞台は大都市へ。

 そこで佐藤を待ち受けるのは、現代の就職活動より厳しい(?)冒険者登録の現実でした。

 

 続きが気になりましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援いただけると、おじさんのやる気が1%アップします!

 よろしくお願いいたします。


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