第20章
伊達の運転する車は、高速道路を滑らかに走っていた。助手席の彼女は、にこやかな笑顔を浮かべている。
「別に真に受けてなんかいない」
伊達はそう言った
「ふふっ、冗談ですよ」
彼女はそう言って笑ったが、その瞳の奥にはどこか挑発的な光が宿っている。
「教えてくれないなら本当に、ばら撒きますよ?」
伊達は内心で舌打ちした。彼女の脅しは、冗談とわかっていてもやはり無視できない。
「とにかく私は刺し違える覚悟ですから」
彼女の言葉に、伊達は呆れるしかない。
「おい、伊達…!」
アイボウの声が伊達の思考を遮る。
「しょうがないだろ!」
伊達は観念したように、ようやく口を開いた。
「俺は警視庁の特殊捜査班、『ABIS』ってところに所属してる」
伊達の脳裏には、「ABIS」のロゴが浮かび上がる。
「Advanced Brain Investigation Squad」
「『アビス』って、なんですか?」
彼女は興味津々といった様子で伊達を見つめる。
「公には明かされていない秘密の組織だ」
伊達の運転する車は、高速道路を走り続けていた。彼はようやく、自分の所属する組織「ABIS」について彼女に語った。
「うわぁー、なんかかっこいいですねぇー!」
彼女は感嘆の声を上げた。その顔には、子供のような好奇心が浮かんでいる。
「誰にも言うなよ」
伊達は念を押す。秘密の組織である以上、情報漏洩は許されない。
「くちが裂けても言いません!」
彼女は胸を張って断言した。
「エジプトの女神、イシスに誓って!」
「ところで、おまえの本名、まだ聞かせてもらってなかったな」
伊達の問いかけに、彼女は少しだけ表情を改めた。
「知りたいですか?」
彼女は少しばかりもったいぶるように尋ねた。
「教えたくないならそれでも…」
伊達がそう言うと、彼女は嬉しそうに答えた。
「『イリス』です」
そして、さらに続けた。
「『左岸イリス』」
「変わった名前でしょう?」
「ん?どうかしましたか?」
イリスが伊達の様子に気づき、尋ねた。伊達は、内心の動揺を悟られまいと、平然を装う。
「いや、別に…」
その時、伊達の脳裏に、古い記憶の断片がフラッシュバックした。それは、幼い頃の記憶だ。薄暗い空間で、幼い少女が手遊び歌を歌っている。
「♪せっせっせーのよいよいよい」
少女の声が、伊達の頭の中で響く。彼女の小さな手が、何かを蒔く仕草をしている。
「♪神社の神主さんがミカンの種をまきました」
伊達は、その歌声と情景に、強い既視感を覚えた。この少女は、一体誰なのか。そして、この記憶は、なぜ今、彼の脳裏に蘇ったのか。イリスという名前が、その記憶と何らかの関係があるのだろうか。伊達の心臓が、微かに高鳴る。