第7話:論理矛盾(エラー)の正体
エンジニアという人種は、目の前の現実が「理屈に合わない」時、最も強いストレスを感じる。
第七階層に足を踏み入れた瞬間、俺を襲ったのは、そんな根源的な不快感だった。
これまでの階層も十分に奇妙だったが、ここにはもはや「世界」としての形を維持しようとする意志すら感じられない。
「……サトウ殿。……これは、一体どういうことだ?」
アリステアの声が、震えている。
俺たちの目の前にあるのは、「壁」ではなかった。
石造りの通路が、数メートル先でプツリと途切れている。その先にあるのは暗闇ではなく、ノイズのような砂嵐と、意味をなさない光の筋が高速で走り抜ける「無」の空間。
かと思えば、天井には階下の階段が逆さまに張り付き、歩くたびに自分たちの足跡が数秒遅れて「録画」されたように地面に残っていく。
「……テクスチャの剥がれ、描画遅延、そして空間のコリジョン(衝突判定)の消失……。……最悪だな。……完全なバグ領域だ」
俺は、激しい目眩を覚える視界をデバイスの補正機能でなんとか固定した。
『警告。佐藤。……このエリアの魔力演算密度は、通常の1000倍を超えています。
……迷宮の「基幹システム」が、許容量を超えたデータを処理しようとしてパンクしています。
……端的に言えば、この迷宮は「無限ループ」に陥り、メモリが溢れ出している状態です』
「……無限ループ、か。……一番やりたくないデバッグだな」
俺は、動揺するエラリーとカイルを制し、デバイスの出力を最大にした。
「……エラリーさん、そこから動かないで! ……君の前の空間、見た目は通路だけど、実際には『座標』が存在しない。……一歩踏み出せば、二度と元の場所には戻れなくなるぞ」
「……な、なんですって!? ……そんな、魔法でも聞いたことがないわ!」
「……魔法じゃない。……論理矛盾ですよ。……いいか、相棒。……このエリアの『ソースコード』を覗き見しろ。……この迷宮の正体は何だ?」
『解析中……。……プロトコル変換を実行。……隠蔽されたディレクトリへのアクセスを承認。
……判明しました。
……この迷宮の真の名称は、古代語で「アーカーシャ・データ集積サーバー・第4ユニット」。
……自然にできた迷宮ではなく、数千年前の文明が構築した、世界の魔力を管理・演算するための「ハードウェア」です』
「……サーバー、だと?」
俺は、自分の耳を疑った。
ファンタジーの世界だと思っていた場所が、実は古代のスーパーコンピューターの内部だったというのか。
「……じゃあ、この『虚数迷宮』という怪現象は……」
『はい。……長年の放置による「テクニカルデット(技術的負債)」の蓄積。……および、外部から流入した過剰な魔力による「バッファオーバーフロー」です。
……サーバーが暴走し、現実世界を自分のメモリの一部として書き換えようとしている。……それが、この迷宮の拡大の正体です』
「……笑えない冗談だな。……おじさんが異世界に来てまでやらされるのが、数千年前のエンジニアが残した『負債』の後片付けかよ」
俺は、思わず額を押さえた。
アリステアたちが、呆然とした顔で俺を見ている。
彼らにとって、俺がデバイスと「会話」している内容は、宇宙の真理を説く預言者のように聞こえているに違いない。
「……サトウ殿。……何を言っているのか完全には理解できぬが、つまり、この迷宮は『壊れている』ということか?」
「……そうです、アリステアさん。……しかも、ただ壊れているんじゃない。……壊れたまま『間違った正解』を導き出し続け、この世界そのものをエラーに巻き込もうとしている」
俺は、ホログラムウィンドウに迷宮の「深層ルート」を強引に描画させた。
デバイスの青いラインが、空間のノイズを切り裂き、唯一歩ける「正常な床」だけをガイドとして示していく。
「……今から、俺が『ルート』を固定します。……いいですか、少しでも足を踏み外せば、存在そのものが消去されると思ってください。……相棒、パッチを当てろ! ……一時的なセーフモードを構築するんだ」
『了解。……周囲の魔力場を「正規化」します。……リソースの80%を消費。
……佐藤。このパッチの維持時間は、あと30分が限界です』
「……十分だ。……行くぞ、皆さん! ……この迷宮の『電源』を落としに行く!」
俺たちは、崩壊し続ける世界の中を走り抜けた。
視界の端で、巨大な岩がデジタルデータのように分解され、消失していく。
カイルが恐怖に声を上げそうになるのを、アリステアが力強く支えた。
「……信じろ! ……サトウ殿の示す道だけが、我々の命綱だ!」
通路の奥から、今度は「防衛システム」が姿を現した。
だが、それはもはや騎士のような形すら保っていなかった。
浮遊する幾何学的な立方体の群れ。それらが不気味なノイズ音を発しながら、無数の「レーザーのような光」を放ち始める。
「……エラリーさん、障壁を! ……でも、防ぐのは俺が指定する角度だけでいい!」
「……わかったわ! ……でも、あんなデタラメな攻撃、どこから来るかわからない……!」
「……あいつらは、法則性に基づいて撃っている! ……相棒、弾道予測を共有しろ!」
俺がデバイスを操作すると、エラリーたちの視界に、無数の「赤い弾道線」が重畳された。
『予測完了。……対象の攻撃は、迷宮の「メモリ空間」の余白を埋めるための自動生成弾幕です。
……佐藤。……この先、さらに攻撃密度は上がります』
光の弾幕が、俺たちの周囲を削り取る。
エラリーの魔力障壁が激しく火花を散らし、アリステアの甲冑が熱を帯びる。
だが、俺は止まらなかった。
この「バグの嵐」の先に、この不毛なシステムの中心点があることを、俺のデバイスが確信していたからだ。
不意に、空間の歪みが限界を超え、俺たちは巨大な「円形の間」へと放り出された。
そこは、これまでの階層が嘘のように静まり返っていた。
広場の中央にそびえ立つのは、透明な巨大なクリスタル。
その内部では、銀河のような光の粒子が目まぐるしく回転し、そこから無数の「魔力ケーブル」が壁の向こうへと伸びている。
「……あれが……『コア』か」
俺は、息を切らしながらクリスタルを見上げた。
『佐藤。……特定しました。
……あれが「アーカーシャ」のメインプロセッサです。
……現在、深刻な熱暴走を起こしています。……このまま放置すれば、あと一時間以内に、レアルトの街全域を含む半径10キロメートルを「強制初期化」するプロセスが開始されます』
「……フォーマットだと? ……冗談じゃない。……誰が好き好んで、そんな大規模なデータ消失に付き合うかよ」
俺は、クリスタルに向かって一歩踏み出した。
だが、その行く手を阻むように、クリスタルの表面から「光の巨人」が立ち上がった。
これまでのガーディアンとは比較にならない、圧倒的な存在感。
「……相棒。……こいつは……」
『……迷宮のルート管理者。……最強のファイアウォールです。
……佐藤。……ここからは、物理的な戦いと、論理的なハッキングの「同時処理」が必要になります』
「……ああ。……わかってる。……まさに、デスマーチのクライマックスだな」
俺は、冷や汗を拭いながら、左腕のデバイスを起動した。
アリステアが剣を抜き、エラリーが最後の魔力を練り上げる。
魔法の迷宮の、隠された正体。
くたびれたおじさんは、世界を救うためではなく、ただこの「致命的なバグ」を修正するために、最後の戦いへと挑もうとしていた。
第2章・第7話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ついに迷宮の正体が「暴走したサーバー」であることが判明しました。
おじさんにとっては、魔王よりも恐ろしい「技術的負債」との戦いです。
次回、第8話「弾幕の中のシステム・エンジニア」。
空間を埋め尽くす魔力の弾幕。
佐藤さんは、デバイスを通じてパーティー全員に「弾道予測」を共有し、前代未聞の「ノーダメージ攻略」に挑みます。
続きが楽しみになりましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援いただけると、おじさんの胃の痛みが少し和らぐかもしれません!
よろしくお願いいたします。




