第19章
「ほら、芸能事務所って言っても、うさんくさいところとか、いかがわしいところとかいっぱいあったりするじゃないですか」
彼女の言葉に、伊達は静かに耳を傾けていた。
「私も母も、そういうの、全然わからなかったから…」
ネットアイドルとして活動を始めた彼女と、その母親。芸能界の裏側に疎い二人は、どこか頼れる存在を探していたのだろう。
「そしたら沖浦さんが『なんならうちで面倒みてあげてもいいけど』って…」
伊達の脳裏に、沖浦蓮珠の顔が浮かび上がる。彼のビジネスライクな表情の裏に、このような親切な一面があるとは。
「はい」
「なんて言うか、本当に、仲のいい友達ですよ」
彼女は、屈託のない笑顔でそう言った。彼女の瞳には、沖浦蓮珠への信頼がはっきりと見て取れる。
「一緒に映画行ったり、カラオケ行ったり、洋服買いに行ったり…」
「愚痴とか悩み事とかも、結構聞いてもらったりしてるんです」
伊達は、みずきが彼女に心を開いていることに、驚きを隠せない。伊達の前では決して見せない素顔が、そこにはあった。
「歳は6つも離れてるんですけどね、でも全然そんな感じがしなくって…」
応太とみずきの関係は?
「なんでそんなこと、聞くんですか?」
彼女が不思議そうに伊達を見つめる。
伊達の運転する車は、高速道路を淡々と走っていた。助手席のアイボゥは、伊達に質問を続ける。
「応太んは特別なんですよ」
彼女は、先ほど応太が言っていた「ヒーロー」という言葉を受けて、そう言った。
「さっきも言いましたけど、私にとってのヒーローみたいなものですから」
伊達は、小さくため息をついた。
「ヒーローねぇ…」
皮肉めいた響きが、その声には含まれていた。
「うーん、聞きたいこと、聞きたいこと…」
彼女は、何かに思いを巡らせているようだった。そして、唐突に質問を切り出した。
「そうだ、刑事さんの仕事って、楽しいですか?」
伊達は、その問いにどう答えるべきか迷った。楽しい、と即答できるような仕事ではない。
「さあ、どうだろうな」
伊達は言葉を濁した。
「俺は刑事になったことがないからわからん」
その言葉に、彼女は目を丸くした。
「え、でも伊達さんは、警視庁の…」
伊達は、彼女の言葉を遮るように言った。
「ああ、確かに俺は警視庁の人間だ」
「だが刑事部に所属してるわけじゃないんだよ」
伊達は、自身の所属が特殊捜査班「ABIS」であることを思い出す。そこは、一般的な刑事部とは異なる部署だ。
「えー、教えて下さいよぉー」
伊達は、自身の所属する「ABIS」の詳細を明かすべきか迷っていた。特殊な部署であるため、情報管理は厳重だ。
「さあな」
伊達は、彼女の質問を軽く受け流した。しかし、彼女「は諦めない。
「だったらどこに?」
彼女は、伊達が刑事部にいないのであれば、一体どこに所属しているのかと食い下がった。
伊達が口を開きかけたその時、彼女は携帯を取り出し、何かを操作し始めた。伊達はギョッとする。
「おい、なにをしてる?」
彼女はにやりと笑った。
「さっきの動画、ばら撒いてやろうと思って」
伊達の顔色が変わる。あの恥ずかしい動画が拡散されることを想像し、伊達は慌てて制止した。
「よせ、やめろ!」
しかし、彼女は止まらない。
「じゃあ教えてくれますか?」
彼女は、あくまでも情報を引き出そうとしている。伊達は焦った。
「ん、待てよ…」
伊達は、冷静になろうと努めた。
(よくよく考えてみたらおまえってヤバいんじゃないのか?)
「なにかがですか?」
「さっきの動画の件だよ」
伊達は、彼女が拡散をちらつかせた動画について言及した。
「おまえ、一応アイドルなんだろ?あの動画が拡散しちまったら、おまえだってまずいことに…」
伊達は、アイドルのイメージに傷がつくことを心配していた。しかし、彼女は意外な言葉を口にする。
「別にいいんです」
伊達は戸惑った。彼女は本当に気にしていないのか?
「どうして?」
伊達が問いかけると、彼女の表情にわずかな翳りが差した。
「だって私、近いうちに…」
彼女は、何かを言い淀むように言葉を切った。伊達は、その言葉の続きに嫌な予感を覚える。
「死んじゃうから」
その言葉に、伊達は目を見開いた。
「…え?」
信じられない、という表情で彼女を見つめる。
「だから自分がいつ死ぬかもわかってて…」
至って冷静にそう言った。彼女の瞳には、一切の動揺が見られない。
「私、予知能力があるんです」