幕間:論理的育成(ロジック・コーチング) ~おじさんの教育方針~①
本当なら、俺は今ごろ、宿のバルコニーで誰にも邪魔されず、昨日買ったばかりの少し高い茶菓子を口にしているはずだった。
だが、俺の目の前には、不機嫌そうな顔をした二人の若者が立っている。
一人は、おどおどした様子で自分の杖を弄んでいる、18歳くらいの少女、セリア。
もう一人は、生意気そうな目つきで俺を睨みつけている、15歳くらいの少年、クラウスだ。
「……サトウ。こいつらは、これからのレアルトを背負って立つはずの若手なんだがな」
ギルドマスターのゾルダンが、困ったように髭をなでながら俺に言った。
「……セリアは才能はあるが、本番になると術式が乱れる。クラウスは腕はいいが、連携を無視して自分勝手に動き、あげくの果てには戦利品を誤魔化そうとする。……正直、俺の手にも負えん。貴様のその『論理』とやらで、このバグ持ちどもを叩き直してやってくれんか」
俺は、心の底から深いため息をついた。
バグ持ち。……そう呼びたくなる気持ちはわかる。
だが、俺には彼らの姿が、どこか懐かしく、そして放っておけないものに思えてしまった。
(……18歳と15歳か。……うちの娘と息子も、ちょうどこれくらいだったな)
遠い世界に残してきた家族の面影。
親の言うことを聞かず、自分の殻に閉じこもり、あるいは力任せに壁を突破しようとして傷つく。
それは「不具合」ではなく、ただの「未熟なアルゴリズム」に過ぎないことを、俺は経験として知っていた。
「……ゾルダンさん。俺は教育者じゃありません。……ただの監査役ですよ」
「わかっている。……だが、貴様なら『効率的』な答えを出せるはずだ。……頼む、一週間だけでいい。こいつらの面倒を見てやってくれ」
押し切られる形で、俺の「有給休暇」は若手二人の「メンター(指導役)」という激務に書き換えられた。
翌朝。俺は二人を連れて、ギルドの訓練場の片隅にいた。
「……あ、あの、サトウさん。……私、何をすれば……。……やっぱり、魔導書を読み直した方がいいんでしょうか」
セリアが震える声で尋ねる。彼女は真面目すぎるのだ。自分を追い込み、理論で自分を縛り付けている。
一方のクラウスは、地面に座り込んで欠伸をしていた。
「……けっ。おっさんに何が教えられるんだよ。……どうせ『根性出せ』とか『規律を守れ』とか言うんだろ? ……そんなの聞き飽きたんだよ」
俺は何も答えず、左腕のデバイス『Link』を起動した。
「……二人とも。……まずは、あそこにある訓練用のカカシを攻撃してみてくれ。……セリアは魔法を、クラウスは剣を。……いつも通りでいい」
「……え? ……は、はい!」
「……ふん、一瞬で終わらせてやるよ」
セリアが杖を掲げ、たどたどしい詠唱で火球を放つ。だが、それはカカシの掠める程度で、不自然に霧散した。
クラウスは、鋭い踏み込みから剣を振るった。確かに速い。だが、その一撃は重心が崩れており、カカシを斬った後、彼は危うく転びそうになった。
「……終わりか?」
俺は冷淡に問いかけた。
「……す、すみません。……やっぱり、私には才能が……」
「……おっさん! 今の速さが見えなかったのかよ!? ……あんなカカシ、俺の敵じゃねえ!」
俺は、デバイスから空中へ、二人の動きを記録した「ログ」をホログラムで投影した。
「……いいか。……今から、君たちの『不具合』を可視化する」
ホログラムに映し出されたのは、二人の体の動きに「骨格データ(スケルトン)」が重畳された映像だった。
「……セリア。……見てろ。……君の魔法が乱れるのは、詠唱のせいじゃない。……杖を振る瞬間に、右足の重心が5センチ後ろに逃げている。……体が『失敗する恐怖』で無意識に防御姿勢を取っているんだ。……魔力の出力が、その筋肉の緊張でノイズに変わっている。……君に必要なのは復習じゃない、ただの『脱力』だ」
「……えっ? ……足の……重心?」
「……次にクラウス。……君の剣は速いが、無駄が多すぎる。……見てみろ、この赤いライン。……剣を振る際、肩が上がりすぎて、力が横に逃げている。……だから一撃の後に姿勢が戻せない。……君が戦利品を誤魔化すのも、実力不足を『数』で補おうとする焦りからだろ?……論理的に言えば、君は自分のポテンシャルを30%も使えていない」
クラウスが、言葉を失って画面を見つめる。
自分の動きが、これほどまでに無惨に、客観的な数値として解体されたことは一度もなかったのだろう。
「……根性も規律も、今の君たちには必要ない。……必要なのは、自分という『システム』の正しい仕様を知ることだ」
俺は、デバイスの設定を切り替えた。
「……さて。……ここまでは『現状分析』だ。……次は、君たちの『成功イメージ』をレンダリングする」
『了解。……Soro2・シミュレーション・モード、起動。
……対象:セリア、クラウス。……最適化後のモーション・データを生成中……。
……投影を開始します』
二人の目の前に、もう一つのホログラムが現れた。
そこに映っているのは、今の二人とは似て非なる姿だった。
無駄な動きを一切排除し、流れるような動作で魔法を放つセリア。
力みなく、最短の軌道で敵を両断し、完璧な残心を決めるクラウス。
「……これ……。……私……なの?」
セリアが、夢を見るような瞳でその映像を見つめる。
「……今の君たちの延長線上にある、数日後の姿だ。……俺が、この映像通りの動きができるように、君たちの『コード』を書き換えてやる」
俺は、おじさんらしい少し意地悪な笑みを浮かべた。
「……ただし、俺の指導は効率重視だ。……無駄な休憩も、無駄な練習もさせない。……その代わり、俺の言う一歩、一秒、一呼吸。……すべてを『仕様』通りに動いてもらう。……いいな?」
セリアは力強く頷き、クラウスは照れ隠しに鼻を擦りながらも、その目は、初めて希望という名の輝きを宿していた。
おじさんの「教育」という名のデバッグが、今、静かに動き始めた。
幕間(前編)を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
自分の不甲斐なさを数値で突きつけられつつも、同時に「最高の自分」を映像で見せられたセリアとクラウス。
おじさんの徹底した「仕様書」通りの指導が、彼らの眠れる才能を揺り起こしていきます。
後編では、いよいよ彼らの「実地研修」へ。
おじさんの指揮の元、バグが消えた若手二人が見せる驚愕のパフォーマンスとは……。
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