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第11章

伊達の左の眼窩に埋め込まれた義眼、AI-Ballアイボゥが、その丸い体をわずかに浮かせ、応太のパソコンに注意を向けた。

「いいから」

アイボゥの電子音声が響く。彼女は冷静に、しかし有無を言わせぬトーンで伊達と応太の間に割って入る。

「いいから話を聞くんだ!」

彼女は、まるで母親が子供を諭すように、力強く続けた。


「応太のPCは今、WiFi経由でネットに接続」

アイボゥは、応太のパソコンの状況を瞬時に分析し、伊達に情報を提供する。

「応太のPCは今、WiFi経由でネットに接続されている」

その言葉に、伊達は応太のパソコンに視線を向けた。

「で…?」

伊達は、アイボゥの意図を測りかねて、問い返した。


その瞬間、応太のパソコンの画面が、複数のウィンドウに分かれて伊達の視界に飛び込んできた。それは、SNSのような画面だった。「To-Witter」と書かれたロゴが特徴的だ。様々な色調のウィンドウが重なり合い、応太のアカウント「応たん@Oota_Matsushita」が表示されている。そこには、彼が交流しているらしいユーザーたちの投稿がずらりと並んでいた。


「伊達さん! なんだって!?」

「あせとんちゃんにノーベル平和賞をあげたい!」

「マルチフェイスがよすぎて吐きそう」

といった投稿が目に入る。特に「あせとんちゃんにノーベル平和賞をあげたい!」という投稿が複数の場所で目に留まった。


アイボゥの声が響く。

「『あせとん』ってぇのは『A-set』のことか?」

伊達は、画面に表示された投稿を見ながら、アイボゥに確認した。


「ファンのあいだではそう呼ばれているらしい」

アイボゥが即座に答える。彼女の情報処理能力は驚くべきものだ。


さらにTo-Witterの画面を読み解くと、「あせとんちゃんにノーベル平和賞」というフレーズが何度も繰り返されている。

他のユーザーからの返信らしきものも見える。

「そんな目で見たことねえぞ!!!あせとんちゃんは唾液だから!!!(震える声)」

「はははははー!」「唾液じゃねえし、ドブスでもないし」「これはひどいな。あせとんちゃんと僕で笑ってやろう」といった、他愛のない、あるいはファンならではの罵り合いのようなやり取りが繰り広げられていた。


伊達は、アイボゥに視線を向けた。

「で、この『応たん』って奴が『応太』か?」

伊達は、改めて応太のアカウント名と、目の前の少年を照合した。

「その通り」

アイボゥが、淀みなく答える。


応太は、伊達とアイボゥのやり取りに、次第に顔色を変えていった。自分のパソコンが、まるで勝手に暴かれているかのように、目の前で情報が引き出されている。

「なんだ!?」

応太は、驚きと動揺を隠せない。伊達がエスパーだという冗談は、まさかこんな形で現実になるとは思っていなかったのだろう。


アイボゥは、そんな応太の反応を気にせず、さらにTo-Witterの情報を読み上げていく。

「おしらせ!新しいTo-Witterを楽しんでみませんかまるをクエック!」

「フォロワーが12人増えました」「最新のメッセージが届いてます」といった通知まで表示されている。


真津下応太のノートパソコンの画面が、伊達とアイボゥの目の前に展開されていた。複数の「To-Witter」の画面が重なり合い、応太の「応たん@Oota_Matsushita」というアカウントを中心に、様々な投稿が表示されている。


「つまり『光学防塵繊維』も『ボンゴポンチ』も『KG』も、全部応太のサブアカってことだ」

アイボゥの電子音声が、冷静に分析結果を告げた。その言葉に、伊達の顔には呆れと、わずかな怒りが浮かんだ。


画面には、応太自身が「応たん」として投稿した「あせとんちゃんにノーベル平和賞をあげたい!」という投稿に対して、「光学防塵繊維」「ボンゴポンチ」「KG」といったアカウントが返信している様子が映し出されている。一見すると、複数のファンが熱狂しているように見えるが、それらすべてが応太の自作自演だというのだ。


「だが他の3人の書き込みも、応太が自分で入力している」

アイボゥが、さらに畳み掛ける。画面の奥には、「光学防塵繊維」が「応たん、いつからえるき」と返信し、「ボンゴポンチ」が「わかったわかったー!」と返している。まるで、それぞれが違う人物であるかのようなやり取り。


「応太は一方で、A-setのことをディスりながらそれを自分自身で擁護してるんだよ」

アイボゥの声が、さらに核心を突く。画面には、A-setあせとんちゃんをディスるような投稿と、それに対して「応たん」が「そんな目で見たことねぇぞ!」「A-setとんちゃんは唾液だから!」などと反論する投稿が同時に表示されていた。自分自身で批判し、自分自身で擁護するという、手の込んだ自作自演だ。


「いわゆる自作自演。マッチポンプ、偽旗作戦というやつだ」

アイボゥは、その行為に専門的な言葉を当てはめて説明した。伊達の顔には、呆れを通り越し、もはや呆然とした表情が浮かんでいる。


「負けん男だ…」

伊達は、感嘆とも呆れともつかない声で呟いた。彼の金髪が、わずかに揺れる。この少年が、そこまでして自分の好きなアイドルを守ろうとしている、あるいは、自分自身を表現しようとしていることに、伊達は言葉を失っていた。


応太は、伊達とアイボゥのやり取りを、横目でチラリと見ていた。彼の顔には、ばれてしまったことへの照れと、不機嫌そうな諦めが混じり合っている。しかし、まだ、彼は口を開こうとしない。


伊達は、ノートパソコンの画面から視線を外し、ソファに座り込む応太に真っ直ぐに目を向けた。彼の瞳には、再び警察官としての厳しさが宿る。

「おい、そこの哀」

伊達は、鋭い声で応太を呼んだ。


伊達は、先ほどのアイボゥの分析を受け、応太に向かって問い詰めた。

「なにを…?」

応太は、まだしらばっくれるつもりで、とぼけた顔で聞き返した。


伊達の顔に、わずかな苛立ちが浮かぶ。彼の金髪が、微かに揺れる。

「おまえが『To-Witter』で自作自演してることだよ」

伊達の言葉が、ロビーに響き渡った。応太の顔色が、さっと青ざめた。彼の口から、驚きの声が漏れる。

「ギクッ!! な、な、なんのことかなぁ…」

応太は、露骨に動揺を隠せない様子で、しどろもどろに答えた。


伊達は、そんな応太の反応を見逃さなかった。彼の口元には、冷徹な笑みが浮かぶ。

「今『ギクッ』って言っただろうが!」

伊達の指摘に、応太はさらに顔を歪ませた。まるで、自分の思考が読まれているかのような恐怖に襲われているかのように。


応太は、咄嗟に反論しようとした。彼は自分を必死に守ろうとしている。

「妙な言いがかりはやめてほしいなあ」

応太は、できるだけ平静を装おうとするが、その声にはわずかな震えが混じっていた。

「名誉毀損で訴えますよ?」

彼は、強がってそう言ったが、その瞳は、伊達の次の言葉に怯えているかのようだった。


伊達は、応太の脅しを一笑に付した。彼の顔には、微塵も動揺が見られない。

「『光学的蛋白繊維』も『ボンゴポンチ』も『KG』も全部おまえのサブアカだ」

伊達の言葉は、まるで鋼の刃のように応太に突き刺さった。応太の瞳が大きく見開かれる。彼の顔から、血の気が引いていくのが見て取れる。

「な、なんでそれを…」

応太の声は、驚きと絶望でかすれていた。自分の完璧だと思っていた偽装が、警察の、そして伊達の目の前で、あっけなく暴かれてしまったのだ。


伊達は、そんな応太の様子を満足そうに見つめていた。彼の金髪が、わずかに揺れる。

「言っただろう? エスパーだって…」

伊達は、ニヤリと笑い、皮肉を込めてそう告げた。彼の言葉は、冗談めかしているが、その背景には、アイボゥの卓越した情報収集能力と、伊達自身の観察眼が潜んでいる。


応太は、呆然とした顔で伊達を見上げていた。彼のふてぶてしかった態度は、完全に消え失せ、残されたのは、ただ呆然とした表情だけだ。

伊達は、応太が完全に主導権を失ったことを悟ると、冷徹な口調で続けた。

「さあ、質問に答えてもらおうか」

その言葉は、命令に近かった。応太の肩が、ピクリと震える。

「はぁ…マジかよ…」

応太は、心底うんざりしたような、諦めのような声で呟いた。彼の抵抗は、完全に打ち砕かれた。

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