幕間:論理的育成(ロジック・コーチング) ~おじさんの教育方針~②
三日間の徹底した「フォーム矯正」を終え、俺たちはレアルト近郊の『霧枯れの森』にいた。
ここは低ランク冒険者の登竜門だが、時折、迷宮から溢れ出した強力な魔物が迷い込む「バグの多い」エリアでもある。
今日の任務は、この森に居座った『フォレスト・オーク』三体の討伐。セリアとクラウスにとっては、初めての「実戦形式での試験」だ。
「……サトウさん。心臓の音が、耳元まで聞こえてきそうです……」
セリアが杖を握りしめ、青白い顔で呟く。
「……セリア。心拍数115。……想定の範囲内だ。……俺が昨日教えた『呼吸のパッチ』を思い出せ。……深く吸って、三秒止めて、肺の空気をすべて吐き出す。……酸素濃度を安定させれば、魔力の出力エラーは起きない」
「……は、はい。……吸って……吐いて……」
俺はデバイスのバイタルモニターを確認しながら、隣のクラウスに目をやった。
あんなに不遜だった少年は今、自分の剣を凝視し、かつてないほど静かに佇んでいる。
「……クラウス。……焦るなよ。……君の仕事は、敵を倒すことじゃない。……俺が指定した『座標』に、君という剣を配置し続けることだ。……それだけで、勝てるように計算してある」
「……わかってるよ、おっさん。……俺は、ただの『パーツ』に徹すればいいんだろ」
その声には、投げやりな響きはなかった。……プロの道具としての、静かな覚悟があった。
――ガサッ!!
森の奥から、腐った肉の臭いと共に、巨大な影が三つ現れた。
身長二メートルを超える、筋骨隆々のオーク。一振りの棍棒で人間の頭を砕く、暴力の化身。
「――迎撃開始だ。……相棒。二人の視界に『ARガイドライン』を投影しろ」
『了解。……最適解パス、描画完了。
……佐藤。……これより先、一ミリの誤差も許されません。……演算を開始します』
「……クラウス、右から来る一体に正対しろ。……三歩前、そこで静止。……セリア、クラウスの右肩越しに射線を確保。……第一階層火炎術式、出力40%で待機」
俺の声が、デバイスを通じて二人の脳内に直接響く。
オークが咆哮し、突進してくる。その圧力に、セリアの足がわずかに震えた。
「――セリア! ……左足の重心を3%前へ! ……地面の反力を感じろ! ……今だ、放てッ!!」
俺の号令と同時に、セリアの杖から紅蓮の炎が放たれた。
それは、これまでの彼女のような「不安定な爆発」ではなかった。
まるで精密なレーザーのように、最短距離を、最高効率で貫く火条。
ドォォォォォォンッ!!
先頭のオークの胸部を、炎が正確に射抜く。
急所を焼かれた巨体は、一歩も進むことなく、その場に倒れ伏した。
「……え……? ……当たった……? ……私の魔法が、あんなに真っ直ぐ……」
「感心するのは後だ! ……クラウス、残り二体! ……斜め左、45度! ……二歩踏み込んで、水平に振れ! ……力むな、遠心力だけでいい!」
クラウスが地を蹴った。
かつての彼は、速さを見せつけようと無駄な大振りを繰り返していた。だが、今の彼の動きは、まるでおじさんの書いたプログラムのように、美しく、冷徹だった。
オークの棍棒が振り下ろされる。
クラウスはそれを、わずか数センチの首の傾げだけで回避し、その勢いを殺さずに剣を横一文字に滑らせた。
シュパッ、という軽い音。
二体目のオークの首が、重力に従って地面へと落ちる。
「――三体目、セリア! ……クラウスの影に隠れている奴を狙え! ……座標(X:12, Y:45, Z:02)! ……残りの魔力、全部叩き込め!!」
「――はいっ!!」
セリアの瞳に、かつてない自信の光が宿る。
彼女はもう、失敗を恐れていなかった。おじさんの示す「数字」の通りに動けば、世界は正しく変わるのだと、魂が理解していた。
最大出力の火球が、オークの脳天を直撃し、森に激しい爆鳴が轟いた。
数分後。
静寂が戻った森の中で、俺たちはオークの死骸を前に立っていた。
セリアは自分の手を見つめ、クラウスは荒い息をつきながら、自分の剣を鞘に収めた。
「……すごいや。……一回も、危ないって思わなかった。……おっさんの指示通りに動くだけで、あんなデカい奴らが、ただの『動かない人形』みたいに見えたぜ」
クラウスが、初めて晴れやかな笑みを見せた。
セリアも、涙を浮かべながら俺に駆け寄ってきた。
「……サトウさん、ありがとうございます! ……私、初めて……魔法が自分の手足になったみたいに感じられました!」
「……感謝なら、君たち自身に言いな。……俺はただ、君たちの持っている『ポテンシャル』を最適化しただけだ。……君たちが努力した三日間が、正しく『出力』された結果だよ」
俺は二人の頭を、不器用ながらも優しく撫でた。
会社員時代、俺は部下たちの成長を、これほど素直に喜べただろうか。
失敗を責め、進捗に怯え、彼らを「使い捨ての駒」のように見ていた自分を、少しだけ恥じる。
(……ああ、いかんな。……俺も、すっかり『親父』の顔になってるな)
遠い空の向こうにいる、俺の娘と息子。
彼らが、壁にぶつかり、自分の価値を見失いそうになった時。
俺は、こんなふうに「道はあるんだ」と、論理的に示してやれただろうか。
夕暮れのレアルトへ戻る道中。
二人の若者は、これからの夢や、新しく覚えたいスキルの話で盛り上がっていた。
「……サトウ殿。……素晴らしい。……ギルドの教官連中が、貴様に教えを乞いたいと言ってきているぞ」
出迎えたゾルダンが、満足げに笑った。
「……お断りですよ。……俺はもう、有給をこれ以上消化されたくない。……明日から、一週間は宿のバルコニーから一歩も出ません」
「ははは! ……まあいい。……貴様が残した『育成マニュアル』は、大事に使わせてもらおう。……サトウ、貴様は最高のエンジニアだが……案外、最高の『父親』でもあるようだな」
ゾルダンの言葉に、俺は少しだけ照れ臭くなり、足早に宿へと向かった。
宿のバルコニー。
ようやく手に入れた「一人だけの時間」。
俺は冷えたエールを一口飲み、二つの月を見上げた。
『佐藤。……一つ、予定外のデータがあります。
……セリアとクラウス。……二人のデバイスへのアクセスログを確認。
……彼らは、あなたから受け取った「最適化された動き」の映像を、何度も見返しています。
……彼らにとって、あの映像は「理想の自分」という名の、何物にも代えがたい宝物になったようです』
「……そうか。……なら、レンダリングした甲斐があったな」
おじさんの脳内には、若者たちの輝く未来のログが、幸せなノイズとして響いていた。
そして。
「……さて。……休暇が終わったら、次は『女神像』の監査だったか」
俺は、デバイスの画面に表示された次なる案件―資料を、ぼんやりと眺めた。
美少女の意匠。失われた色彩。古代の魔導回路。
くたびれたおじさんの「効率化」は、次世代の若者を導き、いよいよこの世界の「美と神秘」の深淵へと、その指を伸ばそうとしていた。
幕間(後編)を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
才能のなさを嘆いていた少女と、力に溺れていた少年。
佐藤さんの「論理」という名の魔法は、彼らの未来を明るく書き換えてしまいました。
これにて幕間は完結!
いよいよ次回より、本編第3章が始動します。
【第3章:監査役の意匠再構築 ~失われた色彩と女神のバグ~】
王都から届いた「女神像の劣化」という謎の不具合。
おじさんが手がける「美麗な意匠の復元」とは一体……。
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