第18章
伊達の運転する車は、高速道路を滑らかに走っていた。助手席にはアセトンが座り、伊達の言葉を待っていた。伊達は車内を見渡し、ふと口を開く。
(この車は国産車じゃない)
彼の脳裏に、アイボゥの分析が響く。
(だがオーストラリアで製造されたため、ハンドルは右側についている)
(オーストラリアは日本と同じ左側通行だからだ)
伊達の車は一見すると古いモデルだが、その内部は最新の技術で満たされていることをアイボゥは知っていた。
(こいつはとても古い車だが、実は内部には最新式のコンピューターが組み込まれていて、アイボゥが遠隔操作によって操縦することも可能だったりする)
その事実を思い出し、伊達は軽くため息をついた。彼の思考を読んだかのように、アイボゥが質問する。
「えーと、そうですねぇ…」
彼女は少し考え込む素振りを見せ、そして答えた。
「有名になりたかったから、かな?」
伊達は呆れたように眉を上げた。アイドルが有名になりたいなど、あまりにも当たり前すぎる答えだ。
「アイドルの答えとしては0点だな」
伊達の皮肉にも、アセトンはどこ吹く風とばかりに続ける。
「とにかく有名になって、テレビとかいっぱい出て、日本中の人たちに私の顔を知ってもらいたかったんです」
伊達の「0点だ」という評価にもめげず、にこやかな表情を浮かべている。
「ネットアイドル?」
伊達が首を傾げると、アセトンは当然のように頷いた。
「あれ?応太んから聞いてないですか?」
伊達は少しバツが悪そうな顔をした。応太は何かとアセトンの話をしたがっていたが、伊達の方がまともに取り合わなかったのだ。
「私、基本的にはネットを中心に活動してるアイドルなんですよ」
「歌ってみたとか、踊ってみたとか、ゲーム実況とか…そんな感じのやつを配信してて…」
「伊達さんは『イクラマンふとし』って知ってますか?」
彼女が尋ねる。伊達は首を振った。その名前には覚えがない。
(マップ内にブロックを配置し、様々な物体を構築して楽しむサンドボックスゲームの名作のことだ)
アイボゥの脳内情報が、伊達にそのゲームの詳細を伝える。どうやら、その「イクラマンふとし」という人物は、そのゲームの実況者らしい。
「いいんですよ。ネットアイドルは素の自分を出したほうが受けるので…」
「最近は特に、その実況に力を入れてるんです」
「じゃあテレビとかには…」
伊達が質問をしようとすると、彼女は少し寂しげな表情を浮かべた。
「出られるわけないじゃないですか私みたいな三流アイドル」
「私、基本的にはネットを中心に活動してるアイドルなんです」
彼女は伊達の質問に、少し恥ずかしそうに答えた。
「最初は自宅で、動画配信サービスを使って普通に生放送してたんです」
「そしたら、自分て言うのも何なんですけど、ちょっこす人気が出ちゃって…」
彼女の言葉に、伊達は軽く目を細めた。時代も変わったものだと感心する。
「地下やローカルとも違って、ハコでライブやったりとかもしないですし…」
彼女は、一般的なアイドル像とは異なる自身の活動形態を説明した。あくまでネットが主戦場なのだ。
「いろんなとこから『うちの事務所に来ませんかぁー』的なやつが…」
伊達は、彼女がどこかの事務所に所属しているのだろうと推測した。
「そのうちのひとつがレムニスだったと…」
伊達の問いかけに、彼女
は首を傾げた。
「うーん、ちょっと違うかも…」
伊達は意外に感じた。レムニスに所属しているわけではないのか。
「はい」
アイボゥは、伊達の頭の中に「沖浦蓮珠」の顔写真を提示する。
「実はうちの母、レムニスの社長と古くからの知り合い」
彼女は、にこやかにそう告げた。伊達は目を見開いた。レムニスの社長とは、沖浦蓮珠のことだ。まさか、みずきの母親が蓮珠と知り合いだったとは。伊達は、この事件の背後に横たわる複雑な人間関係に、改めて驚きを隠せない。
「それで、いろいろと相談に乗ってもらったりして…」