第13章
「おまえ、ひとりで逃げ出したのか!?」伊達の声がロビーの静寂を切り裂き、はっきりとした非難の響きを帯びていた。彼の眉がわずかに顰められた。
応太は身を縮め、顔をしかめた。「仕方がないだろ!」彼は少し緊張した声で言い返した。彼は何かと格闘しているようだった。おそらくは恥辱か後悔だろう。
伊達は追及を続け、その視線は揺るがなかった。「小6の女の子を置き去りにして!?」
応太は目をぎゅっと閉じ、ため息が漏れた。彼はすっかり打ちのめされているように見えた。「人はパニックに陥ると、わけのわからない行動を取っちゃうものなんだ!」彼はほとんど独り言のように呟き、あたかも自分の行動を正当化しようとしているかのようだった。
伊達の表情が硬くなった。「ほら、火事のときに枕を持って逃げ出したりとか!」
「おまえって、ほんと最低だな…」伊達の声には失望がにじみ、その目がわずかに細められた。
応太はついに伊達の視線と向き合ったが、その顔はまるで悪事を働いた子供のようだった。「ああ、やっぱりね、そう言うと思ったよ」彼は再びため息をつき、肩を落とした。
「だから言いたくなかったんだ」応太の声はかろうじて聞き取れるほど小さい。
伊達は一瞬の間を置き、それからさらに静かな声で、より深い問いかけを帯びて続けた。「通報のときに名乗らなかったのも、最初にぼけて見せたのも、それを隠したかったからか?」
伊達は応太の様子をじっと見つめ、静かに問いかけた。「すぐにバレるとは思わなかったのか?」
応太は、ようやく顔をわずかに伊達の方に向けた。「みずきちゃんは、言わないと思ったんだ」彼の声は、自信なさげで、どこか頼りなげだった。
伊達の眉が、わずかに上がる。さらに切り込んだ。「なんで…」
応太は目を伏せ、苦しそうに呟いた。「夜中にぼくみたいなやつと一緒にいたってわかったら…」彼の言葉には、みずきへの配慮がにじみ出ていた。自分の存在がみずきにとって不利益になるという思い込みがあるようだった。
「同居人に叱られるって、そう言ってたから…」応太は、何かを言い訳するかのように、さらに続けた。
伊達は目を閉じ、深くため息をついた。「みずきのやつが話したら一発でアウトだろうが…」彼の言葉は、応太の甘い見通しを一蹴するものだった。
応太は俯き、しばらく無言だったが、やがて顔を上げ、彼はゆっくりと話し始めた。
「最初はもちろんだから携帯からかけようと思ったよ」彼の声は、今までの弁解とは違い、真剣さを帯びていた。「でもドキドキして、怖くて、手がガタガタと震えちゃってて…」彼は震える手を見せるかのように、かすかに腕を上げた。
「しかもゆうべはひどい雨だったでしょ?」彼の視線は、遠くの窓の外に向けられ、昨夜の状況を思い出しているようだった。
応太は俯き加減に、しかし正直に続けた。「それで手を滑らせて、携帯を…」彼の言葉は途切れ途切れで、その時の動揺が今も残っているかのようだった。
伊達は眉をひそめ、核心を突くように尋ねた。「落としたのか?」
応太はわずかに頷き、その答えを肯定した。「うん、水たまりの中に…」
伊達は応太から視線を外し、隣に浮かぶAI搭載の眼球型デバイス、「アイボゥ」に目を向けた。アイボゥは伊達の指示を待つように、瞬きもせずに漂っていた。
「アイボゥ、応太の携帯の最終アクセスポイントは?」伊達の指示は簡潔だった。
アイボゥの白くて丸いボディの下部が少し開くと、中心に輝く黄色の瞳が瞬き、情報が処理されていることを示唆した。そして、無機質な合成音声がロビーに響き渡った。
「ブルームパークの近くだ」アイボゥは間髪入れずに答えた。「時刻はゆうべの9時過ぎ」
応太は、伊達の質問とアイボゥの答えを聞きながら、焦燥と困惑が入り混じった表情を浮かべた。
アイボゥは続けて情報を伝えた。「それ以降、電源は一度も入っていない」
伊達は応太に再び視線を戻した。彼の顔には、それまでの疑念が少し晴れ、わずかな安堵が見て取れた。
「どうやら信じてもよさそうだな」伊達は静かに呟いた。
「わけあって、俺とみずきはひとつ屋根の下で暮らしている」伊達は、訥々と語り始めた。その声は、普段の冷静さとは異なり、どこか複雑な感情を含んでいるようだった。
彼の言葉は、まるで過去を振り返るかのように続いた。「だがみずきがプライベートな内容について話すことは一切なかった」
伊達はさらに言葉を重ねた。彼の脳裏には、やはり悲しみを帯びたみずきの姿が浮かんでいる。「いや、プライベートな内容以外についてもだ」彼の言葉は、みずきがいかに自分の内面を明かさなかったかを示していた。
「だから俺は、今彼女が話してくれたことはなにも知らなかった」伊達は、自嘲気味に呟いた。彼は、最も近い存在であるにもかかわらず、みずきの心の内を知らなかったという事実に、痛みを覚えているようだった。