第2話:エリートパーティーとの『キックオフ』
新しいプロジェクトの初日というのは、いつだって胃が重い。
それが異世界の迷宮攻略であっても、東京のシステム開発であっても、本質的な空気は変わらない。現場には現場のプライドがあり、よそ者への不信感があるからだ。
翌朝。俺はギルドの特別会議室へと足を運んだ。
昨夜の豪華なベッドの余韻も、朝食の美味いパンの記憶も、この部屋の扉を前にすると霧散していく。
「……相棒。向こうのメンバーの基本情報は入ってるな。……音声記録の準備もしておけ。言った言わないのトラブルは、異世界でも御免だからな」
『了解。……「銀翼の騎士団」の三名、すでに室内で待機中。
心拍数、および体表温度から推測するに、彼らの現在の心理状態は「不機嫌」です。
佐藤。……低姿勢、かつ論理的な対応を推奨します』
「……低姿勢は俺の得意分野だよ。……二十年も頭を下げ続けてきたんだからな」
俺は一つ、深く溜息をついてから扉を開けた。
部屋の中には、三人の若者が座っていた。
一人は、まばゆいばかりの金髪をなびかせた、彫りの深い美青年。白銀の甲冑には傷一つなく、腰に提げた長剣の柄には巨大な魔石が埋め込まれている。
もう一人は、長い藍色の髪を後ろで束ねた、冷徹そうな瞳の女性。刺繍の施された豪奢な魔道衣を纏い、手元には複雑な術式が刻まれた杖を置いている。
最後の一人は、少し幼さの残る顔立ちの青年。軽装の革鎧を身に着け、手持ち無沙汰そうに投げナイフの手入れをしていた。
全員が、一目で「エリート」だとわかる輝きを放っている。
そして全員が、部屋に入ってきた俺を、まるで「迷い込んできた野良犬」を見るような目で見据えた。
「……貴様が、ギルドマスターの言っていた『監査役』か?」
口火を切ったのは、中央に座る金髪の青年――騎士団のリーダー、アリステアだった。その声には、隠そうともしない失望が混じっている。
「……サトウ、と言います。……まあ、おじさんとでも呼んでください。……今回の『虚数迷宮』の件、お手伝いさせていただきます」
「お手伝い、だと? ……笑わせるな」
藍色の髪の魔導師、エラリーが冷たく鼻で笑った。
「……魔力反応、ゼロ。装備はどこの村のものとも知れぬ粗末な作業着。……ギルドマスターは乱心されたのかしら。……私たちランクAパーティーの歩みに、こんな老いぼれがついてこられると思っているの?」
「……おっしゃる通りです。……俺も、ついていける自信はありません。……ですから、無理だと思ったらすぐに定時で……いえ、早退させていただきますので」
俺が努めて穏やかに、社会人スマイルを浮かべて答えると、アリステアが机を叩いて立ち上がった。
「ふざけるな! ……迷宮は遊び場ではない。……我ら『銀翼の騎士団』は、このレアルトで最も速く、最も正確な攻略を誇るエリートだ。……貴様のような『素人』に足を引っ張られるなど、屈辱以外の何物でもない!」
激昂するアリステア。呆れ果てるエラリー。
……典型的な「現場の反発」だ。
俺は、心の底から溜息をつき、左腕のデバイス『Link』の操作パネルを空中に展開した。
「……相棒。……『キックオフ用デバッグ・デモンストレーション』を開始。……まずは、アリステアさんのその剣からだ」
『了解。……対象の装備品を精密スキャン。……不具合を特定しました。
投影モード、起動』
不意に、部屋の空気が青白く光った。
アリステアの目の前に、彼の愛剣の透過図が巨大なホログラムとして映し出される。
「な……何だ、この魔法は!? 無詠唱だと!?」
「魔法じゃない。……ただの『ログ出力』ですよ。……アリステアさん。その剣、根元の魔力回路にヒビが入っています。……あと三回、全力で魔力を流せば、戦闘中に爆発しますよ」
「な……馬鹿な! これは王都の銘工が鍛えた聖剣だぞ!」
「……精霊の目は誤魔化せません。……原因は、二日前のワイバーン戦での過剰出力。……その際、冷却が不十分なまま連撃を放ったため、金属疲労が蓄積したんです」
アリステアの顔から、一気に血の気が引いた。
俺はそのまま、隣のエラリーに視線を移す。
「……エラリーさん。……あなたの魔道杖、第3術式の発動が、理論値より0.8秒遅れていますね。……原因は、杖の先端に埋め込まれた魔石の『フォーマット不良』。……不純物が混ざっていて、魔力の伝達効率が落ちている。……だから、あなたいつも、最後の最後で魔力切れ(メモリ不足)を起こすんでしょう?」
「……ど、どうしてそれを……!? ……私の誰にも言っていない悩みを……!」
エラリーが、震える手で自分の杖を握りしめた。
俺は最後に、投げナイフを持っていた少年に目を向けた。
「……君は、斥候のカイル君だね。……左足のブーツの底、0.5ミリほど外側に削れてる。……歩き方のバランスが崩れてるんだ。……そのままだと、迷宮の隠し通路にある『感圧式トラップ』を、君だけが踏み抜くことになる。……原因は、一週間前の捻挫の放置。……早めに治しておかないと、致命的なバグになりますよ」
会議室は、水を打ったような静寂に包まれた。
俺は、ホログラムの画面を閉じ、ゆっくりと椅子に座り直した。
「……おじさんは戦えません。……ですが、皆さんが気づかない『不具合』を見つけ、修正する(デバッグする)ことはできる。……今回の『虚数迷宮』は、今の皆さんのやり方では、絶対に攻略できません。……なぜなら、あの迷宮は『論理』で動いているからだ。……力任せに挑めば、いつか修復不能なエラーが起きて、全員帰ってこれなくなりますよ」
アリステアが、震える拳を握り、俺を凝視した。
その目には、先ほどまでの侮蔑はなく、底知れない恐怖に近い何かが宿っていた。
「……貴様。……本当に、ランクGなのか? ……これほど正確な鑑定……いや、これはもはや予言……」
「……ただの、システム監査ですよ。……俺にとって、迷宮攻略は仕事です。……仕事である以上、俺は『納品(攻略)』と『品質(生存)』、そして『納期(定時退社)』を守る義務がある。……そのためには、皆さんの協力が必要なんです」
俺は、彼ら三人に、自作の『迷宮攻略ガイドライン・初版』を羊皮紙として差し出した。
もちろん、デバイスで作成し、昨夜のうちに宿の備え付けのペンプロッタもどきで書き上げたものだ。
「……これは?」
「……指示書(仕様書)です。……迷宮内では、俺の指示に従ってください。……『右に行け』と言ったら、たとえそこに壁があっても、右に行ってほしい。……『止まれ』と言ったら、呼吸さえ止めてほしい。……それが守れるなら、俺は皆さんを安全に、そして効率的に、迷宮の最深部までご案内しましょう」
アリステアは、差し出された羊皮紙を、震える手で受け取った。
「……わかった。……認めよう。……貴殿を、我ら『銀翼の騎士団』の特別顧問として迎える。……迷宮内での全指揮権は、貴殿に委ねよう」
「……全指揮権は困ります。……責任が重すぎる。……あくまで『アドバイザー』でお願いします」
俺がそう言うと、エラリーが呆れたように、だがどこか尊敬を込めた溜息をついた。
「……とことん、野心がないのね。……でも、その『板』の示すものが真実だというなら、私は従うわ。……魔力切れで死ぬのは御免だもの」
「……僕も、足の捻挫、ちゃんと治すよ。……サトウさん、よろしくね」
カイルが、初めて人懐っこい笑みを見せた。
どうやら、キックオフは成功したらしい。
俺は、内心で安堵の溜息をついた。
『佐藤。……メンバーの信頼度が急上昇しました。
……現在のプロジェクト成功確率は、35%から55%へと向上。
……次なる課題は、明日の「現場入り」における、初動の最適化です』
「……わかってるよ。……明日は早いんだ。……今日はもう、これくらいにして帰って寝よう。……キックオフが終われば、あとは現場百回だ」
俺は、三人のエリートたちに軽く会釈をし、会議室を後にした。
扉を閉めた瞬間、背中を冷や汗が伝った。
ハッタリと、デバイスの解析。
それが、五十歳のおじさんが異世界のエリートを黙らせるための、唯一の武器だ。
「……ああ、胃が痛い。……相棒、帰りに一番強い胃薬を買ってきてくれ。……いや、まずは俺に『定時退社』という名のポーションを処方してくれよ」
『了解。……周辺のポーションショップを検索します。
……佐藤。あなたの次の「仕事場」は、この世で最も理不尽なシステムが支配する、虚数迷宮です。……覚悟はいいですか?』
「……いいわけないだろ。……だが、金貨20枚のためだ。……働かざる者、食うべからず、だな」
俺は、夕闇の迫るレアルトの街を、自分に言い聞かせるように歩き出した。
魔法の迷宮を、ITの論理で解き明かす。
くたびれたおじさんの、前代未聞の「システム監査」が、いよいよ翌日から実地へと移る。
第2章・第2話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ハッタリとデバイスの解析で、なんとか騎士団を黙らせることに成功した佐藤さん。
キックオフ(顔合わせ)は無事に終わりましたが、本当の地獄はこれからです。
次回、第3話「動く迷宮と、おじさんのマッピング」。
いよいよ虚数迷宮に足を踏み入れた一行。
視界の先で、壁が、扉が、通路が……まるで「プログラムの書き換え」のように動き始める怪現象に対し、おじさんは冷静に「解析」を開始します。
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