第5話:属性反射の罠と、物理演算の勝利
迷宮の攻略において、最も「非効率」なものとは何か。
それは、相手の得意な土俵にわざわざ上がり、全力でぶつかり合うことだ。
俺たちは現在、第五階層の最奥、重厚な白銀の扉の前に立っていた。
これまでの「散歩」のような進軍とは明らかに空気が違う。扉の隙間からは、凍てつくような冷気と、焼けるような熱気が交互に漏れ出し、空間そのものがパチパチと静電気を帯びている。
「……サトウ殿。この先は『守護者の間』だ。……過去の記録によれば、ここには『属性を食らう魔像』が鎮座しているはずだ」
アリステアが、珍しく慎重な手つきで長剣の柄を握り直した。
「……属性を食らう、ね。……嫌な予感しかしないな。相棒、事前のポートスキャンを。……中の『仕様』を覗き見しろ」
『了解。……扉越しに高エネルギー反応を走査。
……解析完了。対象は「全属性反射」の常時発動型パッシブスキルを保持しています。
……火、氷、雷、風……あらゆる魔力属性の攻撃は、着弾の瞬間にベクトルの反転処理が行われ、放った本人に跳ね返ります』
「……全属性反射。……完全な初見殺しのバグ設定じゃないか。……エラリーさん。悪いが、あんたの出番はなさそうだぞ」
俺がそう告げると、エラリーが悔しそうに唇を噛んだ。
「……私の『爆炎破』さえ効かないというの? ……そんなの、魔法使いを否定しているようなものじゃない……!」
「否定してるんですよ。……この迷宮の設計者は、魔法という『外部プログラム』を信用していない。……自分勝手なルールで上書き(オーバーライド)されたくないんでしょうね」
俺は、ゆっくりと扉を押し開けた。
広大な円形の広間。その中央に、七色に輝く水晶で構成された巨像が立っていた。
俺たちが足を踏み入れた瞬間、ゴーレムの全身がまばゆい光を放ち、轟音と共に再起動を果たす。
「――迎撃開始だ! アリステア、カイル、物理で叩くぞ!」
「おおおっ!!」
アリステアが地を蹴り、白銀の閃光となって肉薄した。
大剣がゴーレムの膝元に叩き込まれる。だが、ギィィィンッという嫌な金属音と共に、剣は弾き返された。
「……硬すぎる! ……斬撃も打撃も、表面の魔力膜に減衰されているぞ!」
カイルの放った投剣も、ゴーレムの皮膚を滑るように逸れていく。
対するゴーレムは、無機質な動きで右腕を振り下ろした。
ドォォォォォンッ!!
床の石畳がクレーター状に砕け散る。
避けたアリステアの頬から血が流れた。
「……サトウ殿! ……弱点はどこだ!? ……このままでは、ジリ貧だぞ!」
「……焦らないでください。……今、デバッグ中だ」
俺は、ゴーレムの周囲に飛び交う複雑な数値の列を、網膜上で高速スクロールさせた。
デバイスの『Link』が、ゴーレムの防御演算をリアルタイムで解析していく。
『佐藤。……弱点を特定。
……表面の「反射膜」は、魔力という情報に対してのみ発動します。
……ですが、このゴーレムの構成物質である「極光水晶」には、固有の振動数が存在します』
「……振動数、ね。……グラスに特定の高さの声を当てて割る、あれか」
『その通りです。……物理法則は、この迷宮のシステムよりも優先される「基本カーネル」です。
……特定の周波数を、特定のポイントに叩き込めば、反射膜を無視して「内部崩壊」を引き起こせます』
「よし。……アリステアさん! ……剣の腹を使って、あいつの腰の横、右から三番目の水晶を叩け! ……切るんじゃない、一定の強さで『振動』させるんだ!」
「……振動だと!? ……やってみる!」
アリステアが指示通り、剣を水平に構えてゴーレムに突っ込んだ。
「……相棒。……アリステアさんの剣が当たる瞬間に合わせて、スピーカーから逆位相の超音波を最大出力でぶつけろ。……波形を増幅して、あいつの『核』を共振させるぞ」
『了解。……物理演算(物理法則)による強制介入を開始。
……インパクトまで。……3、2、1……今!』
ガァァァァァァァァァァンッ!!
アリステアの剣がゴーレムの腰に当たった瞬間。
俺の左腕のデバイスから、耳を刺すような、しかし誰の耳にも聞こえないはずの高周波が放たれた。
次の瞬間。
それまで盤石だったゴーレムの巨体が、まるで激しく震えるゼリーのように波打ち始めた。
「……な、何が起きているの……!? ……魔法の気配は全くないのに……!」
エラリーが驚愕に目を見開く。
七色の輝きが乱れ、ゴーレムの表面にひび割れが走る。
反射膜という鉄壁のソフトウェア防御の裏側で、ハードウェアそのものが「物理的な共鳴」によって破壊されようとしていた。
「……仕上げだ! ……アリステアさん、カイル君! ……ひび割れた箇所に、全力で叩き込め! ……今はもう、防御システムはフリーズしてる!」
「――これで終わりだッ!!」
「――隙だらけだぜッ!!」
アリステアの大剣と、カイルの渾身の蹴りが、ひび割れた水晶の核へと直撃した。
カシャァァァァァァァンッ!!
砕け散る。
美しくも不気味だった巨像は、ただの光を失った石の山へと姿を変えた。
静寂が、広間に戻る。
アリステアは肩で息をしながら、折れていない愛剣を確認し、それから信じられないというように俺を見た。
「……サトウ殿。……今のは、一体何の術だ。……魔力の高まりを、微塵も感じなかったぞ」
「……術じゃありません。……ただの物理現象ですよ。……どんなに高度な防御システムでも、それを支える『ガワ(肉体)』が壊れれば、プログラムは実行できない。……物理演算は、いつだって魔法(裏技)に勝るんです」
俺は、熱を帯びたデバイスの表面を軽く撫でた。
「……まあ、おかげでバッテリーを5%も食わされましたけどね。……定時までに、少し急速充電(ポーション補給)が必要だ」
エラリーが、砕け散ったゴーレムの破片を拾い上げ、震える声で呟いた。
「……物理現象。……そんな理屈で、私たちの最強の敵を倒してしまうなんて。……サトウさん、あなたは本当に、この世界の理を無視しているのね」
「……無視しているのは、この迷宮の方ですよ。……俺はただ、世界で一番当たり前のルールを再適用(パッチ当て)しただけです」
俺は、次の階層へと続く階段を指差した。
中ボスの攻略。
それは、騎士団にとっての「絶望」を、おじさんが「計算式」で解き明かした瞬間だった。
「……さて。……ボス部屋のデバッグは完了。……相棒、次の階層のネットワーク構成を表示しろ。……そろそろ、この迷宮の『中心部』が見えてくるはずだ」
『了解。……第六階層の解析を開始します。
……警告。佐藤。これより先は、さらに高度な「論理矛盾」が予測されます。
……休息と、精神的なバッファを確保することを推奨します』
「……バッファ、ね。……帰ったら、特大のピザとビールでも注文してくれよ。……それこそが、俺にとっての最強のパッチだ」
俺は、騎士団の尊敬を一身に浴びながら、重い足取りで深淵へと歩き出した。
魔法が通用しない世界で、科学の論理が神を殺す。
くたびれたおじさんの「物理演算」による攻略は、迷宮という名の巨大なプログラムを、確実に、そして残酷に解体しつつあった。
第2章・第5話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
魔法が効かないなら、物理で壊せばいいじゃない。
文字通り「力技(ただし理論的)」で中ボスを突破した佐藤さん。
騎士団の面々も、もはやおじさんの言動を疑うことをやめ、盲目的に信じ始めています。
次回、第6話「迷宮の夜と、おじさんのキャンプ術」。
攻略も中盤を過ぎ、一行は迷宮内での宿泊を余儀なくされます。
魔物の気配に怯える騎士団に対し、おじさんが披露する「24時間セキュリティ・システム」と、現代的なキャンプ飯とは……。
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