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退屈な 日々にうんざり してたけど  作者: 弍口 いく
第1章 なんで焦土の真ん中に?
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その5 リアルに崖っぷち

 あと一歩踏み込んでいたら真っ逆さまだったシュアンは、青ざめながら谷底を見下ろした。30メートルはあろうかという断崖絶壁だった。地下シェルターにいたはずのに、どんな地形になっているのやら、見下ろした俺も鳥肌が立った。


「行き止まり?」

 シュアンの問いには答えず、アサギは岩に手をかけた。そしてへばりつきながら外に出た。

 ロッククライミングみたいに足場を探して登っていく。


「ここを登れって?」

 それもモエギおばあさんを背負ったまま?

「冗談でしょ~~こんな絶壁」 

 シュアンも躊躇って生唾を飲み込んだ。ホバーボードのようなシューズに飛行機能は搭載されていないようだ。

「ええい!」

 シュアンは意を決して慎重に足を出した。


 次は俺だ、迷っている暇はない、足音がシャカシャカと大きくなっている、モタモタしていては追いつかれる。登るしかない! 俺も勇気を振り絞ってシュアンに続いた。


 直後、

 さっきまで俺たちが立っていた穴の入口から黒い塊が飛び出した。規格外、体長50センチはある大きさだが間違いなくジーだ。全身に悪寒が走り、冷や汗が噴き出した。普通サイズだって苦手なのに、あの大きさのモノに襲われたら……想像しただけで身の毛がよだつ。

 次々と谷底に落下していく巨大Gたちを目の端に入れながら、俺は必至で崖を登った。

 退化したのか、それとも俺が知ってるGじゃなかったのか、奴らが飛べなかったのは幸いだった。





 なんとか全員が登りきり、崖の上に到達した。

 気力と体力を使い果たして座り込んだ時、それまで俺の肩にしっかり捕まっていたモエギおばあさんの手から力が抜け、背中に顔をうずめた。


「大丈夫ですか!」

 異変に気付いた俺は、シートをほどいて彼女をおろした。

 モエギおばあさんは目を閉じてグッタリと地面に横たわった。

 アサギが駆け寄り、横たわる彼女の顔を覗き込んだ。

「そんな顔しないで……」

 モエギおばあさんはうっすらと目を開けてアサギを見上げた。

 それから震える手でシュアンを手招きした。

「この子を……お願い」

 シュアンに伸ばされた彼女の細い手を、アサギがギュっと握った。唇を噛みしめて必死で涙を堪えているように見える瞳でモエギおばあさんを見つめた。

 モエギおばあさんはそんなアサギに微笑みながらゆっくりと目を閉じた。


「モエギさん……」

 シュアンはアサギが握ったままのモエギの手を、自分の両手で包むように重ねた。



   *   *   *



 崖の上、盛り上がった土の上にアサギは小さな墓石を置いた。

 いつダストが発生するか、はたまた巨大Gが追いかけて来るかわからない危険な状況ではあったが、俺たちはモエギおばあさんを埋葬した。


 魂が抜けたように茫然としているアサギにかける言葉がみつからなかった。

 なんで泣かないんだろう? 姉貴に借りた少女マンガの女の子たちはすぐ泣いちゃんだけどな。過酷な環境で生活してきたら、心が強いのかな? それとも必死で堪えてるのか?

 いっそ大泣きして取り乱していたなら、抱きしめてあげるくらいのことは出来たのに……もちろん、いやらしい下心なんかはないぞ!


 人の死を見るのは初めてだった。なんか呆気ないモノだったな。別れの言葉も短くて、あっという間に息が止まって……ショックにまだ震えが止まらない。数時間前に知り合ったばかりの人だけど、背負った時の体温がまだ背中に残っているような気がする。


 やがてアサギは立ち上がり、崖の端から焦土の向こうを見た。

 夕陽が沈んでいく。

 赤く染まる地平線の美しさは、俺がいた世界と同じだった。


「おばあちゃん、あの向こうへ行けたかしら」

 初めて聞いたアサギの声は、風鈴の音のようなか細いソプラノ、聞き逃してしまうような小さい声だった。


「大昔は海って呼ばれる大きな水たまりがあったんだって、本に写真があった、とてもきれいなんだよ、きっとあの向こうにあるんだわ、おばあちゃんはいつか行きたいって言ってた」

 この世界には海がないのか?

 無くなってしまったのか?

 いったいなにが起きたんだろう、この世界に……。


「行きましょ、ここにいたら危険だわ」

 シュアンがアサギの肩に手をかけた。

 しかしアサギは拒否するように逃れると、なぜか俺の後ろに隠れた。

 それを見たシュアンは困り顔。

「カガミハラはここより安全で快適よ、モエギさんに頼まれたしね、こんなところで一人で生きていけないわよ」


「行ってみようよ」

 こんなところに残されたんじゃ生きてはいけない、アサギはともかく俺は無理だ。カガミハラには病院もあるらしいし、まともな町に違いない……と期待して。

 アサギは不安そうに俺を見上げた。

「モエギおばあさんもそう願ってたんだし」

 そう言った俺の心を探るように見つめた後、渋々コクリと頷いた。

 なんか胸が痛んだ、モエギおばあちゃんをダシにしたが、自分の安全を考えての発言だと自覚があったからだ。


「じゃ、決まりね」

 シュアンはホッとして苦笑いした。

「でも、乗り物は壊されただろ? 歩いて戻れる距離なのか?」

「まさか、無理よ、でもね、救難信号を出してるから、お迎えがくるはずよ」

 シュアンが振り向くと、上空に小さく空飛ぶ物体が見えた。

「ほらね」


「え……」

 近づいて来る飛行物体より、俺はその後ろに見えた山に目を奪われた。

 二等辺三角形の美しい形、山頂に雪こそないが、すそ野まで滑らかな曲線を描きながら聳え立つあの山は、

「富士山?」

 俺は思わず呟いた。

 しかし、心の中ですぐ否定した。たまたまよく似た山があるだけだ、ここが日本であるはずない。


「どうしたの? なにか思い出したの?」

 茫然としている俺に気付いたシュアンが不思議そうに覗き込んだ。

「い、いや……」

「来たわ」

 空飛ぶ物体はすでに大きくなっていて、こちらに向かっていた。


 なぜこんなところに来てしまったのかわからないが、答えがこの焦土にあるとは思えないし、とにかく人の多い場所に行けば、もしかしたら俺のような人間に出会えるかも知れないと期待しながら見上げた。


 空飛ぶ物体は俺たちの上空でホバリングし、ゆっくり降下してきた。


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