005 見習いの少女 2
最初は、セリアを追い出すようにというヴァルトの命令を断っていたパーティメンバー達であるが、差し出された金貨を見て、コロリと態度を変えた。
面倒を見る、とはいっても、見習いは雑用や荷物持ちとして働き、獲物への攻撃にも参加する。
そして一人前のメンバー達に較べると遥かに低い賃金であるため、別に厄介者であったわけではない。十分に賃金分の仕事は果たしていた。
雇用条件が異なるだけであり、立派なパーティの一員、仲間であったはずである。
……それが、僅かなお金により、簡単に裏切られた。
確かに、お金だけではなく、領主の息子に睨まれるということを危惧したというのも大きな理由のひとつではあろうが、一応、ハンターギルドは貴族や王族の命令すら拒否できる、ということになっている。……建前としては。
なので、これは『お金に目が眩んで、セリアを裏切った』ということになる。
そのため、もし試験に落ちれば、今のパーティからは追い出される。
いや、たとえ合格できても、セリアは自分を裏切ったパーティに残留するつもりはないであろうが……。
信頼し、安心して背中を任せることができないような者達とパーティを組む者はいない。
一度裏切った者達は、同じような場面で、また裏切るであろうから……。
そして試験に落ちた場合、次の試験までの半年間だけ加入させてくれるパーティはないであろう。
どこも、10歳を過ぎた子供達の中から有望な者を探して加入させ、じっくりと育てているのである。試験に落ちて他のパーティが見放した者を、次の試験が受けられるまでの半年間だけ面倒を見てくれるなどというお人好しなパーティは、まず、ない。
いくら見習いとはいえ、戦いの場においては、互いの命が懸かっているのだから……。
それに、今いるパーティから追い出されるように仕向けたのである。他のパーティに加入させてもらおうとしても、妨害されるに決まっている。
こうなっては、絶対に今回の試験に合格するしかない。
見習いではなく、一人前のハンターであれば、どこかのパーティに入れてもらえるし、ソロで活動することも、妹を見習いとして自分とふたりで活動することもできる。
また、妹と一緒に、ふたりでこの町を捨てて他の町へ行くこともできる。
試験に合格し、一人前になれさえすれば……。
しかし、それには大きな問題がふたつあった。
ひとつは、ヴァルトが試験において妨害を企む可能性。
普通のハンターにはそのようなことは不可能であるが、領主の息子として、圧力や買収等が可能であるかもしれない。
そしてもうひとつが、セリアのハンターとしての能力であった。
両親が共にハンターであったセリアとリゼルの姉妹は、2年前に両親を一度に失った。
両親が所属するパーティが、商隊の護衛依頼において大規模な盗賊団に襲われて、全滅したのである。
商人は、『また、稼いで商隊を組んで、俺達の獲物になってくれよな!』と言って、身ぐるみ剥がれた後で解放されたが、護衛の者達は武器防具を奪われた後、皆殺しになった。
その後、8歳の妹とふたりだけになった12歳のセリアは、生きて行くために見習いハンターとして働き始めたのであるが……。
姉妹には、ハンターとしての大きな利点と、……そして大きな欠点があった。
利点は、親から受け継いだ、魔法を使うことができる体質。
……そして欠点は、姉妹ふたりともが、その魔法の能力において弱点を抱えていることであった。
妹のリゼルは、魔術師としてはごく普通の魔力量と、普通よりかなり大きな放出能力を持っていた。
しかし、細かなコントロールが不得手であり、魔法の威力は大きいものの、一度に大量の魔力を消費するため、大きな魔法を数発撃てばすぐに魔力切れ、という、使いようによっては役に立たなくはないけれど、たくさんの魔物が住む森の中での長時間行動が多いハンターとしては、ちょっと使いづらいタイプであった。
10歳になった今は、見習いとしてパーティに所属できる年齢ではあるが、まだ見習いにはなっていない。
そして姉のセリアは、職種が後衛の魔術師であるにも拘らず、魔力量が標準的な魔術師の半分程度しかなく、放出能力もまた、かなり小さかった。
それは、タンク容量が半分しかない上、ホースも細くて少しずつしか出せない、ということである。
……魔力量が少ない上、威力の弱い魔法しか使えない魔術師。
とても、仲間として同じパーティで一緒に戦いたい、と思ってもらえるような能力ではなかった。
しかし、それを補うため、セリアは勉強し、努力を続けた。
その結果、飛び抜けた魔法の制御能力を身に付け、少ない魔力量で効果的な使い方を、そして工夫による器用な使い方をすることによって、その欠点を補えるようになっていた。
そのことをよく知っているパーティメンバー達は、雑用を何でもこなし真面目に働くセリアのことを仲間として認めていたが、他のパーティの者達はそれを知らない。
そしてヴァルトによってセリアの弱点だけが悪意をもって吹聴され、更にセリアを加入させると領主の息子に目を付けられ嫌がらせをされるであろうということが分かっていて、セリアを受け入れようと考えるパーティなどいない。
なので、今回の試験に落ちた場合、自分と妹が生きて行くためにセリアが選べる選択肢は、ふたつしかなかった。
領主の息子という立場を利用してヴァルトが立ち上げるパーティに加入して、ヴァルトの言いなりになるか。……もしくは、ハンターの道を諦めて、他の仕事に就くか……。
しかし、小さな田舎町で15歳の少女が就ける仕事は限られているし、どのような職に就こうが、領主の息子であるヴァルトが妨害しようと思えば簡単であり、面倒事を嫌がった雇い主に解雇されるのは目に見えている。
ヴァルトも今回ハンターの試験を受けるのであるが、幼い頃から真面目に鍛錬を続けていたヴァルトが不合格になる確率は低く、そしていくらハンターギルドが貴族の圧力に屈しない組織であるとはいえ、特に問題もないのに領主の息子を落とすとも思えない。
どうせお金でベテランを雇った接待パーティでのお遊び程度であろうから、本人の実力などどうでもいいと考えて、わざわざ波風を立てようとは思わないであろう。
……なので、結局、セリアが取れる手段は、ただひとつ。
絶対にハンター試験に合格し、妹と共にこの町を出る。それのみであった。
もし落ちたなら、やはりこの町を出るしかないが、その場合、移動した先でまともな職に就けるかどうか分からない。
妹と暮らすためには、春をひさぐことが必要になる可能性も……。
そしてセリアが今、『強力な使い魔』を求め、森を歩き廻っている理由。
……それが、セリアが考えた『ハンター試験に合格するための、必勝法』なのであった。
『使い魔』。
それは、魔術師が動物や魔物と魔力的なパスを繋げることによって、ある程度の意思疎通を可能とするものである。
パスを繋げるには双方の同意を必要とする、ということになっているが、実際には、力で相手を屈服させたり、パスを繋げないと死ぬ、というところまで追い詰めて他の選択肢をなくしたりと、割と強者の好き放題、という面がある。
とにかく、魔力的なパスを繋げることによって、相棒が手に入るわけである。
戦闘力が高い使い魔を手に入れるに越したことはないが、この使い魔獲得には、ふたつの問題点があった。
そのひとつは、人間の能力では使い魔は1体しか使えないこと。
これは、パスを繋ぎ維持する能力の問題なので、使い魔が死んだ場合には、新たな使い魔とパスを繋げることができる。
……しかし、一度繋げたパスを、双方が生きているのに切断することはできない。
自分の使い魔を殺して別の使い魔を、と考えるような者は、そう多くはない。
パスが繋がっているせいか、そういう所業は大抵新しい使い魔に察知されて、関係が拗れる……指示に従わない、戦闘中にフォローせず人間側が死ぬように仕向ける、等……ことになるからである。
まあ、それ以前の問題として、自分の相棒を殺そうとする者は、そんなに多くはない。
そしてもうひとつは、『パスで繋がっているため、魔力量が共有される』ということである。
人間の魔力量が100、使い魔の魔力量が10だとすると、両方合わせて、110の魔力量となる。
……セリアが狙っているのは、これであった。
使い魔の魔力を足せば、使用可能な魔力量が増える。
なので、魔力量が50とか60とかの魔物を手に入れられれば……。
それによって、魔力容量が少ないという欠点をカバーできる上、戦力としても期待できる。
ならば、それは利点であり、問題点ではないのではないか?
……そう。これには、大きなデメリットもあった。
自分が使うより先に、使い魔が勝手に魔法を使いまくった場合、自分が使える魔力量が普通より更に少なくなってしまうのである。
それを防ぐには、魔力量は多いが自分では魔法を使えないものか、勝手に魔法を使わないように、という指示を守れるくらいの知能と服従心を持つものを使い魔にするしかない。
しかし、魔力が多いものは無意識に身体強化や防御に魔法を使うものであり、頭が良くて服従心の強いものも、滅多にいない。ましてや、それらを全て兼ね備えるものなど……。
そう、これら全てに該当する使い魔候補など、そうそういるものではないのである。
また、僅かな魔力量増加のために使い魔の世話をするのは、面倒であり、お金も掛かる。
戦闘時には、護ってやる必要もある。
そのため、使い魔を持つ者は殆どいなかった。
セリアのような、特殊なケースを除いて……。
そういうわけで、魔力量が多く、頭が良く、従順で、身体が小さくて餌代があまり掛からず、可愛くてカッコ良くて強い、自分の使い魔候補を捜しているセリアであるが……。
「……いないなぁ……」
当たり前である。
そんな便利な使い魔がいれば、みんなが使い魔を持っているであろう。
だが、実際に使い魔を持っている者は殆どおらず、……それが、全てを物語っていた。
……しかし、今のセリアには、そういう使い魔が必要なのであった。
どうしても……。




