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魔法もスキルもない50歳、腕型PC一台で異世界をハックする。~疲れやすいおじさんは効率重視で成り上がる~  作者: ぱすた屋さん
【第2章】新米冒険者はデータの夢を見るか?

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第6話:迷宮の夜と、おじさんのキャンプ術



 どれだけ効率を追求したところで、五十歳の肉体にかかる「重力」をゼロにすることはできない。

 

 第六階層のセーフエリア。

 そこは、迷宮が意図的に用意した「空白のメモリ」のような場所だった。魔物の配置データが存在せず、歪んだ空間の再構築もここだけは行われない。石畳の広場には、古代の噴水を思わせる台座から、清浄な水が絶え間なく溢れ出していた。

 

「……よし、今日はここを『本日の終着点デッドライン』にする。……これ以上歩くと、明日の朝、俺の膝がログアウトしてしまう」

 

 俺は背負っていたリュック(という名の手提げマジックバッグ)を降ろすと、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 

『佐藤。……本日の歩行距離、累計12キロ。……高低差換算でビル40階分に相当します。

 ……乳酸値が限界を突破しています。……直ちにリカバリー・モード(休息)への移行を推奨します』

 

「……わかってるよ。……相棒、まずはこの広場の『外周ガード』を固めてくれ」

 

 俺が指示を出すと、左腕のデバイス『Link』から数個の小さな球体――昨日ギルドの工房で急造させた「魔力感知センサー・ノード」を、広場の入り口四方に転がした。

 

「……サトウ殿。……何をされているのだ?」

 

 アリステアが、緊張を解かないまま尋ねてきた。

 カイルはすでに周辺の警戒に当たり、エラリーは杖を構えて、いつ魔物が現れてもいいように神経を尖らせている。ランクA冒険者にとって、迷宮での睡眠とは、常に死と隣り合わせのギャンブルなのだ。

 

「……セキュリティシステムの構築ですよ。……アリステアさん、今夜は『不寝番(見張り)』は不要です。……全員、しっかり寝てください」

 

「……見張りがいらんだと!? ……正気か! ……迷宮の魔物は、いつどこから現れるかわからん。……睡眠中に襲われれば、我らといえど全滅しかねない!」

 

「……だから、俺の『相棒』に見張らせるんです。……見てください」

 

 俺はホログラムを空中に展開した。

 そこには、広場を中心とした3Dレーダーマップが映し出されていた。入り口に設置したセンサーが、周辺100メートルの魔力反応と動体を完全に捕捉している。

 

「……赤外線と魔力波を組み合わせた二重監視ダブルチェックです。……もしこの範囲内にアリ一匹でも侵入すれば、俺のデバイスが『爆音のアラート』を鳴らします。……しかも、対象の距離、方向、数、推定ランクまで一瞬で算出される。……人間が暗闇で目を凝らすより、100万倍正確ですよ」

 

 エラリーが、ホログラムの画面に顔を近づけて感嘆の声を漏らした。

 

「……信じられない。……全方位に対して、これほど高精度の探知を『常時発動』させているというの? ……どれほどの魔力を消費する術式なのよ……」

 

「……魔力じゃなくて、電力……いえ、俺の道具のバッテリーです。……効率化(最適化)されているので、一晩中稼働させても問題ありません。……さあ、見張りの時間を『睡眠時間』に充てられるなら、それは最高のコスト削減でしょう?」

 

 アリステアは、しばらく画面を見つめていたが、やがて剣を鞘に納め、深く溜息をついた。

 

「……貴殿の言うことは、常に我らの常識を凌駕している。……わかった。……サトウ殿を信じて、体を休めよう」

 



 

 警戒の重圧が解けると、次に襲ってきたのは空腹だった。

 

 カイルがマジックバッグから取り出したのは、岩のように硬い干し肉と、パサパサの黒パン。それに、水で戻すだけの質素なスープの素だった。冒険者の食事は、保存性と携帯性が最優先され、味や栄養バランスは二の次だ。

 

「……カイル君。……悪いけど、それは片付けてくれないか」

 

「え? ……でも、これしか食うもんないぜ? ……おっさん、まさか美食家グルメかよ」

 

「美食家じゃない。……ただ、明日も元気に働かされるために、QoL(生活の質)を上げたいだけだ。……いいから、そこの噴水の水を鍋に汲んできてくれ」

 

 俺は、デバイスに連動した小型の熱導線ヒーターを取り出した。

 そして、自分のバッグから取り出したのは、地球から持ってきた……のではなく、この世界でデバイスを駆使して「解析・再現」した特製の『フリーズドライ詰め合わせ』だ。

 

「……エラリーさん。……悪いが、この魔導コンロに火を灯す手伝いをしてくれ。……魔力供給は一定でいい。……俺が火力(出力)を制御する」

 

「……ええ、わかったわ。……何を作るつもり?」

 

「……おじさん特製、高タンパク・低糖質の『野菜たっぷりクリーム煮込み』ですよ」

 

 俺は、お湯を沸騰させ、フリーズドライにした肉、乾燥野菜、そして村で手に入れたハーブを、絶妙なタイミングで投入した。

 

 デバイスの『Link』が、鍋の中の塩分濃度と温度を完璧にモニタリングしている。

 

『佐藤。……加熱温度、摂氏92度で安定。……野菜の細胞膜を破壊せず、旨味(グルタミン酸)を抽出するのに最適な環境です。……投入、あと10秒で完了してください』

 




 数分後。

 広場には、迷宮にはおよそ相応しくない、濃厚で芳醇な香りが漂い始めた。

 

 出来上がったのは、トロリとしたクリームスープ。

 

「……どうぞ。……おじさんが会社員時代に培った『手抜きだが最高に美味いインスタント飯』の技術です」

 

 アリステアたちが、半信半疑でスプーンを口に運ぶ。

 その瞬間、三人の目が、かつてないほど大きく見開かれた。

 

「……う、美味すぎるッ!! ……何だこれは、肉が……口の中で解けるようだ!」

 

「……信じられない……。……野菜の甘みがしっかり残っているわ。……宮廷料理でも、ここまでの深みはなかなか出せないわよ!」

 

「……おっさん! ……あんた、冒険者やめて料理人になった方がいいぜ!」

 

 三人は、まるで飢えた獣のようにスープを平らげていった。

 

 俺は、彼らの食べっぷりを見ながら、自分も静かにスープを啜った。

 ただのインスタントだが、冷え切った迷宮の空気の中では、どんな高級料理よりも体に染み渡る。

 

「……食べたら、さっさと寝てください。……明日は第七階層。……空間の歪みがさらに激しくなるはずです。……今のうちにメンタル(精神的なバッファ)を回復させておかないと、バグに飲み込まれますよ」

 


 

 食後。

 広場の隅に、俺はデバイスで構築した「簡易型エアマット」を広げた。

 

 騎士団の三人は、地面に敷いた薄い毛布の上で、泥のように眠りについている。

 見張りからの解放。温かい食事。そして、おじさんの提供する「絶対的な安全感」。

 それらが、彼らの張り詰めていた糸を、心地よく解いたのだろう。

 

 俺は一人、焚き火のそばでデバイスの画面を見つめていた。

 

「……相棒。……今の状況をどう見る?」

 

『現状分析。……一行の士気モチベーションは極めて良好。……身体的なパフォーマンスも、休息によって100%に復帰すると予測されます。

 ……ですが、佐藤。……迷宮の「再構成ログ」に、不穏な動きがあります。

 ……我々が深層に進むにつれ、迷宮の「管理者ホスト」が、我々の行動パターンを学習し始めている可能性があります』

 

「……学習、か。……まるで機械学習(AI)だな。……こちらが効率化すればするほど、向こうも対策を講じてくる。……まさに、ハッカーとセキュリティのいたちごっこだ」

 

『肯定します。……第七階層以降、これまでの「パターン」は通用しないと考えたほうがいいでしょう。……佐藤。……これからは、あなたの「アドリブ(即興性)」が鍵になります』

 

「……アドリブは苦手なんだよな。……仕様書にないことはやりたくないんだ」

 

 俺は、重い溜息を一つ吐くと、エアマットに身を沈めた。

 

 迷宮の夜は、静かだ。

 入り口のセンサーが放つ微かな青い光だけが、暗闇の中で俺たちを静かに守っていた。

 

 眠りにつく直前、俺はふと思った。

 

 会社員時代、俺はこうして「システムの平穏」を守るために、どれだけの夜を捧げただろうか。

 あの頃は、誰からも感謝されず、ただ「動いて当たり前」だと思われていた。

 

 けれど、今は違う。

 後ろで寝息を立てる三人の冒険者たちにとって、俺の作る「当たり前」は、何物にも代えがたい救いなのだ。

 

「……悪くないな。……おじさんのキャンプも、たまには」

 

 俺は、心地よい疲労感に身を任せ、迷宮の深い闇の中へと意識を落としていった。

 

 

 迷宮をハックし、生活さえも最適化する。

 くたびれたおじさんの「監査」は、ついに、迷宮という名のシステムの根幹へと近づきつつあった。


 第2章・第6話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

 定時退社とキャンプ飯を愛するおじさん。

 騎士団の三人も、すっかり胃袋を掴まれ、おじさんのセキュリティに全幅の信頼を置いています。

 

 しかし、相棒デバイスが指摘するように、迷宮のシステム自体が、佐藤さんの行動を「バグ」として認識し、学習し始めているようです。

 

 次回、第7話「論理矛盾エラーの正体」。

 さらに深層へ。そこには、これまでの「効率」が通用しない、迷宮そのものが崩壊を始めた「エラー領域」が待ち受けていました。

 

 続きが楽しみになりましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援いただけると、おじさんのやる気が1%アップします!

 よろしくお願いいたします。


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