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2.公共保安局の仕事

 二十時過ぎ。都内某所。

 恋人達が熱く交合(まぐわ)う、ホテルにて。

 本来ならば周囲の事など頭から抜け落ちるような快楽の絶頂にある筈なのだが──今は、違った。

 絶え間なく響く轟音。次々と壁を破壊し、人を薙ぎ払い、何かから必死に逃げる人相の悪い男がいた。


(クソッタレ!! あんなガキ共が番犬だと!? ふざけんなっ、オレはこんな所で捕まる訳にはいかねぇんだよ──ッ!)


 ギリッ、と奥歯を噛み締めるこの男は、いわゆる凶悪犯(エネミー)と呼ばれる存在であった。

 彼は鬼熊の亜人だった。強靭な肉体と鋭い爪。家畜さえも一度の殴打で殺害出来るこの男は、これまでの二十年近い人生で何人もの人間を次々と殺害した。

 初めの殺人はなんと四歳の頃。初恋の少女の頭を潰してしまった事が全ての始まりだった。

 それからというもの、人を潰す事に快感を覚えた男は、幾度となくその有り余る力で人間を潰してきた。


 時には顔、時には手足、時には内蔵、時には性器。

 まさしく異常性癖とも呼ぶべき殺人への依存と執着は、やがて男を凶悪犯(エネミー)へと作り替えていった。

 そもそも凶悪犯(エネミー)というのは、男のような亜人の凶悪犯罪者の事を指す。普通の人間ではまず手に負えないこれらの凶悪犯(エネミー)を確保・始末するために存在する国家組織があった。


 世間からは番犬とも呼ばれる、凶悪犯(エネミー)による悪質な犯罪を取り締まる組織──公共保安局。

 闇夜に溶け込む黒を基調として、日の出を示す橙色を差し色に使った軍服。数年間連続で若者に人気の制服ランキング第一位を獲得する、確かに格好いい制服だった。


 閑話休題。その制服を着た者達は、当然だが凶悪犯(エネミー)から敵として疎まれて来た。

 特に──『黒の死神』と呼ばれるとある保安局員は、凶悪犯(エネミー)の情報網で共有されている。『見つかったら最後、あの死神は確実に命を刈り取りに来る』と…………。

 それと同時にこうも言われていた。『あの死神さえこちら側(・・・・)に引き込む事が出来れば、番犬なぞ敵ではない』とも言われていた。

 凶悪犯(エネミー)にとっての天敵であると同時に、場合によっては切り札にもなり得る存在。それが──黒の死神だった。


(クソッ、しつこいな! あの金髪の外人、どれだけ攻撃しても何で攻撃が当たらねぇんだよ!!)


 汗を撒き散らし、男は走りながら振り向いた。その視線の先には、美しい白金の長髪を風に舞わせ、微笑みを絶やさず優雅に疾走する外国人がいた。


「そこの凶悪犯(エネミー)待ちなサーイ! さっさとオナワについてハラキルがいいのデス!!」

(腹切れとか何言ってんだよあの番犬! 馬鹿なんじゃねぇのか!? つぅか何の亜人なんだよアレ! 何者なんだよッ!!)


 白金の美丈夫は、何故か楽しそうだった。キラキラと御伽噺のお姫様のような光を髪の周りに漂わせ、凶悪犯(エネミー)を追いかける。

 公共保安局に所属する者は、基本的に何らかの亜人だ。しかし、追手はやたらとキラキラ輝くだけの美丈夫。あと、攻撃が当たらない。

 それだけでは、その正体を突き止める事など確かに不可能だった。これでは立てられるかもしれない対策も、立てようがないというもの。

 だから男は逃げる。とにかく逃げ回り、隙を見て追手を撒こうとしているのだ。



♢♢



 そんな二人による大騒ぎの追いかけっこでホテル内は何事かと大騒ぎ。その騒ぎを落ち着かせようと、もう一人、保安局員が動き出した。


《えー、館内の皆様。先程からたいへん騒がしくなっております事、申し訳なく思います。現在このホテル内に凶悪犯(エネミー)が侵入し、暴れています。皆様、慌てる事なく各部屋に設置されております緊急避難所(コンテナ)に入り、内側より鍵を閉めてください。我々も最善を尽くしますが、安全は保証出来ません。繰り返します、安全は保証出来ません。ですのでどうか、身の安全を最優先に行動してください》


 突然の館内放送に騒然となる人々。

 当然だ。何せ凶悪犯(エネミー)が現れ、ホテル内で暴れているというのだから。

 熱い行為に及んでいた者達は、服を着る余裕もなく慌てて各部屋に設置されている緊急避難所(コンテナ)に避難し、恐怖に震えながらも嵐が過ぎ去るのを待つ。

 その恐怖を少しでも和らげようと、今一度館内放送が鳴り響く。


《皆様の安全を保証する事は出来ません。しかし、我々は最善を尽くします。公共保安局の名にかけて、必ずや皆様を元の日常へとお返ししましょう》


 公共保安局。その言葉を聞いて、人々は安堵の息を漏らした。

 それもその筈──……公共保安局とは、対凶悪犯(エネミー)のスペシャリスト達なのだから。


「……さて。凶悪犯(エネミー)はアリスと京夜が何とかしてくれとるやろうし、僕は被害者の有無を調べへんとな」


 館内放送を終え、黒色と橙色の軍服を翻して栗色の髪の青年は歩き出した。

 その白くしなやかな手から青い炎を燃え上がらせて、彼はそれを放った。その無数の狐火はまるで自我を持つかのように飛び回り、壁をすり抜けては、凶悪犯(エネミー)の被害を受けた各部屋の様子を窺う。


「あー、やっぱり二階の被害が一番多いんやな。確かにあの凶悪犯(エネミー)、二階でようけ暴れとったもんなぁ」


 二階への階段を降りながら、青年は苦笑した。


「……ま、あの二人がおったらこれ以上被害出る事はないやろ。僕は僕の仕事をせんとな」


 自分の髪の毛を一本抜き、狐火に通す。それは瞬く間に燃え広がり、やがて狐火と煙と共に彼の分身を作り上げた。


「せやから、そっちは任せたで。僕」

「はいはーい。こっちは任されたで、僕」


 全く同じ、顔と声。分身は二手に別れて救助活動を始めた。


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