終わりの無い夜もある
俺の名前は柊碧人。何処にでも居る平凡な若者として高校生活を謳歌してる。今日、幸運なことに、密かに思いを馳せている桜井さんと一緒に下校することになった。
ーーーー話は1時間ほど前に戻るーーーー
先生「それじゃ、HRは終わります。掃除が終わった後、大学推薦組の面接対策をするから対象者は残って下さいね。」
またこの時間がやって来てしまった。対策の内容は口頭試問。よりにもよって今日は俺がトップバッターだ。人見知りを極めている俺にとって人前で喋ることは拷問に近い。勉強×コミュニケーションから逃げて来た俺にとって面接官の前で喋りながら問題を解いて行くのは最早、曲芸の類だ。ただこんな俺に付き合ってくれるというのだからこれ程ありがたい話はない。担任の先生は嫌いじゃ無いし、むしろ他の先生に比べれば仲は良い方だから少しは気が楽だが、勿論、緊張する。
クラスメイト「碧人~、俺今日は早く帰らなくちゃだからさ、面接対策の順番入れ替わっても大丈夫か?」
碧人「全然大丈夫。むしろそっちの方がありがたいかも」
嬉しい誤算だ。これが初めての対策という訳でもないが、初めに喋るのは勘弁だったからだ。頭の中で入室から席に着くまでの動作を反復していた矢先、もう俺の順番が回って来た。
30分ほどの口頭試問を何とか乗り切り、帰りの支度をしていた時に先生が俺に言った。
先生「碧人。本当にすまないが、この本を図書室へ返してくれないか?頼まれてくれると非常に助かる。」
嫌すぎる。ただ、推薦で大学へ行こうとしている以上、先生からの頼まれ事を断る道は無い。
碧人「はい。分かりました。」
面倒事が終わり、もう帰れると思っていた時に起きた思わぬハプニング。なにせ図書室はここから少し離れた別の棟だ。億劫に感じるのも仕方がない。しかし、返しに行かなければ後で何を言われるか分からない。そんな事を考えながら俺は、図書室へと向かった。
変わり場絵しない校舎を歩いて数分。図書室に辿り着いた。靴を脱ぎ、揃え、スリッパを履いた。
ドアを開き、司書さんに本を返した。簡単な仕事も終えたのでそのまま帰ろうとした時、ふと思った。それにしてもこの学校はホントに本の種類が豊富だ。幼い頃から本の虫だった俺にとってここは天国だ。図書当番として昼休みに強制労働を強いられる事が無ければ俺は図書委員になっていたであろう。だがしかし、今は帰る事が先決だ。真っ直ぐに帰ろうとしてドアに触れようとした時、声を掛けられた。
玲奈「あ、碧人君だ。今から帰るの?」
驚いた。まさか俺が今、密かに片思いしている、桜井玲奈が現れたからだ。
碧人「そっ、そうだよ。今から帰るとこ。桜井さんは図書室に用事?」
玲奈「うん。本を返しに来たの。そうだ!すぐ返し終わるし良かったら一緒に帰らない?電車も一緒だし。」
碧人「分かった。じゃあ、待ってるね。」
まじか。俺は今、間違いなくここ最近で一番胸が高鳴っている。先生、ありがとう。図書室に行く用事を作ってくれて。名前も朧げなクラスメイト君、ありがとう。順番を入れ替えてくれて。
まさか桜井さんが誘ってくれるなんて思いもしなかった。灰色の学生生活に華やかな色が乗った気分だ。
程なくして桜井さんは本を返して戻って来た。
桜井「おまたせ~!それじゃあ帰ろっか。」
桜井さんと下校することになった。いつもの校舎が何だか新鮮で、妙に落ち着かない。他愛のない雑談が俺にとって幸せだった。あぁ、こんな、ありふれた日常がずっと、続いて欲しい。そう思った。夕焼けが街を染め、彼女を淡く照らす様はまるで、世界に一つしかない宝石が輝いて見える様だった。やがて駅に着いて改札を通り、電車が来るのを二人で待った。そろそろ俺の会話のストックに底が見えた頃、彼女は言った。
桜井「やっぱり、人と話すって楽しいね。私友達居ないからこうやって話してくれるのが凄く楽しいし、嬉しい。」
碧人「ほんと?そう言ってくれると俺も嬉しい。でも、桜井さんは普段クラスの女子達とよく一緒に居るから友達多いと思ってた。」
桜井「。。。そうだよね。そう見えるよね。」
どこか悲しげな表情を見せる彼女に俺は胸騒ぎを覚えた。俺はそんなに鈍くない。もしかしたら桜井さんはいじめられているのかもしれない。ならば守らねば。好きな人一人守れなくて何が男だ。
ただ現実は難しい。他人に首を突っ込まれるのは嫌かもしれない。それで事態が好転した経験が無ければなおさらだ。でも、これだけは言っておこう。
碧人「俺は桜井さんの友達だよ。友達だから困ってたら助けるし守りたい。言いにくい事も沢山あるだろうけど、必ず力になるよ。」
そう言うと、彼女は困った様な、嬉しい様な顔を見せた。
桜井「ありがとう。本当に嬉しい。」
駅のベンチに腰掛ける二人の様子は、他人の目から見ても近しい関係に見えたであろう。だけども俺の内心は穏やかじゃない。如何にかして彼女の平穏を取り戻そうかと思案していたからだ。
ーーーまもなく、1番乗り場に、列車が参ります。黄色い線の内側まで、お下がりくださいーーー
俺と桜井さんは電車に乗った。二人席に腰を下ろし、息をつく暇もなく電車は走り出した。桜井さんはスマホを俺に向け、こう言った。
桜井「ライン交換してなかったね、聞いて欲しいこととか、相談したいこととかあるし、、良かったら交換してほしい。」
碧人「もちろん!」
頼ってくれた事が素直に嬉しかった。心なしか彼女の顔が赤い様にも感じた。揺れる電車に、お互いの肩が少し触れ合う。。。。セクハラにはならないよな。。
太陽が沈み、月が姿を現す時間。先程前の、茜色をした空が嘘みたいに暗い。何度も見て来た風景が、思い人が隣に居るだけで違った物に見える。電車はいつものトンネルに入り、ガタン、ゴトンと鳴らしながら前へ進む。進む、進む、進んでいく、、、
ある違和感を覚えた。長いのだ。いつもより。
時間はいつもより短く感じることはあれど、この状況で長く感じることはあるのだろうか。ただそれ以上に何かが変だ。
その違和感は彼女も抱いていた。
桜井「ねえ。電車って、もともと私たち二人だけだったっけ」
はっとした。下校や仕事帰りの時間が重なっている以上、この人気の無さは気味が悪い。当たり前だが、桜井さんも動揺している。「大丈夫だから」そう声を掛けて手を握ると少し落ち着きを取り戻してくれた気がする。車掌さんの所に行こうかと思った瞬間、トンネルから抜けた。
暗いのは当然だが、暗すぎる。そこに広がるのは僕たちが住む町では無く、無慈悲なまでに広がる闇がそこにはあった。二人で身を寄せ合っていると車内にアナウンスが流れた。
ーーー次は、常夜駅、常夜駅、お出口は左側ですーーー
案の定、聞いたことのない駅名だった。だがそれ以上にもうこの電車には乗っていたくなかったのが二人の総意で、降りることになった。
そこから俺と彼女の、終わりがあるのか分からない。そんな夜を歩む旅が始まった。
はじめまして。社会人1年目のでんりょくと申す者です。これからゆっくり投稿していきますので、是非見てやって下さい。