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15章



「そうか、みずきはたまにここへ…」


彼女はきょとんとした表情で首を傾げた。


「ん?どうしましたか?」


応太は言葉を探すように口ごもる。


「ああ、えーと…」


その瞬間、伊達の視界がAI Insightモードに切り替わった。目の前に、みずきの顔が大きく映し出される。彼女の表情は常にどこか遠く、多くを語らない。


(わけあって、俺とみずきはひとつ屋根の下で暮らしている。)


アイボゥの声が脳内に響く。それは、伊達自身の記憶でもあった。確かに、二人は共に生活している。だが、みずきという存在は、常に伊達の理解の範疇を超えていた。


(だがみずきがプライベートな内容について話すことは一切なかった。)


彼女は自身の内側を決して明かさない。固く閉ざされた貝殻のように、伊達の前では常に無表情で、感情の動きを悟らせなかった。


(いや、プライベートな内容以外についてもだ。)


(だから俺は、今彼女が話してくれたことはなにも知らなかった。)


だからこそ、今応太が口にした「ブルームパークの死体」の話も、伊達にとっては初耳だったのだ。


視界がオフィスに戻る。かの条はにこやかに伊達に話しかけた。


「聞きましたよー。応太さんがブルームパークで見た死体のことですよね?」


彼女は、伊達が抱えるみずきへの複雑な感情を汲み取るかのように、少し間を置いて続けた。


「まあ、他にもいろいろと理由はあったりするんですけど、基本的にはそんな感じです。」


応太がパッと顔を輝かせた。


「あせとんちゃん!」


(おまえ、警察には黙ってたのにどうして…)


伊達の疑問は、直接アイボゥに向けられていた。あの死体を目撃した時、アイボゥは警察への通報に同意しなかった。それなのに、なぜ今、応太にその話をさせるのか。


(おそらく応太は彼女を釣るために…)


アイボゥの推測が脳内で囁かれる。


(非日常的な事象の体験談は、誰かの興味を惹きつけるには格好のエサとなる)


人の死をネタにするのか――伊達の心に冷たい感情がよぎった。


(人の死をネタにした…?)


彼の問いかけに、彼女は平然と答える。


「あ、事件のことについては、応太に聞く前から知ってましたけど…」


「なんで…」


彼女の声に、彼はは少し呆れたような口調で言った。


「だって、テレビでもネットでも今その話題で持ちきりじゃないですか」


伊達の口元に、わずかな皮肉が浮かぶ。


「それで、今朝応太んに会ったときその話をしてみたら…」


彼女の言葉は、まるで応太の行動を予見していたかのように続いた。


「『実はぼく、その死体、見ちゃったんだよねぇ~』って…」


応太は、伊達の隣に座るアイボゥのホログラムをうっとりとした眼差しで見つめていた。


「あせとんちゃんはいつ見てもほんとにかわいいなぁ…」


伊達は応太の様子に、ため息をつきたくなるのを抑えた。ついさっき会ったばかりだというのに、応太はすっかりアセトンに夢中になっている。


「あぁ、かわいいかわいい…」


伊達が投げやりに相槌を打つと、応太はさらに熱弁を振るい始めた。


「かわいすぎて体中のカルシウムが溶け出しちゃいそうだよう…」


そこまで来ると、伊達は呆れを通り越して、ある種の感心すら覚えた。この少年は、本気でアセトンの可愛さに心を奪われているようだ。


「それはたぶん、あせとんちゃんの愛のオーラがこのあたり一帯の空気を包み込んでるから」


応太は真顔でそう言い切ると、伊達に同意を求めた。


「ねえ、伊達さんもそう思うでしょ?」


応太がアセトンを見つめるその視線には、純粋な憧れと熱烈な好意が宿っている。


「あせとんちゃんを見てるとさ、なんかこう、頭ん中がふわぁ~ってなって、細かいことはどうでもよくなってきちゃうんだねぇ」


伊達は軽く目を閉じた。この状況で真面目に取り合っても仕方がない。


(おまえ、さっき会ったばっかりなのにやけに馴れ馴れしいな)


心の中で呟きながらも、伊達は応太のペースに巻き込まれるのを避けるため、次の行動に出た。


伊達はポケットから、一枚の写真を取り出した。それは、死体発見現場で得られた、被害者のものと思われる女性の顔写真だ。それを応太に見せつけながら、伊達は単刀直入に尋ねた。


「この女性が誰か、知ってるな?」


応太の視線が、アセトンから写真へと移る。それまで甘ったるかった彼の表情から、一瞬にして愛らしさが消え去った。再び、現実の重みが彼らの間に横たわったのだった。


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