第4話:効率的な進軍、あるいは散歩
冒険とは、本来もっと泥臭く、命のやり取りに満ちたものであるはずだ。
少なくとも、背後に控える『銀翼の騎士団』の面々の表情を見る限り、彼らのこれまでの常識は、今まさに俺の足元で粉々に砕け散っているようだった。
「……サトウ殿。本当に、本当にあそこを通るのか? あそこには、感知した瞬間に無数の矢が放たれる『死の回廊』があるはずだが……」
アリステアが、震える指で前方の通路を指差した。
そこは一見、何の変哲もない石造りの廊下だ。だが、その壁には無数の細い隙間があり、過去にそこへ足を踏み入れた多くの冒険者が、針の穴を通すような精密な矢の雨によって命を落としている。
俺は、左腕のデバイス『Link』の画面を軽くスワイプした。
「……相棒。……赤外線センサーと、超音波スキャンを並行で回せ。……罠の感知範囲を視覚化しろ」
『了解。……感知デバイスの範囲をAR投影します。
……佐藤。この罠は「床の重み」ではなく「空気の揺らぎ」に反応する光学式に近い魔導センサーです。
……ですが、設計が古い。……センサーの走査線には、0.5秒の「死角」が存在します』
俺の視界には、廊下を横切るように走る、蜘蛛の巣のような赤いレーザー光線が浮かび上がっていた。
だが、その光線は一定の周期で、明滅を繰り返している。
「……アリステアさん。……指示通りに動いてください。……右壁から30センチの位置をキープ。……俺が『今』と言ったら、二歩進んで止まる。……いいですね?」
「……わ、わかった。……諸君、絶対に列を乱すなよ」
俺たちは、一列になって回廊へと足を踏み入れた。
「……今。……一、二。止まって」
俺が声をかけると、騎士団の三人は彫像のように静止した。
シュン、という微かな風の音が、彼らの鼻先を通り過ぎる。目に見えないセンサーの波が、俺たちが今立っている「隙間」を空しく通り過ぎていった。
「……今。……一、二。止まって」
これを数回繰り返す。
傍から見れば、不自然なリズムで前進と停止を繰り返す奇妙な集団にしか見えないだろう。
だが、結果は明白だった。
俺たちが回廊を抜けるまで、一本の矢も放たれなかった。
「……信じられん。……あの『死の回廊』を、無傷どころか、一度も罠を起動させずに突破しただと……?」
カイルが、自分の仕事(斥候)を奪われたような、複雑な表情で回廊を振り返った。
本来なら、彼は数時間をかけて床の石板を一枚ずつ調べ、時には命懸けで矢を避けながら進むはずだったのだ。
「……カイル君。……これは君の腕が悪いんじゃない。……この迷宮の『設計者』の癖が、今の俺の道具と相性がいいだけですよ」
俺は、デバイスのバッテリー消費を抑えるために、一部の機能をスリープモードにした。
「……さあ、次の階層へのショートカットが見つかりました。……こっちです」
それからの進軍は、もはや「攻略」という言葉が相応しくないほどスムーズだった。
魔物の群れが潜んでいる部屋は、デバイスの熱感知で事前に察知し、未然に迂回する。
複雑に入り組んだ迷路は、3Dマッピングによって「正解のルート」を導き出し、一切の迷いなく進む。
アリステアたちは、最初こそ武器を構え、周囲を警戒して神経を尖らせていた。だが、二時間が経過する頃には、彼らの肩の力はすっかり抜け落ちていた。
「……ねえ、サトウさん。……質問してもいいかしら」
エラリーが、杖を杖としてではなく、ただの歩行用の杖のように突きながら尋ねてきた。
「……何でしょう。……あ、そこの段差、躓きやすいから気をつけて」
「……ありがとう。……そうじゃなくて。……私たち、さっきから一度も戦っていないわよね? ……ランクAの依頼を受けておきながら、一滴の汗もかかずに進んでいるこの状況……。……これ、本当に『迷宮攻略』なの?」
「……エラリーさん。……『戦わないこと』こそが、最高の攻略なんですよ」
俺は、デバイスの歩行ログを確認しながら答えた。
「……戦えば武器が傷む。魔力が減る。何より、怪我をするリスクがある。……それはすべて『コスト』です。……コストを最小限に抑え、目的の場所まで最短で到達する。……それが俺のやり方、効率主義です」
「……効率、か。……確かに合理的だけど……」
エラリーは納得したようだが、どこか物足りなそうな顔をしていた。
若者にとって、冒険とはもっと熱い何かであってほしいのだろう。だが、五十歳のおじさんにとって、仕事とは「いかに楽をして終わらせるか」に尽きる。
不意に、カイルが前方を指差した。
「……あ、あそこ! ……光る宝箱があるぞ!」
通路の脇の小部屋に、豪華な装飾が施された宝箱が鎮座していた。
カイルが駆け寄ろうとしたが、俺は即座に彼の襟首を掴んで引き戻した。
「……わわっ!? ……何だよ、おっさん!」
「……止まれ。……あんな分かりやすい場所に、本物の宝があるわけないだろ」
俺はデバイスの透視スキャン(X線モード)を起動した。
『解析完了。……対象は宝箱ではありません。
……外殻は擬態した甲殻組織。……内部には強力な酸の胃袋を検知。
……ミミックの変異種です。……さらに、周囲の床には対象と連動した吸着トラップが仕掛けられています』
「……ミミック、ですよ。……開けた瞬間に、君の腕は溶かされてただろうね」
カイルの顔が、一瞬で土気色になった。
「……ひ、ひぇ……。……助かったよ、サトウさん……」
「……いいですか。……この迷宮にある『甘い誘惑』は、すべてシステムが用意した罠だと思ってください。……俺が許可したもの以外、何にも触れないで」
俺は淡々と告げ、ミミックを大きく迂回して進んだ。
騎士団の三人は、今や俺の言葉を「神託」のように信じ、一糸乱れぬ動きで俺の後をついてくる。
午後五時。
迷宮の第四階層、その深部にある広大なホール。
本来なら、ここに到達するまでに数日はかかると言われていた場所だ。
だが、俺たちの目の前には、迷宮の「セーフエリア」――魔力が安定し、魔物が入ってこられない浄化された広場が広がっていた。
「……よし。……本日の業務は、ここまで。……お疲れ様でした」
俺は、デバイスのタイマーを止めた。
「……え? ……サトウ殿、まだ日は高い……いや、迷宮内では時間はわからぬが、我らの体力はまだ有り余っているぞ。……もう少し先に進めるのではないか?」
アリステアが、驚いたように尋ねた。
確かに、彼らは一度も戦っていないため、体力はほぼ満タンだ。
「……アリステアさん。……約束したはずです。……『定時退社』を守ると。……無理な残業は、判断力を鈍らせる。……それに、俺の膝がもう限界なんです。……この先は、明日にしましょう」
俺は有無を言わさず、マジックバッグ(村長からもらったお礼の品だ)から、昨夜仕込んでおいたキャンプ用品を取り出した。
「……カイル君、薪の準備。……エラリーさん、生活魔法で火を。……アリステアさんは、あそこの入り口の見張りを。……俺は、夕食の献立をシミュレートする」
俺の指示に、ランクAの冒険者たちが「はいっ!」と元気に返事をして動き出した。
もはや、どちらが雇い主で、どちらが護衛なのかわからない。
広場に焚き火の明かりが灯り、香ばしい肉の焼ける匂いが漂い始める。
俺は、デバイスに蓄積された今日の「ログ」を整理しながら、一人で満足げに頷いた。
(……移動距離、予定の1.5倍。……消費リソース、予定の10%以下。……怪我人、ゼロ。……完璧な進捗だ)
俺の脳内には、順調に積み上がる「成功報酬」の金貨が、キラキラと輝いて見えていた。
『佐藤。……メンバーの疲労度は極めて低いですが、心理的な「物足りなさ」が蓄積しています。
……明日は、彼らに適度な「やりがい(戦闘機会)」を与えることを推奨します。……そうしないと、プロジェクトに対する不満が出る可能性があります』
「……やりがい、ね。……面倒なことを言うな。……わかったよ、明日は一回くらい、ザコ敵にぶつけてやる」
俺は、誰にも聞こえない声で相棒に答え、焼きたての肉を口に運んだ。
迷宮の闇は深い。
だが、俺たちのキャンプの周囲だけは、現代の管理技術によって、不自然なほどの静寂と安全が保たれていた。
冒険を散歩に変える男。
佐藤の「監査」という名の攻略は、迷宮の四階層目にして、すでに伝説となりつつあった。
第2章・第4話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
迷宮で定時退社を宣言し、バーベキューを始めるおじさん。
騎士団の面々も、あまりの安全さにすっかり毒されて、おじさんの「部下」のようになってしまいました。
しかし、相棒が指摘するように、冒険者に「やりがい」を奪うことは、新たな不具合を生む原因になるかもしれません。
次回、第5話「属性反射の罠と、物理演算の勝利」。
ついに、避けては通れない「特殊なボス」の部屋に到達。
魔法が通用しない難敵に対し、おじさんが放つ「物理的な解答」とは……。
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