003 淫じゅ……いやいや、神獣目覚める 3
「フレイヤ様、フェンリルの女王が、子供を捜して大騒ぎをしているそうでございます」
「……え? あのいたずら坊主のこと? あの子がどうかしたの?」
使用人のウェリトがわざわざそんなことを言いに来たため、なぜ自分にそのような無関係なことの報告を、と考えながらも、何か理由があるのかと思い、先を促したフレイヤであるが……。
「何でも、昨日からねぐらに戻っていないとか……。
そして、最後に目撃されたのが、この城に入っていく姿だったとかで、城内を捜させろと、正門前で……」
「……え?」
昨日、確かにフェンリルの仔がここへ来た。
そして、悪戯の域を超えた悪さをしていたため、蹴り飛ばした。
別に怪我をするほどの強さではない。魔力を込めて蹴ったため、あの仔の魔力の半分くらいが自動防御に使われて消し飛んだであろうが、そんなものはひと晩で回復するはずである。
それに、ウェリトに命じて医務室に運ばせたから、しばらくして目を覚まし、帰ったはずである。
行方不明になったとすれば、その後であろう。
そう考えて、なぜウェリトがフェンリルの女王にそう伝えなかったのかと、首を傾げるフレイヤ。
「ウェリト、あなた、昨日この部屋の向かいの物置から、あの子を医務室に運んだわよね?」
「え? あ、はい……」
「そのことを、女王に伝えなかったの?」
「……は?」
何を言われているのか分からない、というような顔で、フレイヤの顔を見詰めるウェリト。
「あ、あの、どうしてそのようなことを、フェンリルの女王に伝える必要が?」
「……え?」
「……」
「「…………」」
「いえ、ウェリト、あなた、フェンリルの仔を医務室に運んだわよね、昨日……」
「え? いえ、私が昨日物置から医務室まで運んだのは、物置の中で収納物を磨いて手入れしておりました、若いメイドですが……」
「……え?
え、ええと、……フェンリルの仔は?」
「見掛けておりませんが……」
「え……、えええ……、えええええええっっ!!」
愕然。呆然……。
「そっ、そのメイドを、今すぐ呼んで来なさい! 急いで! 早くっっ!!」
「は、はいっ!」
* *
「……では、あなたは物置で収納物の手入れをしていた、と……」
「はい」
「そして、いきなり何かがぶつかってきて、気を失った、と……」
「はい」
「その時磨いていたのは、下級神具である『界渡りの鏡』だった、と……」
「はい……」
なぜ自分のような下級メイドが主人に呼ばれたのか分からず、ガチガチに緊張しながらも、必死に質問に答えるメイド。
そして……。
「ヤバいいいいぃ!!」
思わず悲鳴を上げる、フレイヤであった……。
* *
『……では、何か? 120年振りに生まれた愛しき我が子は、そなたの蹴りを受けて、その「界渡りの鏡」とやらにぶつかった衝撃で、鏡の誤作動に巻き込まれて何処かへと飛ばされた、と?』
「……遺憾ながら……」
『その「界渡りの鏡」は下級神具であり、正しい使い方で、行き先を強くイメージしないと、どの世界の、何処へ飛ばされるか分からぬ、と?』
「……遺憾ながら……」
『……で、愛しき我が子は、いつ戻る?』
「……遺憾ながら……」
『いつ戻る?』
「…………」
『いつ戻る?』
「………………」
* *
「あああああああ!! 大変なことになっちゃったあぁ……。
何とか女王には帰ってもらったけど、凄い殺気だったわよ……。
どっ、どうすれば……」
頭を抱えて呻く、フレイヤ。
「フレイヤ様、まだ慌てるような時間ではございません!
いくら幼子とはいえ、フェンリルの仔なのですから、下位の次元世界へ飛ばされたとしましても、そう簡単に死ぬようなことはございませんよ。
下位世界では、上位世界であるここの生命体は存在密度が高いため、身体能力も魔力もかなり強力となるはずですから……。
あの下級神具では界渡りの際にかなりの負担がかかりますが、何、生後半年のフェンリルの仔であれば、身体強化と防護障壁に全魔力量の半分少々を使えば、無事に渡れると思われますし……。
魔力が足りなくて界渡りに耐えられず消滅、という可能性は、そう高くはありますまい」
本来であれば安心要素であるはずのウェリトの言葉に、ぎくり、と顔を引き攣らせるフレイヤ。
そして、一流の使用人であるウェリトは、勿論、それを見逃すようなことはない。
「……フレイヤ様?」
「……」
「……何がございました?」
「…………」
「…………何が、ございました?」
「……半分以上……」
「はい?」
「あの子は、自分の全魔力量の半分よりちょっと多くを、魔力を纏わせた私の蹴りから身体を護るために使ったと思うの……。
……界渡りをする、直前に……」
「……」
「…………」
「「………………」」
「……一応、皆に状況を伝えて、異世界に渡る時にはそれとなく確認するよう指示しておきましょう。
世界はあまりにも多く、そしてあまりにも広大です。更に、消滅せずに渡れた可能性は低く、もし渡れたとしても、とても無事とは思えません。
ですので、捜索のために人手を割くのも、他の任務で異世界へ行った者が本来の任務に専念せず捜索に労力を割くというのも、負担が大きいばかりで殆ど意味はありません。
なので、一応心に留めておく、という程度にしか指示できませんが……。
ただ、それですと……」
「……ええ。納得してくれないわよねぇ、フェンリルの女王が……」
そして、がっくりと肩を落として俯く、ふたりであった……。




