6-4
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「《ショットバリスタ》、展開!」
〈重装弩砲展開〉
ロゴスの両肩の鎧が開く。中から二連装の大型クロスボウが現れて、両腕に接続された。
同時にスラスターを前に向けて、逃げるように後ろ向きで飛行する。
両腕をアルコーンへと向けた。装備されたクロスボウが低く吠え、紫色の光矢が連続で発射される。シェキナーより威力は劣るものの、直撃なら虚像天使を十分に倒しきれるエネルギー量だ。いくらアルコーンでも当たればただでは済まされないはず。
「やっぱダメか……!」
すり抜けていく。
白い稲妻のように迫るアルコーンは、避けるそぶりすら見せない。火花を散らして飛んだ光の矢はアルコーンに吸い込まれ、そのまま純白の躯体をすり抜けていた。
認識阻害だ。
やっぱり、遠距離攻撃は無効化されてしまう。こっちの攻撃が『見えている情報』に頼ったものである以上、普通のやり方ではアルコーンを倒せない。
〈縮光変換値:60〉
まだだ、もっと逃げ回らないと。
そう思った時、アルコーンの動きが変わった。高速飛行で逃げるロゴスの五百メートル後ろで、アルコーンの両腕から緋色の炎が迸る。
「は――!?」
爆発音がした。
それは超常的な加速だった。白いレーザービームと化したアルコーンが、光のような速さで迫る。ネメシア・ロゴスの飛行速度とは比べ物にならない、圧倒的なスピード。背筋がぞわりと粟立つ。絶対に避けられない。
「守れっ!」
叫んだ時には、アルコーンは目の前で右腕を振りかぶっている。身体を捻って左半身を向けた。アルコーンのメイルブレーカーから緋色の炎が噴き出し――
殴られた瞬間、視界がブラックアウトした。
ネメシアウォールで防いでさえ、意識が途切れるほどの凄まじい衝撃だった。
落ちている。
時速三〇〇〇キロメートルを超える速度で、音すらも置き去りにして、進路上の校舎を爆砕しながらロゴスは流星のように急降下していた。
視界がめちゃくちゃに明滅する。左肩のネメシアウォールが完全に破砕されて、バラバラに砕け散っていった。勢いのまま次々と校舎を破壊して、ロゴスは灰色の世界を落ちていく。
どのくらい落ちたかわからない。天井をぶち破って職員室の床に叩きつけられ、ロゴスはようやく止まってくれた。
「かはっ……」
肺に空気が行き渡っておらず苦しい。視界の端が歪んで見える。激しいめまいですぐに立ち上がれない。メイルブレーカーの一撃は重く強烈で、そのまま昏倒してしまいそうだった。
瓦礫が雨のように降り、ファイルや書類がばさばさと宙を舞う。
崩壊した天井を見上げると、ロゴスが落ちて破壊してきた校舎たちが、大穴のように見えていた。その大穴の中を、無数の瓦礫と一緒に白く輝く何かが落ちてきている。
アルコーンだ。
「っ、やばい! 《ホーミングレイ》!」
〈誘導式縮光弾展開〉
立ち上がりながら叫んだ。アルコーンが来る前に離脱しないと、今度こそ死ぬ。
スラスターが甲高い唸りをあげて、ロゴスが急発進する。残った右側のネメシアウォールが展開し、紫色の光弾を一斉に発射した。
爆音と爆炎を上げて、ネメシア・ロゴスが校舎の屋上を突き破る。縮光推進器が眩い光の軌跡を引いて、漆黒の制圧躯体が凄まじい速度で飛行した。
〈縮光変換値:80〉
左側のネメシアウォールは完全に壊れていて、収納していたシェキナーが一部露出している。たったの一撃でこれだ。次に同じ攻撃を食らったら、多分耐えられない。
「でも、もうちょっとで……!」
五百メートル後方で、アルコーンが着地しようとしているのが見えた。高速飛行しながら、クロスボウとホーミングレイで白亜の躯体に狙いをつける。
僕には視えていた。
アルコーンは飛べるわけじゃない。さっきみたいに超加速するには地面が必要だ。だから、アルコーンを直接狙う必要はなくて、その足場となる校舎を破壊すれば――
「投射!」
〈投射〉
全ての武器を一斉に発射した。
ロゴスを起点にして激しい紫色の閃光が弾けて、光矢と光弾が無数に射出される。それはやかましい騒音をあげて灰色の世界を引き裂き、アルコーンが着地する寸前の校舎を、完膚なきまでに爆砕した。
「上がれ!」
スラスターが爆発のような音を鳴らして、ロゴスを急上昇させる。落ちていくアルコーンを横目に、校舎の隙間に入り込んだ。無数の校舎が視界の下に流れ、ロゴスは上を目指して飛んでいく。
まだか。
〈縮光変換値:92〉
まだか。
〈縮光変換値:95〉
まだか!
〈縮光変換値:98〉
「来た!」
〈縮光変換値:100〉
〈大火力縮光投射使用可能〉
がちり。歯車が噛み合う音がした。
無数の校舎に遮られて、遥か下にいるはずのアルコーンは見えない。でも、この『目』なら視える。
アルコーンが超加速をしようと屈みこんだ。次の攻撃にはきっと耐えられない。だとしたら、ここで決めるしかない!
「砲門展開!」
〈縮光投射砲展開〉
ネメシア・ロゴスの胸部装甲が開いて、中から巨大な砲門が伸展する。焔火式縮光ドライヴのエネルギーをチャージすることで、超威力の大火力砲撃を行う必殺装備だ。
アルコーンに攻撃が当たらないのは、認識阻害のせいだった。正確な位置がわからずに、別の場所を狙わされているから当たらない。
だったら、正確な位置がわからなくても、アルコーンの周囲をまとめて消し炭にできるような面制圧攻撃をすればいい。つまりは、単純な力押しだ。
これこそ、全てを無に帰す必殺兵装。
「行け、《ネメシアバスター》ッ!」
発射。
鋭い一条の光軸が奔る。
そして、金色の光が世界を埋め尽くした。
大音響が炸裂する。直径二百メートルを超える光の柱が、進路上の全て破壊した。それはアルコーンを呑み込むと、無数に並ぶ校舎を赤熱、蒸発させながらどこまでも伸びていく。
ロゴスの躯体がびりびりと震えた。
ネメシアバスターの光は鋭く収束し、甲高い音を空間中に鳴り響かせた後、大爆発を起こした。
「うわ――!?」
金色の光が、周囲一帯の何もかもを紙細工のように吹き飛ばしていく。爆炎と共に強風が吹き荒れて、世界全体を揺らすかのような耳をつんざく爆音が轟いた。
その風で吹っ飛ばされたロゴスは、爆心地から約二キロ離れた地点でなんとか着地した。強風はここまで届いていて、近くの校舎も連鎖的にがらがらと崩れ落ちて虚空へと落下していく。
――焔火式縮光ドライヴ冷却開始。
――バスターロック、スリープフェーズ。
――ネメシア・システム限定稼働。
臨界稼働を続けたシェキナーの冷却が開始される。シェキナー・セヴディスはあくまでもコピー品なので、臨界稼働の後は出力が落ちてしまう。だからこそ、この一発を確実に当てる必要があった。
「……いや、待てよ」
仕留められているなら、どうしてこの領域は消えないんだ?
今も、ナナセからはじりじりと奇蹟を回収され続けている。リソースも残り少ない。この空間から脱出しなければ、根本的な問題は解決しないというのに。
『発想は悪くないだろう』
「……まじか」
どこからか高鳥の声が響いてくる。
『だが、攻撃範囲を広げた分、威力は減退する。おかげで防ぎきることができた』
アルコーンだ。
超加速で、白亜の躯体が目の前に現れる。
右腕のメイルブレーカーを失っていたものの、それ以外は無傷に視えた。
呆然と立つネメシア・ロゴスに向かって、アルコーンが左腕のメイルブレーカーを振りかぶっている。緋色の炎が揺れて、敵の全力攻撃が炸裂した。
強烈な衝撃で意識を失いかける。明転と暗転を繰り返す視界の中、辛うじてロゴス本体の破損は避けられたことはわかった。けど、ネメシアウォールは完全崩壊して、ロゴスは無防備に超高速で吹っ飛ばされている。
「――っ、でも……!」
ごうごうと唸る風に抗って、バラバラに砕けていくネメシアウォールの中から苦労してシェキナーを掴み取る。両手両足を使って、空中を飛ばされながら無理やり姿勢を変えた。
シェキナーを発射する。
「~~ッ!」
無意味だった。レーザービームのように飛んだ光矢は、駆けだしたアルコーンの胴体をすり抜けて灰色の世界に吸い込まれていく。
次回は7/2(日)に投稿します!