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退屈な 日々にうんざり してたけど  作者: 弍口 いく
第1章 なんで焦土の真ん中に?
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その4 モエギおばあさん

 奥の部屋から現れたのは、白髪で深い皺が刻まれた顔、足元がおぼつかない曽お祖母ちゃんくらいの高齢だろうか、柔和な表情だが凛とした上品そうな老女だった。

 シュアンは目を大きく見開いて老女を見た。ちょっと失礼じゃないの? ってほどマジマジと見つめた。


「わたしがそんなに珍しい?」

 そんな視線に気づいた老女は小鳥のように首を傾げた。

「え、ええ、あたしたちの町には年配の人がいないものですから」

 それを聞いて老女は苦笑した。

「そうでしょうね、この時代、こんなに長生き出る人間は少ないからね」

「そうじゃなくて、我々の町には24歳以下の人間しか存在しないんです」

 えっ? それってどんな町なんだよ。


「カガミハラから来ました、シュアンといいます」

「わたしはモエギ、あの子はアサギよ」

 シュアンは右手を差し出し、二人は握手した。俺もそばにいたが、すっかり透明人間扱いされてしまっている。まあ、二人の話に口を挟めないけど。


「カガミハラ……、聞いたことがあるわ、30年くらい前、突然出現してたちまち大きくなった町ね、周囲に電磁バリアが張り巡らされて近付けないから、実体は不明だと聞いていたけど……、で、その町の人が、こんなところになにしに来たの?」

「あたしは外部調査員です。カガミハラは30年前に新しく造られた町ですから、外部のことがわからなくて、どれだけの人間が生存しているのか調査しているんです」

「造った人たちは、もともと外部で生活していたんじゃないの?」


「人じゃありません、マザーコンピューターが端末のロボットを使って建設しました町です」

「なんと、コンピューターが造った町とは驚きだわ」

「カガミハラは戦後、大気汚染が改善されたのち建造されるようプログラムされていたんです。そして、24年前に凍結保存されていた精子と卵子を人工授精させて、最初の子供を誕生させ、育児ロボットに育てられました、その後も定期的に誕生させています」

「人間まで作るなんて」


 俺にはとうていついていけない話だった。やはりここはSFの世界、きっとカガミハラは近代的で快適な町に違いない、そこへ行けないかなぁ、こんな危険なところより安全に思えるし。


「人口は現在まだ1万程ですが、拡大建設を続けて、将来は100万都市にする計画です。町が大きくなれば外部の人たちを受け入れる用意もあります。このシェルターは何人くらいが生活してるんですか?」

「わたしとアサギの2人だけよ、以前は大勢が生活していたんだけど……、みんな死んでしまった」

 モエギおばあさんは寂しそうに目を伏せた。

「食料調達に外へ出て野党に襲われたり、病気になったり、ここ十数年は妙なダストに呑まれたりで……急激に減ってしまったのよ」

 こんなところに二人きりなんて俺には耐えられない。


「じゃあアサギのご両親も?」

「いえ、この子の親は知らないのよ、アサギはわたしが拾って来た子だから」

「拾った?」

「廃屋に捨てられてたのよ、野盗が足手纏いになって置き去りにしたんじゃないかしら」

「そんな……子供を捨てるなんて」

 シュアンは同情の眼差しをアサギに向けた。


「この辺りでは自分が生きていくのに精一杯だから仕方ないのよ、わたしたちも余裕はなかったんだけどね、放っておけなくて連れ帰ったのよ」

 本人の前で話すってことは、アサギは自分が親に捨てられたってことを知ってるんだ。人形のような無表情からは感情が読めないけど、どんな気持ちなんだろう。


 元の世界の俺には、両親と姉がいて、友達もいて、何不自由ない生活を送っていた。飢えることも命の危機を感じることなんて一度もなかった、それが当たり前のことだと思っていたがここでは違うんだ。アサギにも、そして人工授精で誕生したシュアンにも、両親はいないんだ。

 両親の顔が浮かんだ、とたんホームシックに陥った。この世界に来てまだ数時間なのにもう家が恋しい、俺ってまだお子ちゃまなんだ。


「ところで、この子は知ってますか? 焦土をうろついてたんですけど」

 シュアンにそう言われ、モエギおばあちゃんはホームシックで半泣きになっている俺に視線を移した。

「初めて見る顔ね、焦土にいたの? ひとりで?」

「そうなんですよ、アサギといい、なぜ危険地帯を平然とうろつけるのやら」

 シュアンは眉をしかめたが、モエギおばあちゃんはあやすように俺の頭を撫でた。

「心細かったのね」

 そうなんですよ、俺は好きでうろついていたんじゃないし、今だって不安でいっぱい心許ない。


「アサギは特別だから大丈夫よ、アルビノに生まれたから太陽光には弱いのかと思っていたけど、そうじゃなくて病気一つしない手のかからない子よ、外に出てもなぜか野盗やダストには捕まらないし、今では食料調達なんか、あれこれわたしが世話になってる……ゴホッ」

 話しながら、モエギおばあさんは突然、咳き込んで吐血した。

 アサギはすかさず駆け寄り背中を擦った。


「大丈夫ですか!」

 床に飛び散った血を見て、俺とシュアンは青ざめた。

「あなたが来てくれて良かった」

 モエギは力なくシュアンを見上げた。

「この子を独りぼっちにするのは、可哀そうだから」


 相変わらす無表情のアサギから感情は読み取れなかったが、

「カガミハラってとこは恵まれた場所なんでしょ? あなたを見ればわかるわ、健康的で教養もあるようだし、この子を安心して託せそうだわ、わたしは……いよいよだから」

「大丈夫ですよ、カガミハラには病院だってあるし」

「こんな時代にこの年まで生きられた、もう十分よ」

「そんなこと言わないで、一緒に行きましょ」

 シュアンは同意を求めるようにアサギに視線を流した。

 その時、潤んだアサギの目がハッと見開いた。


 アサギは入口に険しい視線を向けた。

 シャカシャカと不気味な音がしていることに俺も気付いた。

「なに?」

「虫が来たのね」

 虫? ダストじゃなくて? 虫も脅威になるのか?

「とうとうここまで来てしまったのね」

 モエギおばあさんは力を振り絞って立ち上がった。


 ドアに体当たりする音がゴンゴン響く。音からするとかなりデカそうな虫だ、そしてかなりの数。

「ドアがもたない、突破されるわ」

 モエギおばあちゃんは苦しい息の下から声を絞り出した。

「他に出口は?」

「あっちへ」

 モエギは奥のドアに目をやったが、一歩踏み出そうとしてよろめいた。

 アサギは支えたが、とても歩ける状態じゃない。

「ヒイロ、おぶってあげなさい」

 シュアンは当然のように命令した。


 男子としては小柄だが、バスケで鍛えた足腰には自信がある、迷わず背中を向けた。

「大丈夫? 重いわよ」

「見かけより力ありますから」

 モエギは遠慮がちに俺の背中に乗った。


 アサギはシーツをかぶせて、俺とモエギをしっかり固定した。そして自分は非常時に用意していたのだろうリュックを背負った。





 裏口からまた下水道に出た俺たちは、コンクリートで固められた薄暗い通路を進んだ。再びの悪臭、しかし慣れとは恐ろしいもので、今度はさっきほど苦痛に感じなかった。

 モエギは病気のせいかビックリするくらい軽かった。

 アサギは俺たちを心配して、何度も振り返りながらも先を急いだ。


 しばらく進むと、自然の洞窟に変わった。

 ゴツゴツした岩に囲まれた自然のトンネルを進むと、前方に光が見えた。

「出口だわ!」

 飛び出そうとするシュアンをアサギが慌てて止めた。


「え……」

 外を見下ろすと、そこは切り立った崖だった。


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