第17章
伊達が顔をしかめると、アセトンはにっこりと微笑んだ。彼女の顔には、何とも言えない小悪魔的な企みが浮かんでいる。
。彼女は唐突に伊達に抱きつき、その顔を彼の胸にうずめた。
「私、伊達さんに捨てられたらもう生きていけない!!」
彼女はそう言いながら、伊達の胸元に顔をこすりつける。
「私、伊達さんに捨てられたら…」
伊達は困惑し、その場にいた応太も呆然と口を開けている。
「おまえ、なにを…」
伊達の声には、明らかな動揺が混じっていた。アセトンは伊達から離れると、手にしたピンク色の携帯端末を嬉しそうに応太に見せた。
「応太ん、撮ってくれた?」
応太は、半ば呆れたように、半ば興奮したように答えた。
「え、ああ、うん…!」
アセトンは得意げに笑みを浮かべ、伊達の方を向いた。
「伊達さん、警視庁の刑事さんなんでしょ?」
その言葉に、伊達は警戒する。まさか、あの動画が…?彼女の意図は明白だった。
「この動画が拡散されたら大変なことになっちゃうだろうなぁ」
彼女はまるでいたずらを成功させた子供のように、無邪気な笑顔を浮かべている。
伊達は怒りを通り越し、呆れ顔で呟いた。
「おまえ…」
しかし、アセトンはどこ吹く風とばかりに、さらに追い打ちをかける。
「あ、言っときますけど、この携帯を取り上げても無駄ですからね」
その言葉に、伊達は深くため息をついた。彼女の言う通りだ。データは、クラウドに保存されている。この携帯を取り上げたところで、いくらでも複製は可能だろう。この交渉は、最初から彼女の掌の上だったのだ。
伊達が黙り込んでいると、彼女はにこやかにその答えを口にした。
「私を現場に連れて行くこと」
彼女は嬉しそうに続ける。
「さっき言ったじゃないですかぁ」
伊達はぐっと言葉に詰まった。彼女の言う通り、確かにそんな約束をしたような、しないような…。
「くっ…」
しかし、アセトンの言葉は止まらない。
「データはすでにクラウドストレージに上がっちゃってますから」
彼女は、あたかも交渉材料でも提示するかのように、悠々と両手を胸の前で合わせた。
「そしたらこの動画は削除してあげます」
伊達の脳裏に、あの動画がちらつく。彼女が勝手に撮影し、クラウドにアップロードした、伊達の不名誉な映像。それを人質にとられているような状況に、伊達は歯噛みした。
(この女はやはり…魔女だ)
隣で一部始終を聞いていた応太が、低い声で呟いた。
伊達を睨みつけた。
「いつかおまえを東京湾に沈めてやるって…」