その9 特別って……
さっきまで俺の背中にくっ付いていたのに、アサギはどこへ行っちまったんだ?
人込みに耐えられなくなって逃げ出したんだろうけど、こんな知らない場所で、一人で、迷子になっちゃうじゃないか。
嫌な予感がした俺は、人込みを抜け出してアサギを捜しに行った。
不思議だった、なぜかアサギがいる方向がわかるのだ。引き寄せられるようにまっすぐ体育館らしい建物の裏に回った。
しかし、そこにはアサギだけではなくマキオもいた。逃げ出したアサギを見かけて追ったようだった。
「来ないで、あっちへ行って」
アサギの様子が変だった。相手は同い年の少年なのに、シェルターに虫が押し寄せた時のように青ざめ、怯えていた。
アサギはハッキリとマキオを拒絶していたが、彼には理解できなかったのだろう、ここには怯えるモノなどないのだから……。
「どうしたの? みんな君たちの話を聞きたがってるんだよ、戻ろうよ」
さきほどと同じ爽やかな笑みを向けながら近づいた。
それ以上、アサギに近付いちゃダメだ! 不確かな恐怖が沸き上がり、止めなければと駆け寄ったが、
「友達になりたいんだよ」
マキオがアサギの手を取るほうが早かった。
「嫌!」
マキオに手を握られたアサギは、固く目を閉じて、彼の手を振り払った。
その瞬間、
「わあっ!」
マキオの体が弾かれたように飛んだ。
まるでビーチボールのように軽々と、人間の体が宙を舞った。
俺は目を疑った。
体育館の屋根まで飛んだマキオの体は庇にぶち当たり、グシャッとありえない体勢になってから落下した。
そして、ドサッと鈍い音を立てて地面に叩きつけられた。
あまりに一瞬のことで、なにが起きたかわからなかったが、横たわるマキオを見て足がすくんだ。
血が……、マキオの体の下から流れ出て地面に広がっていく。
なんなんだ、これは!
俺はマキオを見下ろしながら慄然とした。
アサギがやったことなのか?
どうやって?
人間の身体を屋根まで飛ばすなんて……。
それもあんな簡単な動作で、いとも容易く。
彼女は特別な子だとモエギおばあさんが言っていたことを思い出した。
特別って? 焦土の中を裸足で駆けるたくましさ? テレパシーが使えること? テレキネシスも使えるのか? だから、あんなことが出来たのか? 様々な考えがグルグルめぐった。
特別って、突然変異?
特別……。
小2でミニバスをはじめた時、自分は天才なんじゃないかと思った。他より抜き出た才能があると信じていた。事実、一緒にはじめたチームメートより上達が早かったし、成司よりもずっと上手かった。当時は体格のことも気にならなかった。ずっと自分は特別な存在だと思っていた。中学になるまでは……。
漠然と浮かんだ過去……。おっと! 今はそんなことを思い出している場合じゃない! 現状を直視できなくて現実逃避したのかも知れなかったが。
俺はハッと我に返った。
逃げなきゃ!
マキオを助けなきゃ、とは考えはなかった。
だって、どう見ても、もう死んでるんだから……。
そうでなくても外部から来た人間は特別視されている、こんな事件を起こしたんて知れたら、どうなることやら。
でも、膝が震えて動けない。
「あー! こんなとこにいたぁ!」
その時聞こえたシュアンの声に俺はさらに凍り付いた。
シュアンも俺たちがいなくなったことに気付いて捜しに来たんだ。
見つかった!
ヤバい!
この状況をどう説明したらいいんだ!
「フラっとどっか行っちゃうんだから」
シュアンが眉を上げながら大股で歩み寄った。
もうダメだ! マキオの遺体を見られる!
アサギが怯えるあまりやってしまったことだと、正直に言うか?
ダメだ!
ミュータントだとバレたら、あの博士に何をされるかわからない。研究材料にされて、容赦なく解剖されるかも知れないし……。
そんなの絶対ダメだ!
じゃあ、どうしたら? 俺がやったって言うか?
見え透いた嘘はすぐバレるに決まってる。
どうしたらいいんだよ!
追い詰められた咄嗟に、妙案は出なかったが、
「心配したのよ」
シュアンは腰に手を当てて怒ってはいるが、驚いた様子はなかった。
「え……?」
俺は目を疑った。
足元に横たわっていたはずのマキオが消えていたのだ。地面を染めたはずの血痕もない。
ええっっーー!!
なんで? 遺体はどこへ?
俺、パニック!
「どうしたのヒイロ」
シュアンは顔面蒼白の俺を見て驚いたようだ。
「人込みで気分が悪くなったんだって」
すかさずアサギがボソッと言った。
違うだろ! それはアサギのほうだろ!
「情けないわねぇ」
溜め息交じりにシュアンは狼狽している俺を見た。
そうなんだ、俺はなにもできずにただパニックっている情けない奴。
自己嫌悪。
もうなにがなんだかわからない……。
「帰りましょ」
歩き出したシュアンに続いて、アサギは何事もなかったように歩き出した。
(大丈夫、あの子の死体は焦土に飛ばしたから)
アサギの声が直接、頭の中に届いた。
これは、テレパシーなのか?
やはり君は……。
でも、飛ばした? どうやって?
(あたしは、なんでも出来てしまうのよ)
とても悲しそうに聞こえた。
そうか……、外部には巨大昆虫も野盗もいる、ダストも発生する、遭遇してないはずはない。でも、この能力で切り抜けてきたんだな。
初めてじゃないんだ、人を殺したのは……。
(だからもう、心配しなくていいのよ)
彼女は振り向きもせず前を行く。
なんでそんなに平然としてられるんだ?
人を殺したんだぞ!
俺は彼女がわからなくなった。
あのシェルターで、モエギおばあさんに教わらなかったのか?
命の大切さを……。