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第5章


僕は、目の前の鎖で閉ざされた扉を仰ぎ見た。その厳重な南京錠は、僕の記憶の堅牢さを物語っているかのようだった。アイボウは、「そういうことだ」 とだけ答えた。この夢の中では、僕の行動一つ一つが、この世界のルールとメンタルロックの解除に繋がるのだと。


僕が部屋を見回していると、壁の隅に、薄暗い中でわずかに光る「スイッチ」のようなものを見つけた。それは、薄い紫色の光を放ち、僕の注意を惹きつけた。「スイッチだ、紐はもうない」。アイボウの声が、その存在を教えてくれる。


アイボウは、そのスイッチへと移動する。「これでスイッチを入れられるな」。彼女は、そう呟いた。


そして、彼女はスイッチに手を伸ばし、それを押した。部屋に、わずかな光が灯る。部屋の隅に、まるでバラの花のような形をした、ピンク色のフロアスタンドが浮かび上がった。その柔らかな光は、薄暗かった部屋に、かすかな色彩を添える。


「よかったな、さわれそうな場所が増えたぞ」。アイボウの声には、僅かな満足感が滲んでいた。光が当たったことで、僕が干渉できるオブジェクトが増えたのだ。


だが、僕はまだ眠い。この夢の中での活動は、僕の精神を著しく疲弊させていた。

「寝たい…」。僕の口から、本音が漏れた。意識は朦朧とし、思考はまとまらない。


アイボウは、僕のその言葉を無視するように、フロアスタンドに視線を向けた。「フロアスタンドの、ライト部分が薔薇の形をしている」。彼女は、淡々と目の前のオブジェクトの形状を説明する。


僕は、そのフロアスタンドに近づき、その光に触れようとした。しかし、またしても、僕の指先は空を切る。触れることができない。


アイボウは、僕の行動を冷静に見つめていた。そして、その瞳の奥に、不敵な光を宿しながら、突然、奇妙な行動に出た。彼女は、フロアスタンドに向かって、大きく足を振り上げたのだ。


「オラァッ!」。

アイボウの、力強い叫びが、部屋に響き渡った。彼女の足が、フロアスタンドの根元を、容赦なく蹴り飛ばす。その衝撃で、フロアスタンドは、まるで生命を宿したかのように、勢いよく飛び上がり、空中で一回転して、そのまま遠くへと消え去った。


「そんなに強く蹴らなくても…」。僕は、呆れと困惑の入り混じった声で呟いた。彼女の行動は、僕の常識では理解できない。


アイボウは、僕の言葉に、不敵な笑みを浮かべたまま答えた。「いつでも全力で私がモットーだからな」。その言葉に、僕は何も言い返せない。


「びくともしないが…」。僕は、目の前にそびえる巨大な骸骨の頭蓋骨を見上げた。それは、微動だにしない。アイボウがどんなに「全力」を出しても、この夢の世界の根幹を成すものは、そう簡単には動かせないのだ。



僕の目の前には、巨大な頭蓋骨が不気味に佇んでいた。それは、この夢の世界のどこかに存在する、僕の記憶の一部を象徴しているかのようだった。


「いや、向こうにいる骸骨の頭が少し動いたぞ」。アイボウの声が、僕の思考を遮るように響いた。


その言葉に、僕は骸骨の頭部を凝視した。確かに、微かに揺れている。まるで、そこに意識があるかのように。

「おい伊達、あいつもやっちまうか?おん?」。アイボウは、僕に問いかけた。その声には、どこか挑発的な響きが混じっている。彼女は、僕にこの夢の中のオブジェクトを破壊するよう促しているのだ。


「チンピラかおまえは…」。僕は、呆れと困惑の入り混じった声で呟いた。彼女の提案は、あまりにも荒唐無稽だった。


アイボウは、僕の言葉を無視するように、骸骨へと近づいていく。彼女の全身が、薄い紫色の光に包まれ、まるでX線画像のように、骸骨の内部が透けて見える。


「骸骨のオブジェか?左の眼窩から血を流しているが…」。

アイボウの声が、淡々と骸骨の異変を告げる。その眼窩からは、まるで血のように赤黒い液体が流れ出ている。それは、現実世界の死体の目から流れていた血と、同じ色だった。この骸骨もまた、あの事件と何らかの繋がりがあるのだろうか。


アイボウは、骸骨の頭部に顔を近づけ、その眼窩を覗き込んだ。そして、彼女は、まるで別の人格になったかのように、低い声で呟いた。「おまえに恨みはないが…」。


その言葉に続いて、彼女は、奇妙な高揚感を込めた声で叫んだ。「オラァッ!」。

そして、僕の目の前で、信じられない光景が繰り広げられた。アイボウが、骸骨の頭部を、まるでフットボールでも蹴り上げるかのように、勢いよく蹴り飛ばしたのだ。


鈍い音と共に、巨大な頭蓋骨が宙を舞う。それは、部屋の奥へと向かって、勢いよく飛んでいく。

「な、なんだ…!?」。僕は、驚きと呆れが混じり合った声で叫んだ。


頭蓋骨は、部屋の奥の壁に激突し、粉々に砕け散った。その破片が、あたりに散らばる。壁には、頭蓋骨がぶつかった跡が、大きく、そして深く刻まれていた。

「アイボウ見ろ、壁が…!」。

僕は、声を荒げて叫んだ。壁には、砕け散った頭蓋骨の破片がめり込み、その周囲には、無数の亀裂が走っている。


そして、その亀裂の奥から、まばゆい光が漏れ始めた。光は、僕の視界を覆い尽くし、部屋全体を包み込む。

「うわあぁああああああああああっ!」。アイボウの叫び声が、その光の中で響き渡った。


光が収まると、部屋の風景が、わずかに変化していることに気づいた。壁に刻まれた亀裂は、さらに深く、大きく広がっている。そして、その亀裂の奥には、新たな通路が、薄暗く開かれているかのようだった。


アイボウは、光の中から姿を現した。彼女の姿は、先ほどよりもどこか不安定に見える。彼女は、僕に視線を合わせると、警戒するように問いかけた。「おまえ、抑えきれないほど大きな破壊衝動を秘めてたり、しないよな?」。



アイボウは、その扉を見つめ、不満げな声を上げた。「またか、おまえ本当に何も知らないのか?」。彼女の声には、僕がこのソムニウム世界の深淵にある情報に、なかなか辿り着けないことへの苛立ちが滲んでいた。


「知るかよ、あんなおっさん」。僕は、苛立ちを隠さずに吐き捨てた。現実世界で、僕がよく知る、とある男の影が、このソムニウム世界にも影響を及ぼしているのだ。


「思い出した時のことを考えて、もう少し失礼のない言い方をしろよ…」。アイボウは、僕の言葉遣いを咎めた。彼女は、僕の過去の記憶が失われていることを知っている。いつか、あの男の全てを思い出す時、この言葉が僕自身に跳ね返ってくることを、示唆しているかのようだった。


その時、僕の脳内に、奇妙なメッセージが浮かび上がった。それは、このソムニウム世界のどこかに隠された「アイテム」に関する、まるで謎かけのような言葉だった。


「【いつかのボスの寝言】ボスクむーソムニウム世界に…隠しアイテムぅ…? 必ずどこかに…ひとつあるぅ…? ボにゃボにゃ… …もうダメ、食べられない…ゴチりすぎかしら…」。


それは、意味不明な言葉の羅列のように思えた。だが、このソムニウム世界において、無意味なものなど存在しない。何か重要なヒントが隠されているに違いない。


僕がその言葉の意味を反芻していると、突然、視界の隅で、ぼんやりと輝く光の塊が現れた。「なんだ…?」。アイボウが、訝しげな声を漏らす。その光は、まるで僕の眼球が、自ら意思を持って発光しているかのようだった。その中央には、星形のような奇妙な紋様が浮かび上がっている。


光の塊が、徐々に形を成していく。そして、その中に、現実世界ではありえないものが、現れた。「頭蓋骨の中から出てきた銃…?」。アイボウの声が、驚きに微かに震えている。


眼窩から、鈍い光を放つリボルバーが、ゆっくりと現れたのだ。それは、このソムニウム世界が、僕の現実の記憶と深く繋がっていることを示唆しているかのようだった。この銃は、一体何を意味するのだろう。


アイボウは、さらに問いかけた。「爆発しないか?」。現実の銃であれば、頭蓋骨から現れるなどということはありえない。彼女は、この不可解な現象に警戒を抱いているのだ。


僕は、リボルバーを拾い上げた。その感触は、奇妙なほどに現実味を帯びていた。「大丈夫だ」。僕は、自分自身に言い聞かせるように呟いた。


アイボウは、僕の言葉に、呆れたような表情を浮かべたまま答えた。「そんなわけあるか、あっても適度に抜くのが大人ってもんだ」。彼女の言葉は、僕が持つであろう、破壊衝動のようなものへの言及だろうか。



































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