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舞羽エンジェループ  作者: こぱか
第五章 天使と謳う
19/28

5-5

「ヨミ、なにぼけっとしてるの!」

「……っ!」

「来て、《ロゴス》っ!」


 事態を受け止めきれずにいた僕の代わりに、ナナセが制圧躯体を呼び出した。

 漆黒の鎧に包まれた巨人が陽炎(かげろう)のように現れ、背を向けて屈みこむ。


 アルコーンに破壊された躯体(くたい)(ほとん)ど修復されていた。ガントレット状の特殊装備が左腕に追加され、よりアシンメトリーなシルエットに変化している。天使ナナセによる命名、《テスタ・ロゴス》。


「わたしを守れるのは、ヨミだけなんだよ?」


 そう言った天使の金色の瞳が、まっすぐに僕を見ていた。


「――わかってる!」


 呆けてる場合じゃない。

 ここで死んだらナナセは捕まる。だったら、勝てばいいだけだ。


 ロゴスの背に飛び込むと、一瞬にして同期が完了する。ナナセは立ち上がる制圧躯体を見届けてから、室外機の裏へと退避していった。


 メティンに向きなおる。男はクロノゾールに乗るでもなく、腕を広げて空を仰いでみせた。


『さあ、開演の時間だ! 幕を上げろ! (うた)え、クロノゾール!』

「来い、《シェキナー》!」


 ロゴスが光の中から大弓を掴み取るのと同時に、クロノゾールとメティンが距離をとった。ネオンイエローのロボットは屋上の中央設備の上に着地し、人間としてはありえない距離を()退(すさ)ったメティンは屋上の端へと移動している。


 クロノゾールがこちらに銃を向けた。ゼノマイドの武器と同種だ、と直感する。さしずめ、『霊術式(れいじゅつしき)光子(こうし)ビームライフル』と言ったところだろうか。


「でも、遅い――!」


 ()えている。シェキナーを引き、一瞬でクロノゾールに狙いを定めた。バレルに装填された光の矢が爆発的なエネルギーを蓄積し、灰色の空の下でぎらりと輝く。


 発射。


 金色の光軸が曇天を切り裂き、高音を発しながら一直線にクロノゾールへと迫った。回避するには遅すぎる。()った、そう確信したけれど――


「えっ!?」


 消えた。

 そうとしか見えなかった。いや、確実に消えたのが()えていた。


 がちり。歯車が噛み合う音がする。


 視界の端で何かが(きら)めいた。クロノゾールだ。移動距離測定、三十メートル――ありえない。いくら虚数機兵とはいえ、コンマ一秒で三十メートルを移動することなどできないはずだ。


「……っ!」


 咄嗟(とっさ)に右方向に跳び退ると、青い光子ビームが床面に突き刺さって爆発した。爆風に(あお)られながら着地してシェキナーを構えるものの、そこにクロノゾールはもういない。


 危険を感じて、屋上を駆ける。電撃のような速度で疾駆(しっく)したロゴスの背後十八メートルに、ビームライフルを構えたクロノゾールが出現した。


「うしろ!?」


 跳躍し、空中で身を(ひね)って振り向く。三点バーストで発射された青い光子ビームが飛来して、ロゴスの脚を()でるように通り過ぎた。


 知らず、背中に冷や汗をかいている。


 落ち着け、夜見(よみ)府容(ふよう)。僕は確かに凡人だけど、それでも上手くやれる賢い方法を考えてきた。


 ――ひとつ、よく観察すること。

 ナナセによって与えられた世界を()る力、これは何物にも勝る強力な武器だ。


 ――ふたつ、中距離以遠を保つこと。

 僕は近接戦闘が苦手だ。近付かれないように立ち回るのが重要になる。


 みっつめは……今は考えなくていい。


「よし」


 クロノゾールは着地した勢いのまま、火花を散らしてコンクリートの床面を滑っている。シェキナーを向けて発射するも、発射と同時にクロノゾールの姿が()き消えた。金色の光矢はその残像をすりぬける。


 でも、()えた。


「瞬間移動……!」


 どういう理屈かはわからないけど、クロノゾールはワープしているんだ。


 その姿が消える直前、両肩に装備されたプレートが細かく震えていた。多分、アレがクロノゾールを瞬間移動させる装置で、震動はその前兆なんだろう。


 コンマ一秒後、クロノゾールが再出現した。今度は右側三十メートル、屋上の端だ。


「いける――」


 静かに振り向く。その時には三発の光子ビームが亜光速で迫っていた。ターゲット確認。エネルギー量測定。弾速計算完了、軌道予測。


『へえ』


 思い切り身を捻った。腹部右側、側頭部、胴体左側を通り過ぎた光子ビームが、ロゴスの背後にあった室外機を轟音と共に爆砕する。


 予想通りだ。敵の射撃はそこまで正確じゃない。なら、よく()ていれば大きく動かなくとも避けることは可能だ。


 クロノゾールは障害物の陰から陰へと瞬間移動して、僕に狙いを付けさせないようにしている。シェキナーを構えながらネオンイエローの残像を目で追っていると、どこからともなく声がした。


『流石の目の良さだ、若き狩人よ。ここからはデュエットだ! 霊術式光子ビームサーベル、セット!』

「だよね……」


 ――ひとつ、よく観察すること。

 ――ふたつ、中距離以遠を保つこと。

 ――みっつめは……。


『さあ、(うた)え!』


 クロノゾールが踏み出して、掻き消える。踏み出す方向は確実にこちらだった。瞬間移動は止められないし、逃げようにも敵の出現位置は予測できない。敵は確実に、近接戦闘を仕掛けてくる――!


「《テスタシェル》、展開っ!」

〈特殊防護殻展開〉


 灰色の空に鈍い金属音が響き渡る。目の前に出現したクロノゾールと至近距離でぶつかりあい、お互いに大きく弾き飛ばされた。


「間に合った……!」


 ――焔火式縮光(えんかしきしゅくこう)ドライヴ正常稼動。

 ――バスターロック、スタンバイフェーズ。

 ――テスタ・システム起動確認。


 構えていたはずのシェキナーは、巨大な盾へと変形していた。これこそが、ナナセが作った拡張装備の一つ、《テスタシェル》だ。


 シェキナーの出力で形成された、超高硬度な防護殻。シェキナーを上回る火力でしか破壊することができない、近接戦で負けないための防御装備だった。


「はぁー……」


 大きく息を吐く。


 みっつめは、近付かれたらとにかく逃げること、だ。


 弾かれて中央設備へと着地したクロノゾールは、右手にビームライフル、左手に青い光子ビームで形成された光の長剣を携えている。


〈光剣起動〉


 左肩から、光剣ケオ・クシーフォスを抜き放つ。正直、近接戦闘には全く自信がない。でも、やれるだけのことはやってみよう。


『狩人が騎士に変ずるか。型破りだが、いいだろう。では、第二幕といこう!』


 クロノゾールが消えた。


 青い軌跡が(ひらめ)く。いつの間にか、かがんだ虚数機兵が足元に潜り込んでいた。


 慌ててテスタシェルを構え、光子ビームサーベルの一撃をぎりぎりで防御する。金属が激しく擦れる高音が響いたかと思えば、一瞬後にはクロノゾールは消え、滑るようにして背後に再出現した。


「はや――ッ!?」


 激しい衝撃がロゴスを打ち()えて、口から勝手に悲鳴が漏れる。ノータイムで放たれたクロノゾールのハイキックに吹っ飛ばされたと気付いたのは、屋上に立ち並んだ設備に激突した直後だった。


 設備を破壊しながら床面を転がる。叩き潰された設備から水が飛び散り、その水しぶきの隙間にクロノゾールの姿が()らめくのが視えた。


「やばい!」


 テスタシェルを地面に叩きつけ、躯体(くたい)を無理やり空中に跳ね上げる。光子ビームサーベルがすれすれを通り過ぎ、クロノゾールがスパークを上げて地面を滑った。


 (とら)えられない――!


 着地して前を向いた時には、クロノゾールは消えている。直感でテスタシェルを振ってビームサーベルの一撃目を弾くものの、二撃、三撃と青い光が(ひるがえ)って、完全に姿勢を崩された。続く全力の蹴りで大きく弾き飛ばされる。


 室外機を数台粉砕しながら吹き飛んだ。天地がめちゃくちゃで、自分の現在地が把握できない。


「きっついな……!」


 なんとか態勢を立て直すものの、すぐにクロノゾールが瞬間移動で現れる。苦し(まぎ)れに光剣を投擲(とうてき)。キン、という高音がして、投げた光剣はあっさりと光子ビームサーベルに弾き飛ばされた。


 そこに全速力で突進する。まだ敵はサーベルを振り抜いた直後で、こちらには攻撃できないはずだ。


「いや、」


 まずい。


 サーベルを振り抜いた勢いのまま、クロノゾールがコマのようにスピンした。僕は間抜けにもそこに突っ込んでいって――


 敵機の全力の回し蹴りが、テスタシェルごとロゴスを大きく吹っ飛ばした。


 悲鳴をあげる余裕すらなく、中央の大型設備へと凄まじい勢いで叩きつけられる。そのままコンクリートの設備が粉砕され、爆発するように大量の瓦礫(がれき)が飛散した。ロゴスは盾を構えたまま残骸の中に沈み、派手な音をたてて仰向けに倒れ伏す。


「かはっ……」


 肺に酸素が足りない。強い眩暈(めまい)が起こり、視界がぼやけていた。漆黒の鎧を、ぱらぱらと破片が転がり落ちていく。


『ああ、本当に惜しいが、そろそろ閉幕の時間のようだ……クロノゾール!』


 声が聞こえた。


 見上げる灰色の空高くに、クロノゾールが出現する。

 そのまま落ちてくる。どんどん加速して、勢いでロゴスを叩き潰すかの如く、跳び蹴りの姿勢で突入してくる。


「まだ……!」


 両手でテスタシェルを掲げて、なんとか防御姿勢をとる。


 次の瞬間、激しい衝突音が屋上に轟いた。


 それはほとんど爆撃だった。クロノゾールは隕石の如く衝突し、ロゴスは叩きつけられた勢いのまま床面をぶち抜いて階下へと落ちる。爆砕された瓦礫が乱舞し、がらがらと音をたてて勢いよく崩れ落ちた。


「いっ――!?」


 背中からレストランゾーンの床面に叩きつけられる。周囲には無数の瓦礫が落ちて、辛うじて構え続けていたテスタシェルにはクロノゾールが乗っている。その左手はロゴスを逃がすまいと盾の(ふち)をきつく握り、頭部で輝いた四つ目が僕の顔を(のぞ)き込んでいた。


『さあ、フィナーレだ!』


 クロノゾールが、ビームライフルを無理やり盾の下に突っ込んでロゴスに突きつける。


 ――ひとつ、よく観察すること。

 ――ふたつ、中距離以遠を保つこと。

 ――みっつ、近付かれたらとにかく逃げること。


「……なんとかなったか」


 光子ビームライフルの砲口が光を放つ寸前、とっておきのキーワードを叫んだ。


「《テスタシェル・ブローオフ》っ!」


 焔火式縮光(えんかしきしゅくこう)ドライヴ臨界。


 爆音と共にテスタシェルが勢いよく弾け飛んだ。


 盾の上に乗っていたクロノゾールが、無数の瓦礫と共に無防備に空中へと吹っ飛ばされる。

 これこそがテスタシェルの真の機能。近付いた敵を大きく吹き飛ばし、解放されたシェキナーでトドメを指す。強制的に遠距離戦に持ち込む、一撃必殺のカウンター・アタック――!




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