第1部:紫の瞳と灰色の少年 第三話 魔術適性検査
アトレイア魔術学園、第一講堂。
荘厳な水晶灯が天井から光を撒き散らし、格式ある魔術測定器が静かに唸りを上げる中――リリス・アークフェインは、列に並ぶ生徒たちを一瞥し、心の中で静かに溜息をついていた。
(くだらない……)
魔術適性検査。入学時に行われるこの儀式は、生徒たちにとって最初の競争の舞台である。
だが、リリスにとってはもはや形骸化した茶番だった。
彼女は魔術貴族アークフェイン家の令嬢。代々、強力な攻性魔術を得意とし、その血筋の魔力は王国上層部ですら一目置くほどだ。
当然、リリス自身も魔術の才能に秀でており、先の検査では誰よりも高い適正値を叩き出していた。だからこそ、今さら何かを証明する必要もなければ、騒がしい連中の自慢話に付き合う気もなかった。
ただ――彼女の視線は、ある一点で止まる。
ひときわ異質な雰囲気を纏う少年がいた。
(……灰色の髪。目立たない子。確か、転入生だったわね)
ユウ・シェリス。編入枠でやってきたという少年。先ほど裏庭で偶然出会った。第一印象は――悪くない。
弱々しい雰囲気ながらも、丁寧で礼儀正しく、表面的なおべっかもなかった。ただの貴族の子弟とは違う空気。柔らかだが、芯に何かがあるように感じられた。
その彼が、今、壇上に上がった。
「次、ユウ・シェリス」
ざわり、と空気が揺れる。
多くの生徒たちが、彼に興味本位の視線を向けている。だがそのほとんどが、軽んじた目だ。魔力の高さで人の価値が測られるこの場で、目立たない彼のような存在は侮られがちだ。
リリスも、彼に特別な期待を寄せていたわけではなかった。
けれど――。
(……?)
次の瞬間、リリスの眉がわずかに動く。
彼の掌から発された魔力が、講堂の魔術結晶に届いたとき――空気が震えた。
だが通常のものとは、どこか違う。乱れがなく、感情のうねりのようなものが重なってくる。
(これは……共感魔術?)
古い魔術だ。かつて精神的な同調や感応を目的として一部の魔術師が研究したが、制御が難しく、実用性に欠けるとして廃れた。
だが今、リリスの前に現れたこの“共感”は――異常な深度で自分の魔力に触れてきた。
(干渉してくる……いや、呼応してる?)
ほんの一瞬。彼の魔力が、彼女のそれに触れた。
思わず、胸がざわつく。まるで、自分の奥にある何かを覗き見られたような不快感と、正体不明の共鳴。
……けれど、すぐに遮断した。
(……まさか、この私に無意識で干渉してくるなんて。どういうつもりなの?……)
興味――というには程遠い。それでも、心に微かに何かが引っかかった。
魔術結晶の異常共鳴はすぐに収束し、測定官は困惑気味に告げる。
「ユウ・シェリス、適正値……判定、保留」
周囲がまたざわめいた。リリスはその声に耳を傾けることなく、静かにユウの背中を目で追った。
(共感魔術――見直す余地があるとは思わなかったけれど)
まるで、深海の底から手を伸ばしてきたような、不思議な魔力の形。
(……名前くらいは覚えておいてもいいかしら。ユウ・シェリス)
彼女は顔に出すことなく、小さく息を吐いた。
――興味。それは、彼女にとってただの気まぐれのように思えた。
けれど、これが後に彼女の運命を大きく揺るがす一歩となることを、まだ誰も知らなかった。