007 見習いの少女 4
「なる程……。その状況から考えられるのは、ひとつだけだよね。
この仔狼が、回復と治癒のために、お姉ちゃんの魔力を全部、根こそぎ吸い取った。それしかないよねぇ……」
「やっぱり、そうだよねぇ……」
気を失った、タイミング。明らかに魔力枯渇であると思われる症状。
それ以外には、考えられなかった。
「でも、そうかぁ……。この子と、使い魔契約しちゃったかぁ……」
リゼルも、セリアが現在置かれている状況は理解している。
そして、セリアがここ数日間、ひとりで森をうろついている理由も……。
なので、セリアのその選択が自分達ふたりの未来を不利にさせたことも、勿論理解している。
しかし、リゼルがそれを非難することはなかった。
姉は、姉の判断で自分の未来を選ぶ。
それが、当然のことだと考えているから……。
「……でも、お姉ちゃんの魔力を一瞬の内に吸い尽くし、使い尽くすなんて……。
お姉ちゃん、その時には既に魔力を使いまくった後で枯渇寸前だった、ってワケじゃないよね?」
「うん、それは勿論……」
先程リゼルが言った通り、セリアは慎重派であった。
……それも、『超』の字が付くくらいの……。
なので、枯渇寸前になるまで魔力を使うことなど、あり得ない。
それに……。
「まあ、そもそも、こんな小さな仔狼に、そんなに大量の魔力を受け入れられるわけがないよね。
……多分、小さな命が消えることを憐れまれた女神様が、この子に力をお貸しくださったのだろうね」
妹のそんな考察に、少し納得できないかのような顔の、セリア。
しかし、他に説明がつくような理由も思い浮かばない。
なので、手を合わせて……。
「女神様、仔狼に御慈悲をお垂れになるのはよろしいのですが、……その、私の安全とか幸せとかにも、ほんの少しでいいですから、御配慮いただけますよう……」
「お姉ちゃん、図々しい者には、女神様が御慈悲を賜ることはないと思うよ」
「……あ、うん……」
なかなか、姉に厳しいリゼルであった……。
* *
(……知らない天井だ……)
母親と住んでいる、あの洞窟の岩肌ではなく。
そして勿論、日本の安アパートでもなく……。
(ここは……? 俺は、どうしてこんなところに……)
状況が分からないが、こういう事態は2度目である。なので、前回よりは落ち着いている。
(身体は、……フェンリルのまま。ということは、今までのことは全て夢で、病院のベッドで目が覚めた、というわけじゃないか……)
藁が敷かれた、木箱。
(それなりに、もてなす意思はあるようだな……)
ちゃんと箱の中に入れ、しかもわざわざ藁を敷いているということから、自分をここに入れた者の誠意をきちんと読み取っている、フェン。
(いったい、何が……、って、血塗れ! 俺、血塗れっっ!!)
わふん!
「あっ、目が覚めたみたいだよ!」
血塗れの自分の身体に驚いたフェンが、思わず声を漏らして箱の中で立ち上がると、そんな声が聞こえた。
フェンが視線を上に向けると、その目に映ったのは、14~15歳くらいと10歳前後の、ふたりの可愛い少女の嬉しそうな顔であった。
「…………誰? そして、ここ、どこ?」
「……」
「…………」
「「………………」」
「「ぎゃあああああ、シャベッタアアアアァ〜〜!!」」
* *
「……なる程……。じゃあ、事故で何かに巻き込まれて、気が付いたらここ、ってわけね?」
「うん……」
俺を助けてくれたらしい姉妹に、決して嘘ではないけれど大幅に省略した説明をした。
転生とか異世界とか、そして俺が元は人間で成人男性だったとかは、余計な疑惑や混乱を招くだけなので、全面カット。
別に、嘘を吐いたりはしていない。一部、喋らなかったことがあるだけだ。
そして俺が人間の言葉を喋ることができる……ように見えている理由は、正直に話した。
喋っているように見えるけれど、実際には俺は声を出しておらず、精神感応によって直接心の中に話し掛けているのだということを。
そしてこれは自分の種族は皆できることであり、母親もそうであったということを……。
俺、母親以外の同族には会ったことがないけどね。
それでまあ、俺が口を閉じたまま精神感応で話し掛けたり、吠えながら喋ったりして、俺が別に人間の言葉を喋っているわけじゃないことを納得させたわけだ。
……そもそも、フェンリルの口や声帯は、人間の言葉が喋れるようにはできていないしな。
あ、勿論、俺は相手が考えていることを全て読み取れる、ということはなく、自分に対して話し掛けている内容が読み取れるだけであることも伝えている。
これを教えておかないと、このふたりがやりづらいだろうからな。
それでまあ、俺がどこにいたかも分からないし、このふたりはフェンリルとか喋る狼とかについては聞いたこともないそうだし、……つまり、母ちゃんのところへ戻る手掛かりは、今のところ、ゼロってわけだ。
……ハァ……。
いや、まぁ、数カ月間とはいえ、愛情たっぷりに育ててくれた母ちゃんには恩があるし、お腹を痛めて産んでくれたことには、感謝してるよ。立派に育った姿を見せて、恩返しをしたいとは思っている。
……でも、まぁ、数カ月間だけのことだし、母ちゃん、強い上に長生きする種族らしいんだよ。
勿論、俺もだけどね。
そして、一度に産む数は少ないけれど、俺の兄や姉の数は、かなり多いらしいのだ。長命だからね。
更に、これから先も、たくさん産むだろうしね、俺の弟や妹を……。
だから、別に俺1匹くらい行方不明になっても、母ちゃんはあんまり気にしないだろう。一族の血筋が途絶えるというわけでもないし。
……よし、OK!
別に、元のところに戻るために人生……フェン生を懸ける必要はないか!
俺は、ここで楽しいフェン生を送るのだ!
うむうむ……。
しかし、転生、それも狼っぽい動物に転生しただけでも信じられない思いだというのに、僅か数カ月で、今度は異世界転移とか……。
もう、お腹いっぱいだよ……。
いや、状況も分からずに勝手に異世界だと決めつけるのもアレなんだけど、どうも同じ世界とは思えないんだよね。
何しろ、この姉妹はド田舎暮らしで文明から隔絶しているわけではなく、一応は町に所属しているらしいのだ。
なのに、お城を持っているフレイヤのことを知らなかったし、俺達『人間と意思を通じ合わせられる生物』のことも、あの戦乙女の候補生達のことも、何も知らなかったからなぁ……。
いくら何でも、戦乙女の本隊、その候補生、候補生の候補生達と、かなりの人数が世界各地をブンブン飛び回っているんだぞ。
別の国だとか、別の大陸だとかいうぐらいで、全く知らない、話に聞いたこともない、っていうのは、ちょっと無理があるだろう……。
そういうわけで、とりあえず、この辺りのことが分かるまではこの姉妹のところでお世話になるつもりなのだ。
強欲な大人の世話になったりすると、『喋る狼』だとかいって、見世物にされたり権力者に売られたりしかねないからなぁ。
その点、この姉妹ならそういう心配はなさそうだ。
なので、俺が喋れることを他の者には秘密にすれば……。
「……え? 使い魔? 契約?
何じゃ、そりゃああああぁ〜〜!!」




