幼なじみと迎える新学期。
そして。
三月の残り僅かな日数が過ぎ去り、間もなく四月がやってきて、新学期がやってきた。
「――桜彩ぁ、起きてるかー?」
妹のチハルの部屋だったドアをノックすると、
『お、起きてます~……!』
という、か細い返事が聞こえてきた。
「今日から学校だろ? 遅刻するぞ」
「が、がんばります……」
謎の決意表明のあと、ややあってドアが開いた。
長い髪の少女である。
意志を感じる目つき……よりも、気弱そうな表情と眉の角度のほうが主張が強く、おどおどした印象を否めない。長い前髪がなおのことそう見せるのかもしれなかった。
この少女こそが、我が幼なじみの白瀧桜彩だった。
「ふぇ…………ぎゃあ!」
まだ俺が立っているとは思っていなかったらしい。
大あくびをしながら出てきた桜彩は、どん、と俺にぶつかって尻もちをついている。
「なにやってんだ」
「す、すみませんすみません……」
可哀想なほど怯えている。
怯えられることは別にしていないのだが……まあ、たしかにこんな感じの子だった記憶もある。
結構な人見知りなのだ。
……これでも小さい頃はそれなりに遊んだものだったが、疎遠だった期間に親密度はゼロにリセットされたらしい。
「……い、いただきます」
パンと目玉焼きとウィンナーという、朝食のスターターセットみたいなメニューを前に、桜彩は手を合わせた。
一方の俺は、前日におかずを詰めてあった弁当箱を冷蔵庫から取り出し、冷ました白米を下段に詰めていく。
…………まあ、全体的に茶色いが、弁当なんて茶色い方が美味いからな。
ミニトマトなんか入れてもご飯のおかずにならないし。
別にはっきり決めたわけじゃないが、料理は俺の役目になっていた。
元々は各自でコンビニ弁当とかカップ麺とかを買って済ませていたらしいのだが、俺が食生活改善を買って出たのだ。
……歳を取ると、若い子にはちゃんとしたものを沢山食べて欲しい、という思いが湧き出るようになるもんだ。
ネズミとか魔物とか虫とかを食べざるを得ない環境にいた分、より一層そうなのかもしれない。
「…………」
……というか。
同い歳の幼なじみと同棲させるとは、ウチの親も桜彩の親も随分思い切ったことをしたものだ。
なんでも、元々仲の良かった鍋島家と白瀧家が協力しあってフィンランドに引っ越そうとしたが、それぞれの長男と長女が猛反対し。
揉めに揉めて、なんやかんやあって、この同居が成り立った……らしい。
どんな揉め方をしたのかは詳しく聞けなかったが……妹のチハルが言うことには、「壮絶だった」とのこと。
いったいなにが起きたんだ。
……ちなみに、年頃の男女が同居する状況については、鍋島家曰く「ウチの長男に、女の子に手を出す気概はありませんから」であり、白瀧家曰く「ウチの長女の心の扉は、そう簡単に開きませんから」ということらしい。
……どっちもかなりひどい。
信頼している、とも言い換えられるが。
その桜彩は現在、チラチラと俺の様子を伺いながら、もぐもぐと口を動かし続けている。
やがて、意を決したように「あの~……」と手を挙げた。
「し、質問してもよろしいでしょうか……!」
「いいぞ。あ、弁当置いとくからな」
「え、お弁当まで……。あ、ありがとうございます……。
じゃなくて、あの、その。……ユウ……鍋島くんは、準備しなくていいんですか?」
「準備?」
「です。学校の……」
学校……?
「……ははっ! おいおい、俺も学校に行くってのか? はははっ!」
「…………ど、どこに爆笑要素が……?」
「いやいや、俺が今さら学校って――」
はたと気が付く。
…………確かに、なにもおかしくない。
「お、俺、今日、学校……?」
「です……。ごめんなさい……」
俺の絶望的な表情に釣られるように、桜彩がしゅんとなる。
「いや、別に謝る必要はないが……」
「た、たしかに……。すごく嫌そうな顔をしていたので、つい……」
その通り、嫌だった。
面倒くさい。最悪だ。
だが、行かないわけにもいくまい。
異世界に飛ばされ、魔王を倒し、戻ってきたらダンジョンと幼なじみと同棲していることになっていても、生活は続いていくのだから。
「じゃあ……えっと、行ってきます……」
「いってらっしゃい」
桜彩を見送る。
男と同棲(……というかシェアハウスか?)していることを知られたくはないだろうし、そもそも俺が学校に行く準備をまったくしていない。
急いで準備する。
桜彩の弁当の残りものをタッパーに詰め、筆記用具を鞄に入れて、制服を着た。
……が、なんかコスプレしてるみたいで気持ち悪い。
「そもそも、あんま似合ってない気がするな……」
妙に後ろめたいというか、変な感じだ。
……まあ、それは置いておいて。
「学校はあのあたりだったよな……ってなると……」
玄関の鍵を閉めた俺は自室に駆け込み、壁伝いに魔力を流す。
買い物に行く手間などを省くため、各所と自室を魔法陣でつなげてあるのだ。
学校に一番近いのは、スーパーの裏に設置したポータルCだろうか。
たぶんあれを使えば、始業にはギリギリ間に合うだろう。
「よし――行ってきます」
白い光に身体が包まれる。
こうして、俺の新学期は慌ただしく始まった。