4話 設計と出会い
咲夜は、自販機で買った商品で食事を取ったあと、部屋で図面を書き続けていた。
その手には定規やコンパス、分度器が握られている。設計直前に必要な道具が足りないことに気づき、製作機で作ったものだった。幸い、作成費用は安く、合計でわずか5,000Gほどしかかからなかった。
すでに書き始めてから3時間ほど経っている。だが終わりは見えず、すでに紙の枚数は40枚を超えていた。描かれているのはねじ、ピストンなど、各部品の詳細図ばかり。そのため、量は膨大になっていた。
「終わったー……!」
咲夜がようやく書き終えたのは、ゲーム内で1日が経過した頃だった。
最終的には約60枚もの設計図になり、必要な部品がびっしりと三方向で描き込まれている上に必要な部分は詳細に書き込まれていた。
「さて……登録してみるか」
部屋を出ようとしたとき、部屋の利用料金の請求が届いた。
金額は思ったよりも安く、「なるほど、あの連中がここを拠点にしていたのも納得だ」と咲夜は呟いた。
この家は購入したものではなく、月額10万G(ゲーム通貨)の賃貸物件である。現実通貨ではなくゲーム内決済で支払う形式だ。
固定資産税は掛からないが、その代わりに家賃が自動的に引き落とされる仕様だった。
製作機がある1階に降り、設計図の束を抱えて向かうと、すでに先客が一人いた。
「あー、できない……!」
製作機の前に立っていたのは女性だった。服装は咲夜と似ていたが、体のラインが女性そのもので、手には何枚かの紙を持ち、困ったように眉を寄せている。
咲夜は気づかれないように静かに階段を降りたが、最後の段差で足を滑らせ、派手に転んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、はい……大丈夫です」
幸い、図面は紐でまとめていたため散乱せずに済んだ。咲夜は紙束を拾い上げ、立ち上がる。
「すみません、少し先に製作機を使ってもいいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
礼を言って、咲夜は製作機の前に立った。
紐を解き、設計図をスキャン口に入れる。図面が1枚ずつ吸い込まれていき、束の厚みが徐々に減っていく。
全ての読み込みには5分ほどかかり、その後表示された請求額は50,000Gだった。
「おお、結構かかったな……」
しかし、放っておけば他のプレイヤーに模倣される恐れもある。咲夜は迷わず支払いを済ませた。
その直後、電子端末に通知が入る。
内容を確認すると、特許登録の完了通知だった。驚くことに、マーリンエンジン単体だけでなく、ピストン・コンロッド・カムシャフト・ベアリング・チェーンなど、約10種類の部品が同時に登録されていた。
ただし、注意書きには「サイズ・形状に基づく登録も含む」とあり、完全なパーツの独占と独占の2種類があることが分かった。
「あの、少し質問してもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
先ほどの女性が咲夜に声をかけてきた。
「初めて数時間なんですが、どうやって作ったんですか?」
「作りたいものを紙に描いて、それを入れるだけですね」
「えっと……こんな感じで描いてみたんですが」
彼女が差し出した紙には、細かく装飾が描かれたバレッタの設計図があった。デザインは精密だったが、数値が一切書かれていない。
「これ、材料は入れました?」
「はい。これです」
女性が差し出したのは、大きな金属片だった。どう見ても重そうで、1キロはありそうだ。
だが、紙に描かれたバレッタは精巧で、形も整っている。
咲夜は気づいた。――寸法を指定しない場合、製作機は投入された材料の全量を使って製造してしまうということに。
「なるほど……少し見せてもらっても?」
「はい、お願いします」
咲夜は紙を受け取り、近くの机に広げた。
「このバレッタ、全長はどのくらいにしたいですか?」
「うーん、6センチくらいですかね」
「横幅は2センチくらいでいいですか?」
「はい」
咲夜は素早くその寸法を書き込み、線を引き製作図を修正した。女性はその手つきを目を丸くして見つめている。
「これで大丈夫だと思います」
「本当に?」
「寸法がなければ、どんなに精巧でも意図したサイズにはならない。そう考えています」
「なるほど……その情報、どこで知ったんですか?」
「秘密です。それより、一度作ってみましょう」
女性は笑いながら頷き、改めて製作機に図面と鉄インゴットを入れた。
今度はすぐに料金が表示され、支払いを済ませると、機械が稼働を始めた。
5分後、ドアが開き、手のひらサイズのバレッタが出てきた。
しかも、インゴットの残りも一緒に戻ってきた。
「できた!ありがとうございます!」
「うまくいって良かったですね」
彼女は嬉しそうに笑い、改めて自己紹介をした。
「中野瑠璃といいます」
「咲夜です。こちらこそ、ありがとう」
「もしよかったら、連絡先交換しませんか?」
「いいですよ」
二人は電子端末を取り出し、IDを交換した。
「ちなみに、どこに住んでるんですか?」
「ここから5分ほど歩いた2100番台の区画です」
「えっ、私も2100番台ですよ!」
「そうなんですか。じゃあまた会うかもしれませんね」
「はい、ありがとうございます!」
そう言って咲夜は軽く手を振り、工場を後にした。
背後で瑠璃が嬉しそうにバレッタを覗き込んでいる姿を見て、少し笑みを浮かべた。




