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第2章

連絡先を削除したあと、私はしばらくのあいだ、情報の海から距離を置くことにした。

スマートフォンの電源を落とし、SNSも閉じた。誰にも“読まれない”場所に戻るために。


だが、情報の断絶よりもきつかったのは、感情の残滓だった。彼の言葉が、まだ脳内で発火していた。


「君は、誰にも理解されない。でも、僕だけは違う」


この言葉が脳の奥に棲みついて、まるで神経伝達物質のように、何度も自己肯定と孤独を交互に刺激する。

論理ではもう彼を否定できていたはずだった。それでも、ある種の“幻覚”のように、彼の影はしつこく残っていた。


その夜、夢を見た。


誰もいない図書館。棚という棚に白紙の本が並び、私はページをめくっては、何もない空白に眼を走らせていた。唯一文字のある本が、彼の言葉だった。「君は孤独だ」

それが唯一、記録された言葉として残っていた。


私は目覚めて、ベッドの上でしばらく動けなかった。


ある日、ふと立ち寄った書店で、一冊の本が視界に入った。『自己と他者のあいだ ― 心理的境界の科学』

著者の言葉が、私をすくい上げるように刺さった。


“共感とは、他者に入り込むことではない。自分と他者の境界を尊重したまま、それでもなお関心を向ける技術である。”


私は思い出した。彼は、境界を越えた。まるで私の精神の背後に回り込み、共感という名の鍵で扉を開けた。

だが、真の共感とは「距離を保ったまま、それでも見つめ続けること」だったのだ。


私は静かに回復していった。

具体的な方法は、科学的だった。瞑想。ジャーナリング。脳波バランスを整えるオーディオセラピー。

でも、それ以上に重要だったのは、自分の“欠落”を拒絶しないという態度だった。


誰にも理解されないと思った自分。

理解されたくて仕方がなかった自分。

「強がっていたつもりの私」ではなく、「孤独に怯えていた私」が、やっと言葉になり始めた。


それは自己受容であり、もう一度、他者との「再接続」へ向かう準備でもあった。


数ヶ月後、彼から一通のメールが届いた。

そこには「久しぶり。元気?」という短い言葉だけがあった。


私は、驚きもしなかった。

それは、もう私を“動かす”力を持っていなかったから。


だが、私は返事を書いた。


「私はもう、あなたが理解者になってほしいとは思っていません。

でも、かつてあなたが語った孤独の景色は、たしかに私の心に共鳴しました。

私の孤独もまた、本物だった。

だから、ありがとう。

でももう、私の地図には、あなたの座標は必要ありません。」


送信ボタンを押すとき、指は震えていなかった。

その瞬間、私はようやく「接続」ではなく「自律した関係」のための、新しい再接続の扉を開いたのだと確信した。

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