008 使い魔
……仕方ない。
仮にも、命の恩人なのだ。
もしあの時にセリアが魔力を提供してくれなければ、本当に死んでいただろう。
そして、まだ幼いリゼルが、危険な森へセリアを捜しに来なければ。
更に、倒れている姉を見つけて動転していただろうに、血塗れで転がっていた俺も拾って運んでくれなければ……。
人間の寿命は、短い。……特に、医学が発達しておらず、日々の暮らしが危険と隣り合わせである、この世界では……。
だから、寿命が長いらしい俺が50年や60年付き合ってやるくらいのことは、全然大したことじゃない。
それも、可愛くて優しい、素敵な女の子とであれば、尚更だ。
セリアから見れば、俺は使い魔であり、自分が庇護すべきペットのようなものかもしれない。
……だが、俺から見れば、セリアが俺の庇護対象だ。
ま、そんな関係も、いいかもしれないな……。
* *
あの、フェンリルとかいう狼に似た動物を拾い、使い魔契約を行った後は、森へ行く必要がなくなったため、家の近くで軽い訓練をしている。
幼い狼モドキ1匹分の魔力量など、たかが知れている。なので、今まで通りの、自分ひとりでの訓練だ。
今になって激しい訓練をしても大した意味がないし、無理をして怪我をしたり体調を崩したりしては逆効果なので、あまり魔力を使わず、試験当日に合わせた軽い調整のような感じだ。
狼……、『フェン』とは色々と話したけれど、生まれて間のないフェンが魔法とか戦い方とかを知っているわけがなく、ハンター試験には何の役にも立たない。
使い魔は自分の武器のひとつだと看做されるので実技試験に参加させられるけれど、フェンでは何の戦力にもならず足手纏いになるだけだから、そのつもりはない。
フェンはこの辺りのことを色々と聞きたがったけれど、私は試験の準備でそれどころではなかったため、フェンの相手は妹のリゼルに任せていた。
理由をちゃんと説明してあげると、フェンは納得して、『試験前なら、そりゃ仕方ないよな。じゃあ、親睦を深めるのは試験が終わった後にしような』と言って、納得してくれた。
……というか、この幼さで、そして狼モドキでありながら、試験とかを理解しているの?
ちょっと頭良すぎじゃないの、この使い魔……。
「お湯が沸いたよ! 身体を拭くから、おいで!」
「「は~い」」
リゼルの声と、声に聞こえるけれど本当は心の中に直接届いているらしいフェンの返事が、同時に返ってきた。
薪も、集めるのは大変なのだ。
生木は燃えにくいし、煙や煤がたくさん出るから、長期間乾燥させなきゃならない。
1~2年かけて乾燥させたやつが売られているけど、当然ながら、うちにそんなものを買う余裕はない。そんなお金があれば、食べ物を買うに決まってる。
なので、薪は無駄遣いできない。
お湯を沸かしたら、冷めないうちにみんなで一緒に身体を拭く。それがうちでの絶対厳守事項だ。
「……ん? どうかした?」
何だか、フェンが挙動不審だ……。
「あ、いや、男の前でそんなに簡単に裸になるのは……」
は?
「フェンだって、裸じゃないの」
「あ、それもそうか!」
「それに、狼に裸を見られても、何の問題もないでしょ。
恥ずかしいのは、同族、つまり人間の成人男性に見られた時だけよ。
犬や猫、幼児とかに見られても、関係ないわよ」
「あ、私は、未成年でも、10歳以上の男の子は、ちょっと恥ずかしいかも……」
まあ、リゼルは同年齢くらいの男の子は、恥ずかしいか……。
「でも、フェンは生後数カ月だから、問題ないよ。……というか、そもそも、狼だし……」
「うん、狼だもんねぇ……。
おいで、洗ってあげるから。
……しかし、私達は布で拭くだけなのに、フェンだけお湯に浸かれるのは、妬ましい……」
(……これって、アレか? 魔法少女物のマスコットとか、人間が小動物に変身しているやつとかが、少女と一緒にお風呂に入ったり、同じベッドで寝たりするやつ……。
ええと、そういうのの呼び名があったよな。
ああ、そうだ! 確か……、『淫獣』!!)
* *
そして迎えた、試験当日。
午前中に筆記試験と面接があり、それをクリアした者だけが、午後の実技試験へと進める。
勿論、筆記試験はほぼ満点に近いはずだし、面接も、そつなくこなした。
……あとは、実技試験のみ……。
* *
自信はあったが、予定通り、午前の筆記試験と面接を無事クリアでき、午後の実技試験へと進むことができた。
実技試験は、前衛と後衛がそれぞれ3人ずつ、計6人でパーティが組まれ、同じ編成である試験官側……ギルドから依頼を受けた、Cランクのハンター達……と対戦する。
受験者側の職種と人数がうまく揃わなかった場合は、試験官側から穴埋め要員が出されるが、その者はあくまでも平均的な受験者レベルの力しか発揮しないので、受験者側に有利になることはないそうだ。
今日の受験者は、16人。……3組には、ふたり足りない。
なので、1組目は魔術師、2組目には剣士が、それぞれひとりずつ試験官側から派出されるようだ。
……私が振り分けられたのは3組目なので、全員が受験者だ。
試験官がいない方が、ある意味、やりやすいかもしれない。
対戦においては、受験者側は本気で攻撃してもよく、試験官側は、手抜きの攻撃しか行わない。
……ただし、受験者側は試験官側の攻撃が本気の攻撃であるとして、防御は手抜きなしの全力で行わなければならない。剣を受けるのも、防御魔法に込める魔力量も……。
もし防御力が不十分であったと判定されれば、そこで死亡判定を受けるらしい。
まあ、実戦であればそこで死ぬのだから、当たり前のことだ。その判定に文句を言う者は、ハンターになる資格がない。
実技試験が行われる屋外訓練場には、試験の関係者だけでなく、そこそこの人数の見物人達が集まっている。
受験者達が所属しているパーティの者、見どころのある新人がいないかと視察に来た高ランクハンター、ただの暇潰しにやって来たハンターや一般の人達、そして受験者の家族とか……。
勿論、妹のリゼルも、使い魔……というか、うちのペットになったフェンを抱き抱えて、見物に来ている。
フェンには、絶対に喋らないようにと、何度も念を押しておいた。
あの子は頭が良く、そうしなければならない理由をちゃんと理解しているみたいだから、大丈夫だろう。
使い魔であることを示す首輪をさせているから、襲われたり攫われたりする心配もないだろう。
他者と解除不能の契約を結んでいる使い魔など攫っても、契約者への嫌がらせ以外の意味がないからね。
……そして、実技試験が始まった。
最初のグループには、あの、私を現在の苦境に追いやった領主の息子、ヴァルトがいた。
予想通り堅実に実力を見せ、5人中3人の合格者の中に入っていた。
……やはり、落ちてくれるかも、という儚い望みは消えたか……。
次のグループは善戦し、5人中4人が合格。
そして迎えた、6人全員が受験者である、最後のグループ。
絶対に、合格せねば……。




