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第12章

「おまえのくだらない芝居は本当にお粗末だったぞ、それをA-set本人にタグ付けして見せつけるとはな!」伊達の声は低く、抑えられた唸り声のようで、沈黙を切り裂いた。


応太は居心地悪そうに身じろぎ、視線を手元に落とす前に部屋中をちらりと見やった。「う、うん…」彼はかろうじて聞き取れる声で呟いた。


「だってそうしなきゃ、ぼくが助けてるって気付いてもらえないじゃん」応太は、わずかに挑むような口調で言い始めた。


伊達の表情が硬くなった。「おまえは、あの書き込みがA-setをどれだけ傷つけたかわからんのか?」


応太は怯んだが、すぐに立て直そうとした。「えー、でも最後には、みんなあせとんちゃんのファンになるような展開にしてるし…」彼は言葉を濁し、その声から確信が消えていった。


「そういう問題じゃねえんだよ!」伊達は語気を強め、我慢の限界に達していた。


応太は目に見えて引きつり、肩を落とした。「ごめんなさい…」彼はかろうじて息をするような声で囁いた。


伊達は体を起こし、目を細めた。「もう二度とあんな真似はするなよ、いいな?」


沈黙が重く、抑圧的に張り詰めた。伊達は一瞬、それを空気中に放置し、それから姿勢を正した。彼の口調は変わり、より形式的で、より非難めいたものになった。


「もう一度聞く」伊達は感情を排した声で言った。「おまえは昨日午後9時過ぎ、ブルームパークから悲鳴が聞こえてきたと警察に通報した、そうだな?」


応太は俯いたまま、伊達の次の言葉を待っていた。部屋の空気は、先ほどまでの非難めいた調子から一変し、より冷たく、鋭い尋問の様相を呈していた。


「で、その女の子ってのは?」伊達は淡々と問いかけた。その声には感情の起伏がなく、ただ事実を求めているだけのように聞こえた。


応太はびくっと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。その表情には、まだ迷いと恐れが混じっていた。「沖浦みずきっていう、小学6年生の子…」彼は蚊の鳴くような声で答えた。その言葉が、まるで重い秘密を吐き出すかのように、彼の唇からこぼれ落ちた。


伊達は表情を変えず、さらに核心に迫る。「なんでブルームパークの近くにいた?」


応太の顔に焦りの色が浮かんだ。彼は視線を泳がせ、口ごもる。「そ、それは…」言葉を選んでいるのか、それとも嘘を組み立てているのか、判別できない沈黙が流れた。


伊達はその沈黙を許さなかった。彼の目が鋭く光り、低い声で脅しをかけた。「バラすぞ」


応太は息を呑んだ。伊達はさらに畳み掛けるように、顔をわずかに横に向け、待合室の奥に向かって声を張り上げた。「おーい、みんなー!」


「ああ、わかったわかった、話すよ、話せばいいんだろ!?」応太はパニックに陥ったように叫び、全身で抵抗の意思を露わにした。彼の表情はもはや隠し立てできるものではなく、隠していたものが露見する恐怖に打ち震えているようだった。


伊達は応太の反応を見て、満足そうに頷いた。そして、再び彼の方に視線を戻し、静かに次の言葉を待った。応太は一度深呼吸し、観念したように話し始めた。


「実はぼく、ある女の子に誘われてブルームパークに行ったんだ」彼の声は、もはや蚊の鳴くような声ではなく、諦めと、わずかながらも覚悟を滲ませていた。


伊達は瞬時に反応した。「おまえ、あの園内に入ったのか?」彼の声には、すでに答えを知っているかのような確信があった。


応太は再び俯き、小さく頷いた。「うん…」その「うん」という一言が、彼のすべての秘密を物語っているかのようだった。


応太の背後に、青い輝きを放つ「To-Witter」の表示とは別に、新たに「沖浦みずき」と記されたウィンドウが現れ、黄色いパーカーを着た少女の姿が浮かび上がっている。


「ぼくとあせとんちゃんが話してたとこに、『おーい!』みたいな感じで駆け寄って来て…」応太は話し始めた。その声は、最初の怯えからは想像もつかないほど、いくらか明るさを帯びていた。


伊達の眉がわずかに吊り上がる。「なんだと…?」彼の声には、予想外の展開に対する戸惑いがにじんでいた。


応太は続けて説明した。「この事務所、レムニスケイトの社長の娘なんだ 知ってるかな?」


伊達はわずかに目を閉じ、そして開いた。その表情には、呆れと、そして確信があった。「知ってるもなにも…」彼の言葉はそこで途切れたが、その続きは言外に明白だった。


応太は身を乗り出し、まるで言い訳をするかのように早口で言った。「ただの友達だよ」


「当たり前だ!!」伊達は一瞬、声を荒げた。彼の表情に苛立ちが戻ってきたようだった。小学六年生の少女と、この若者が何かしらの関係を持つことなど、言語道断だという強い拒絶の念が込められていた。


応太は再び肩をすくめ、困惑したような表情を見せた。「な、なにをそんなに怒ってるんだよ…」彼の声は不満げで、伊達の激昂が理解できないといった様子だった。


伊達は一呼吸置いて、感情を抑え込むように努めた。そして、冷静なトーンに戻って質問を続けた。「どこで知り合った?」


応太は迷うことなく答えた。「ここだよ、このレムニスケイトのロビー」


応太はさらに付け加えた。「みずきちゃんはあせとんちゃんの友達で…」彼はそこで言葉を切り、伊達の反応を窺うように少しだけ視線を上げた。


応太は、沖浦みずきの情報が映し出された青いホログラムを見つめながら、少し自信を取り戻したかのように話し続けた。伊達の鋭い視線が、彼の言葉の一語一句を捉えようとしていた。


「おうどういん・おうさ」応太は、まるでその名を口にすることで、その人物がどんな存在であるかを伊達に伝えることができるとでも言うように、ゆっくりと、しかしはっきりと口にした。


その瞬間、伊達の左目に装着されたアイボゥのホログラムが、沖浦みずきの像の隣にぴょこりと飛び出してきた。白いテディベアのような姿のアイボゥは、その一つしかない大きな目がキラリと光らせた。


「伊達、今のは嘘だ」アイボゥの声が、無機質ながらもはっきりと取り調べ室に響き渡った。その言葉は、応太の自信を根底から揺さぶる一撃だった。


応太はぎょっとしたようにアイボゥの方を見たが、伊達は動じることなく、応太に視線を固定したまま問いかけた。「いつのことだ?」


応太は肩をすくめた。嘘がばれたことへの動揺を隠しきれない。「去年の9月…だから、かれこれ1年以上の付き合いに…」


「付き合いとか言うな!!」伊達は即座に遮った。その声には、再び苛立ちが滲んでいる。まるで、応太が口にする「付き合い」という言葉が、不純な響きを持っているとでも言いたげだった。


応太は困惑したように顔をしかめた。「じゃあなんて言えばいいんだよぉ…」彼の声は、不満と諦めが混じり合っていた。


伊達は応太の不貞腐れた様子を無視し、沖浦みずきの情報に改めて目を向けた。応太は仕方なさそうに、話を続けた。


「みずきちゃんにはね、たまにぼくの作品を見てもらったりもしてるんだ」応太の声は、少し自慢げな響きを帯びていた。隠していた趣味を打ち明けるような、照れくさそうな笑みが彼の顔に浮かんだ。


伊達は眉を上げた。「作品?」その一言には、意外さと疑念が入り混じっていた。この青年が「作品」を作るという事実に、伊達は信じがたいものを感じているようだった。


応太はわずかに身を乗り出した。「実はぼく、こう見えてライトノベルの作家をしてて…」彼は、その言葉に、自分でも驚くほどの勇気を込めているようだった。


「ペンネームは?」伊達は食い気味に尋ねた。彼の目は、新たな情報の手がかりを求めて、応太の顔を深く見つめていた。


「おうどういん・おうさ」応太は、たった今アイボゥに嘘だと指摘されたばかりのペンネームを、それでも敢えてもう一度口にした。その声には、僅かながらも開き直りのような響きがあった。


しかし、アイボゥの声は無慈悲だった。「デビューしたプロの作家で、そんな名前の奴はひとりもいない」


伊達は応太をじっと見つめた。その表情は厳しく、しかしどこか諦めにも似た色を帯びていた。「なあ応太、嘘をつくのはやめてもらえないか?」


応太は言葉に詰まった。言い訳を探すように視線を泳がせ、口を半開きにしたまま押し黙った。


伊達は溜息を一つ吐き、しかし言葉は穏やかだった。「このエスパー様はなんでもお見通しなんだよ」彼の声には、僅かなからかいの色が混じっている。それは、応太を追い詰めるというよりは、早く真実を語らせたいという意図が感じられた。


応太は頭をかきむしるような仕草で、うめくように言った。「ああ、えーと…」彼は完全に追い詰められていた。


「正確に言うと、作家の卵、かな…?」応太は、観念したかのように修正した。その表情には、自嘲の色が浮かんでいた。プロの作家であるという虚勢が崩れ去った瞬間だった。


応太は再び、沖浦みずきのホログラムの方をちらりと見た。彼女は何も言わないが、応太にとっては、彼女の存在が、自分の行動の正当性を主張する唯一の証拠であるかのようだった。


「とにかくみずきちゃんには、ぼくが書き上げた小説を読んでもらってて…」応太は、言い訳がましくも、みずきとの関係性を説明し始めた。


「ちょくちょくアドバイスなんかも受けたりして…」応太は、みずきが彼にとってかけがえのない存在であることを強調するかのように続けた。彼の顔には、どこか誇らしげな、しかし同時に頼りない笑みが浮かんでいた。


伊達はゆっくりと瞬きをした。その目は、信じられないものを見るかのように細められていた。「小6の子から?


応太は観念したように、うつろな目で伊達を見つめた。取り調べ室の照明が、彼の疲れた顔を照らしている。ライトノベル作家の卵であるという告白は、彼にとって大きな壁を乗り越えた瞬間だったのかもしれないが、伊達の追及は止まらない。


「内容は?」伊達の声は、彼の作品についてではなく、もっと深い、ブルームパークでの出来事の核心に迫ろうとしていた。


応太は頭を軽く横に振った。「ちゃんととは聞いてないけど…」彼の声は小さく、歯切れが悪かった。まるで、その内容を語るのを躊躇しているかのようだった。


伊達は応太の言葉を待った。その沈黙は、応太に全てを話させるための圧力となっていた。応太は一度深呼吸し、話す決心をしたかのように口を開いた。


「確か、夜の8時10分くらいだったかな?」応太は、記憶を辿るように呟いた。彼の目は、遠い過去を見つめているかのようにぼんやりとしていた。


「みずきちゃんから電話があったんだ」応太は続けた。彼の声には、その時の状況を思い出しているかのような、わずかな緊迫感が含まれていた。「一緒にブルームパークに行ってほしいって…」


伊達は何も言わず、応太の言葉に耳を傾けていた。応太はさらに続けた。


「みずきちゃん、たぶん怖かったんだと思う」応太は、みずきの気持ちを慮るように言った。その声には、彼女への同情と、自分への責任感が入り混じっていた。


「ほら、あそこって廃墟みたいになってるでしょ?」応太は、ブルームパークの状況を説明するように言った。まるで、その廃墟が、みずきの恐怖の根源であったかのように。


応太は、自嘲気味に笑った。「だから一番頼りになるぼくを誘って…」彼の言葉には、自意識過剰な響きがあったが、同時に、みずきに頼られたことへの誇りも感じられた。


伊達は、応太の自己評価には目もくれず、核心を突いた。「どうしてブルームパークに?」


応太は、一瞬ためらった後、口を開いた。「『NILE』が届いたんだって、みずきちゃんの携帯に…」


その言葉と同時に、応太の背後に、みずきのスマホのホログラムが浮かび上がった。そして、伊達の左目から飛び出したアイボゥが、冷静に補足した。「『NILE』とは、スマートフォンやタブレットPCなどで利用できるメッセンジャーアプリのことだ」


高松の静かな取り調べ室に、新たな情報がもたらされた。メッセンジャーアプリ『NILE』。それが、この事件の新たな糸口となるのだろうか

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