第8話:弾幕の中のシステム・エンジニア
「避ける」という行為には、二つの種類がある。
一つは、飛んでくるものを見てから反応する「反射」。そしてもう一つは、どこに飛んでくるかを事前に知ってそこにいないようにする「予測」だ。
だが、今俺たちの目の前で起きている現象は、そのどちらの範疇にも収まっていなかった。
「――なっ、なんだ、この数は!? 避ける場所なんてどこにもないぞ!」
アリステアが絶叫に近い声を上げた。
広場の中央、迷宮の管理者である光の巨人が、その巨大な腕を振り上げた瞬間、空間そのものが「発光する数式」で埋め尽くされた。
数千、いや数万という光の弾丸が、物理法則を無視した軌道を描きながら、俺たちを包囲するように降り注ぐ。
『警告。佐藤。……弾幕密度、毎秒2400発を突破。
……現地の魔法障壁の耐久値をシミュレート……0.8秒後に全壊します。
……対象の攻撃パターンは「全方位ランダム」に見えますが、その実体はサーバーの演算エラーに伴うデータの断片です』
「……ガベージデータ、ね。……要するに、ゴミを全力で投げつけられてるわけか」
俺は、激しい光の点滅に焼かれそうになる目を細めた。
エラリーが必死に展開している最高位の防御魔法『絶対障壁』が、ガラスが割れるような音を立てて削られていく。彼女の顔は蒼白になり、杖を握る手は激しく震えていた。
「……サトウさん! ……もう無理よ! ……こんな密度の魔法、防ぎきれるわけがないわ!」
「……防がなくていい。……全部、避けますよ」
「……避ける!? ……正気なの!? ……どこにそんな隙間が……!」
俺は、デバイス『Link』の全リソースを「通信(パケット出力)」へと回した。
「……相棒。……『マルチパス・プロジェクション』を起動。……俺の視覚補正データを、メンバー三人の視神経に直接リンク(オーバーレイ)させろ。……帯域幅を最大まで広げろ!」
『了解。……強制的同期を開始。
……アリステア、エラリー、カイルへの「UI共有」を承認。
……佐藤。……あなたの脳にかかる負荷が、安全基準値を大幅に超えます。……いいですね?』
「……構わん。……金貨20枚の仕事だ。……命の一削りくらい、安いもんだよ」
次の瞬間。
アリステアたちの視界が、一変した。
「……な、なんだ、これは……!? ……景色が、青く塗りつぶされていく……!?」
彼らの視界に映る絶望的な弾幕の嵐の中に、鮮やかな「青い光のライン」が血管のように浮かび上がった。
「……皆さん、聞こえますか! ……今、皆さんの目に映っている『青い線』。……それが、3秒後の安全地帯です! ……何も考えなくていい! ……ただ、その線の上を全力で走ってください!」
「……サトウ殿の声が、頭の中に直接……!? ……いや、それよりこのライン、まさか弾幕の隙間を……!」
「……信じて走れ!! ……止まればデリートされるぞ!」
俺の咆哮に、騎士団が弾かれたように動き出した。
本来、人間が認識できる情報の限界を超えた弾幕。
だが、俺のデバイスが算出した「弾道予測」を視覚化したガイドラインに従えば、それはただの「障害物競争」に変貌した。
アリステアが、紙一重の差で巨大な光弾の横をすり抜ける。
エラリーが、踊るようなステップで小弾の雨を回避する。
カイルは、自身の俊敏さを最大限に発揮し、青いラインの上を風のように駆け抜けた。
「……すごい……! ……当たる気がしない……! ……まるで、光の方が僕を避けているみたいだ!」
カイルが歓喜に近い声を上げる。
だが、その裏で、俺の脳は焼き切れるような熱を帯びていた。
数万発の弾丸の座標計算。三人の現在地。そのすべてを秒間120フレームで同期させ、彼らの脳に送信し続ける。
五十歳の衰えた脳細胞にとって、それは宇宙の誕生をシミュレートするような過重労働だった。
「……く、そっ。……鼻血が出てきたか……。……相棒、残りの距離は!」
『コアまで、あと150メートル。……管理者の攻撃フェーズが移行します。
……「バースト・モード」を検知。……全方位からの全弾一斉照射が来ます。
……回避不能な「論理の壁」が発生します』
「……なら、こっちも『裏技』で対抗するまでだ。……エラリーさん、そこから一歩も動かないで! ……魔法の出力を、攻撃じゃなく俺の『通信強化』に回してくれ!」
「……通信強化!? ……そんなこと、やったことが……!」
「……俺の腕に手を置いて、魔力を流し込むだけでいい! ……魔法名を唱える必要はない! ……純粋なエネルギー(電力)をよこせ!」
エラリーが、必死の形相で俺の左腕を掴んだ。
瞬間、激しい魔力の奔流がデバイスへと流れ込む。
『魔力供給を検知。……Link、オーバークロックを開始。
……予測演算精度を「神速」へと引き上げます。
……佐藤。……視界の全てを「解」に書き換えます』
俺の視界から、色が消えた。
世界は数式と座標だけで構成された「グリッド空間」となり、管理者の巨人は巨大な「ワイヤーフレーム」として露わになった。
「……見えたぞ。……アリステアさん! ……左から二番目の座標、そこがサーバーの『脆弱性(脆弱ポイント)』だ! ……俺の描くラインに沿って、その聖剣を突き立てろ!!」
俺が指差した先。
光の巨人の胸元に、一筋の「極細のゴールドライン」が、弾幕を貫くようにして現れた。
「――承知したッ!! ……サトウ殿!! ……俺に、道を示せええぇぇッ!!」
アリステアが咆哮し、弾丸の嵐の中を一直線に突き進んだ。
彼の瞳には、もはや恐怖はない。ただ、俺が示した「青と金」の光の道だけが、彼にとっての絶対の真実だった。
光弾が彼の髪を焼き、マントを切り裂く。だが、致命傷は一つもない。
彼が駆ける一歩一歩が、迷宮の論理を破壊し、書き換えていく。
そして。
「――砕けろ、システムエラーッ!!」
アリステアの大剣が、巨人の胸にある「コア」へと深々と突き刺さった。
瞬間。
耳を潰さんばかりのノイズが響き渡り、空間を埋め尽くしていた数万の弾丸が、雪のように白く砕けて消えた。
管理者の巨人が、断末魔のような光を放ちながら崩れ落ちていく。
「……は、はぁ……。……終わった、か……」
俺は、デバイスの通信を遮断した瞬間、その場に膝をついた。
鼻から、熱い液体が滴り落ちる。視界がグラグラと揺れ、自分自身がシステムエラーを起こしているような感覚だった。
『……業務完了。……対象のメインプログラムを「停止状態」に追い込みました。
……佐藤。……緊急停止を推奨します。……あなたの脳の温度が、危険域に達しています』
「……ああ。……わかってるよ。……あとは、あの『クリスタル』を再起動(再設定)するだけだな……」
俺は、駆け寄ってくるアリステアたちの声を聞きながら、薄れゆく意識の中で、自分にしか見えない「業務完了報告書」を送信した。
弾幕を切り裂いたのは、剣でも魔法でもない。
一人の疲れ果てたエンジニアが、命を削って構築した「ユーザーインターフェース」の勝利だった。
第2章・第8話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
脳をオーバークロックさせ、鼻血を出しながらも騎士団を導いた佐藤さん。
もはや「おじさん」という枠を超えて、神の導き手のような扱いを受け始めますが、本人の脳内は「オーバーヒート」寸前です。
次回、第9話「決戦:システムコアの再起動」。
巨人を倒したのも束の間、迷宮そのものが崩壊を始めます。
佐藤は最後の力を振り絞り、この暴走する巨大サーバーを「正常終了」させることができるのか。
続きが楽しみになりましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援いただけると、おじさんの寿命が少しだけ延びるかもしれません!
よろしくお願いいたします。




