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舞羽エンジェループ  作者: こぱか
第三章 天使を識る
9/28

3-3

   挿絵(By みてみん)




   *****




「待って待って、もしかして……」

『もしかしなくても、戦うんですよ?』


 僕は(おど)されるままロゴスに乗って、ゼノマイドと対峙(たいじ)している。ビームガンを向けているとは思えないくらい、ヒナノの声は朗らかだった。


『それじゃ、カウントダウンです! さん、にー、いち……』

「ちょ――」

『ゼロ!』


 ゼノマイドのビームガンから、青い閃光が(ほとばし)った。


〈光剣起動〉


「――っ!」


 左肩の鎧が展開しきるのを待たず、光剣ケオ・クシーフォス抜き放つ。


 がちり、と歯車が噛み合う音がした。亜光速で迫る光子ビームがスローモーションに()える。ターゲット補足、弾道計算完了。タイミング確定、挙動補正――!


『……へえー』


 光剣を振り抜き、ぎりぎりで光子ビームを斬り払った。


『すっごいですね。避けるんじゃなくて斬り払うって、チートすぎないですか?』

「そんなことより、話を聞いて――」

『じゃあ、これならどーだ!』

「ヒナノ!」


 呼ぶ声もむなしく、ホバー走行したゼノマイドがビームガンを連射してきた。ランダムな軌道で縦横無尽に庭園を駆けるオレンジ色の人型マシーン、その挙動を()る。四方八方から迫る光子ビームも、落ち着いて観察すればちゃんと()える。


 一発、二発、三発。


 光子ビームを斬り払う。剣を振るたび、ばち、という音と共に(まばゆ)い光が弾けた。


『えっ、ぜんぶ斬り払ったんですか!? なら――』

「話せばわかるって! もっとスマートに……うわ!?」


 ゼノマイドが放った光線が足元で弾けて、バランスを崩してしまう。すかさず胴体を狙って放たれた次の光子ビームを、身体を(ひね)ってどうにか回避した。


『なにそれ! ちょこまかと――うざいです!』

「待ってって!」

『もういいです! ビームエッジ!』


 僕が体勢を立て直す間に、ゼノマイドが鋭く踏み込んで走り出した。右手に握られたビームエッジが、チェーンソーのように青い光を回転させている。金属の塊が走行するがちゃがちゃという足音を鳴らしながら、ゼノマイドが目の前まで迫って来ていた。


 そこで、ふと感じてしまう。


 ――怖い。


 今まで、こんな近くで『敵』を見たことはなかった。常軌(じょうき)を逸する巨大な人型が、大きな音をたてて走ってくる。手には鎧を簡単に斬り裂ける武器を持っていて、今にもそれを振り下ろそうとしている。


「あ――」

『え!?』


 防御しようとした。しかし、それはあまりにも遅かった。


 ゼノマイドの振るったビームエッジに弾き飛ばされ、光剣がくるくると宙を舞う。気付いた時には僕の視界がぐるりと回って、何が起きたのかもわからないまま地面に叩きつけられていた。


「――!?」


 肺の中から空気が叩き出されて、声にならない悲鳴が漏れる。灰色の空が見えたかと思えば、ゼノマイドの青い四つ目がぬっと現れて、ようやく現状を理解した。


 倒れたロゴスにゼノマイドが馬乗りになっている。


 咄嗟(とっさ)に動こうとするも、右腕は押さえられ、左腕は踏みつけられており、全く身動きが取れなかった。視界の端で、ゼノマイドの光子ビームエッジが閃く。それは確実にロゴスの、僕の首を斬り落とさんと振り下ろされていた。


 あ、死んだな。


 目を(つむ)った。首元にビームエッジの熱を感じて、自らの死を確信する。


「……?」


 そう身構えたものの、死んだような感覚はなかった。代わりに、首に何かが触れるごつんという音がして、恐る恐る目を開ける。


『なーんちゃって』


 ヒナノは直前で光子ビームの発振を止めたらしく、首から下はきちんと繋がっていた。ゼノマイドから発されていた殺気も消えていて、どうやら僕は一命を取り留めたみたいだった。


『安心してください、最初から殺すつもりはなかったので』

「……うそだぁ」

『ホントですって』

「たった今、殺されかけたばっかりなんですけど」

『もー、わかりました! せんぱいはホントに怖がりなんですから……』


 そう言うと、ゼノマイドがゆっくりと立ち上がって、数歩後退してから屈みこんだ。騒々しい金属音を響かせながら操縦席のハッチが開放され、中から茶髪の少女が顔を出す。


 ヒナノはツインテールとスカートを(ひるがえ)してゼノマイドの操縦席から飛び降りると、見るも無残なウッドデッキに軽やかに着地する。かと思えば、辛うじて原型を留めている場所を見つけると、ヒナノはそこにごろんと身体を投げ出した。


「ちょ……え? 何やってんの?」

『どうぞ! 好きにしてください!』

「は……?」


 大の字に寝転がったヒナノは、目を(つむ)って無防備な状態だった。今なら、彼女を拘束することも、ゼノマイドを破壊することだって簡単にできる。恐らく『危害を加えるつもりはない』というアピールなんだろうけど、それにしてもやりすぎだ。僕がやばいやつだったらどうするつもりなんだろう。


 仕方なくロゴスから降りる。制圧躯体が光の粒となって消滅するのを背に、手足を投げ出して無防備に寝転がるヒナノの横まで歩いた。


 僕が何をしようが、本当に寝転がったままのつもりらしい。健康的な生脚と短いスカートが否応なく目に入って……うん、これはいろいろとまずいね。


「もう分かったから、起きていいよ」

「やっと分かってもらえましたか~」


 ヒナノがぴょこんと跳ね起きる。戦闘後のウッドデッキに寝転がっていたからか、よくわからない破片やら何やらが背中に沢山ついていた。


「……背中、めっちゃ汚れてるよ」

「えっ、ホントですか?」


 首を巡らせて背中を見ようとしていたヒナノは、しばらくして諦めたのか、振り返って満面の笑みを向けてきた。


「見えないんで、払ってください!」

「え?」

「ほらほら、おねがいします」


 ヒナノはそう言ってパーカーの背中を向けてきた。肩幅の狭い、小さな背中だ。


「じゃあ、うん」

「わは」


 背中についた破片やら塵やらをはたき落としている間、ヒナノはずっとにこにこしていた。パーカーはヒナノの体温で温かく、はたくたびに女の子らしい謎のいい匂いが漂ってくる。


「頭の後ろは? ついてます?」

「ついてるね」

「じゃあおねがいしまーす」


 茶髪の後頭部が目の前に突き出された。髪の毛は左右のツインテールに引っ張られていて、分け目のぎざぎざからはちょっと地肌が見えている。そこに木片とか土とかが無遠慮にくっついていて、なんというか全てが台無しになっていた。


「こういうのって普通は嫌がるもんじゃないの? 背中はまあいっかって思ったけど、頭だよ? あんま触られたくないでしょ」

「別にいいですよ? 気にせずやっちゃってください」

「ああ、そう?」


 ちょっと気が引けるけど、そこまで言うならいいか。僕の手がヒナノの後頭部に触れて――


「ひゃ!? あ、はは……変な声でちゃいました」


 ヒナノの耳が赤くなっていた。小さく「くすぐったくて、つい……」とか呟いている。どうやら恥ずかしがっているらしい。


 うん、これは本当に僕を殺す気はなさそうだ。




   *****




「で、なんで僕は戦わされたの?」

「ヨミせんぱいの腕前を確かめておこうと思って」


 曇天の下、ゼノマイドに寄りかかったヒナノが続ける。


「せんぱいは中・遠距離戦が得意なんですね。ビームを斬ったり超回避したり。トルカンとの戦いも見てましたけど、狙撃能力の高さは異常でした。もしかして、未来でも見えてますか?」

「……そうだねえ」

「でも近接戦はダメダメですね。ざこすぎます。間違って殺しちゃうとこでしたよ、あっはは」

「え!? えぇー……」


 笑いながら、さらっと怖いことを言われた。確かに、戦っている最中にヒナノが驚きの声をあげていたような気がする。あの時僕は殺されかけてたのか。


「せっかく目がいいのに。せんぱいにもうちょっとだけ度胸があればなあ」

「はいはい、どうせ僕は芋スナイパーですよ」

「もー、いじけないでくださいよ」


 ヒナノがけらけらと笑っていた。それだけ見ると、戦いとは無縁そうな笑顔の明るい女の子にしか思えない。でも実際は、リュックに人型マシーンを隠し持っていて、数秒で虚像天使を倒すことのできる戦闘力の持ち主なわけで。


 『戦闘要員』――そう言っていたのを思い出す。虚像天使を倒したとはいえ、そろそろナナセのことが心配になってきた。でも、ヒナノの話も聞いておかないと、あとで後悔しそうな予感があった。


「あのさ」

「なんですか?」

「もう一回教えてほしい。最初に言ってた、なんだっけ」

「『調律教院』ですか?」

「そう、それ。一体なにしに……いや」


 目的はきっと一つだろう。一番聞きたいことを最初に聞く、それが最もスマートなやり方だ。


「……その『調律教院』は、ナナセをどうするつもりなの?」

「舞羽せんぱいのことが心配ですか?」

「うん」

「……ヨミせんぱいって、舞羽せんぱいと付き合ってます?」

「!?」

「え、なんですかその反応。かわいい~」


 ヒナノがニヤニヤと笑いながら言葉を続ける。


「大丈夫ですよ。ヨミせんぱいはシェルフのこともなんとなく知ってますよね? 今のところ、舞羽せんぱいを追ってるのはシェルフと『調律教院』だけ。シェルフは今日は来ませんし、あたしも何かしようとは思ってません」

「ほんとに?」

「そう言われてもピンとこないでしょうから、調律教院についても少し教えてあげます」


 ヒナノはゼノマイドの隣にしゃがみこむと、遠くの景色を見ながら説明を始めた。


「調律教院っていうのはですね、端的に言って『人類を調律する』ことを目指す思想組織……です」

「人類を調律、ってなに?」

「えーっと、人類種全体から情動を抹消し、より合理的な生存システムによる版図の拡大を目指すことですね」

「……ごめん、わけわかんないです」


 こっちを向いたヒナノは、「ですよねー」と小さく笑ってから言葉を続ける。


「さっきあたしに殺されかけて、怖かったですか?」


「え? めっちゃ怖かったけど」


「素直に言えてえらいですね。殺されそうになったら怖い――つまり『不快』な感情を覚える、これは当然の反応です。感情って、もともとは生き残るためのシステムなんだって教わりました」


「生き残るためのシステム?」


「そーです。喉が乾いたら『不快』だし、水を飲んだら『快い』ですよね? 生きていくうえで避けるべきことは『不快』、繰り返すべきことは『快』という感情が発生する。なので、感情に従うことで、生命体は生き残ることができます」


「なるほど」


「ヒトのすごいところは、より沢山の『快』を求めて進化したことです。その結果、ヨミせんぱいたち人類は、楽しいとか嬉しいとか美味しいとか、いっぱい幸せな感情を得ることができました」


「うん」


「でもその分、不幸だと思う感情も増えました。お金がなくて辛い。社会に馴染めなくて辛い。大切な誰かを亡くして辛い。結果どーなったかわかりますか?」


「……どういうこと?」


 ヒナノが遠くを見ながら続ける。


「辛いという不快な『感情』で、自殺できるようになったんです。ヘンですよね? もともと、『感情』は生き残るためのシステムだったはずなのに、ヒトはそのシステムに殺されてるんですから」


 屋上庭園に冷たい風が吹いて、ヒナノのツインテールが揺れた。


「これは人類全体でも同じです。種を残すためのシステムだった『感情』が、種を殺すことができるほどに、強大で不安定な諸刃の剣に変わってしまった。ヒトは『感情』で殺し合える。ボタン一つで種族絶滅できるところまできました」


「……それで?」


「だから調律教院の人達はこう考えました――世界から『感情』をなくしてしまおう、って」


「……」


 なんだかわかんないけど、やばい人達だ。発想がぶっ飛びすぎてる。そんな思考を読んだかのように、ヒナノが「やばくないですか?」と言って笑った。


「いや、全然笑えないんだけど」

「調律教院のやばさをわかってもらえたところで、話を戻しましょーか」

「……話を戻す?」

「調律教院は『世界から感情を消滅させる』ためにいろんな研究をしているんです。その研究には埒外技術も含まれます」

「埒外……技術」


 聞いたことのある言葉だ。確か、似たようなことを閏間さんが言っていたような……


「あ!」

「うるさっ。急におっきい声ださないでくださいよ」

「……ごめん」


 閏間さんが言っていたのは『埒外の存在』。ナナセがそうだとも言っていた。だとしたら――


「もうわかったかもですが、そこで舞羽ナナセさんが出てきます。『感情を消滅させる』なんて目標は非現実的ですが、神々とか、天使とか、悪魔とか、そういう埒外存在の力をコントロールできれば、話は違ってくる」


「やっぱり、調律教院もナナセが欲しいんだ」


「そーです。寄る()をもたない本物の天使。いま、調律教院の人達が喉から手が出るほど欲しがっていて、()()()()()()()()()()()()()()()存在のひとつです」


「――」


 言葉が出なかった。シェルフは『ナナセの力を借りたい』らしい。でも調律教院は違う。ナナセを研究して、その力を自分たちのものにしたいんだ。そのためにはきっと――天使を解剖することも(いと)わない。


「ね。やばいですよね」


 ヒナノが横目でちらりと僕を見た。


 どこまで本当かはわからないけれど、調律教院にナナセを渡してはいけない。ナナセがどんな目にあってしまうのか、想像しただけで背筋が凍るようだった。


「でもせんぱい、大変ですね」

「なにが?」

「さっきは『シェルフと調律教院だけ』って言いましたけど、それは今の時点で、という話です。テクハール交廠(こうしょう)は機兵を欲しがりますし、復元機関は天使の実在を許さないでしょーし……」


 ヒナノは僕にというよりは、虚空に向かって話し続けているようだった。


「ヨミせんぱいは耐えられそうですか?」

「……なんのこと?」

「責任に、です。舞羽せんぱいのことを守るんだったら、それは一生、死ぬまでやらないといけないんですよ。めっちゃ大変だと思います。しかも、もし守り切れなかったら……ヨミせんぱいはそのことで一生後悔することになるでしょうね」


 ぽたり。


 冷たい雫が頭に落ちた。ぽつ、ぽつと音が鳴り始める。


「雨、降ってきましたね」


 ヒナノがゼノマイドの下に潜り込みながら言う。オレンジとダークグレイの装甲を雨が叩いて、水滴が滴り落ちた。ぱたぱたと、破壊されたウッドデッキを雨粒が跳ねている。


「あとは、そうですね。命を狙われるのは舞羽せんぱいだけじゃないと思います」


 少女の吊り目は雨を降らす曇天の空を見上げていた。

 僕の頬を冷たい雨が伝っていく。


「いずれ、ヨミせんぱいも――あっさり死んじゃうのかも」




   *****




「……ぷっ。あっははは! なに、どしたの、ヨミ」


 不穏すぎるヒナノとの会話を終えて戻ってきた僕を出迎えたのは、とても笑っているナナセだった。


「びしょ濡れだよ? 外で寝てたの? ねえねえ」

「んなわけないでしょ」


 ヒナノの言う通り、ナナセには何事もなかったようでたいへん元気そうだった。バラバラにされるだの僕が死ぬだの、さんざん不吉なことを言われて気が滅入っていたところだ。ちょうどいい。


「もーほら、どっかで着替えなよ。わたし、服買ってきてあげるから」

「大丈夫だって」

「そう? 風邪ひかない?」


 半分笑いながら、珍しくナナセが僕の心配をしている。その様子を見ていたら、なんだか僕も笑えてきてしまった。


「ナナセ、虚像天使のことだけど。今日はもう来ないと思うよ」

「え? ……ほんとだ、反応がない。やっつけたの?」

「やっつけたって言うか……まあ、そんな感じ」


 ナナセが「おおー」と小さく歓声をあげた。


「じゃあ、今日はもっと遊べるね。でもまずはヨミを乾かさないと。こっち来て」


 私服の天使に手を引かれ、ショッピングモールを歩く。


 ヒナノはもう帰っただろうか。閏間(うるま)さんは今頃何をしているんだろうか。


 そんなことを考えていたものの、ナナセの頭頂部で揺れるアホ毛を見ながら、考えすぎかな、と思考を閉じた。




いつも読んでいただきありがとうございます!

次話、 第四章「天使と踊る」 は5月31日(水)に投稿します。

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