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舞羽エンジェループ  作者: こぱか
第四章 天使と踊る
12/28

4-3

 僕と閏間(うるま)さんは上履きのまま校舎の外に出ていた。雲に覆われた空はどこまでも灰色だ。景色は相変わらずのモノクロで、さめざめと降る雨が地面を濡らしている。


 セーラー服を雨に濡らしながら、閏間さんは少し前を歩いていた。


高鳥(たかどり)テンリの物理干渉機能のうち四割を損壊させたはず。再起動予測時間まであと八分」

「高鳥が天使って本当? 昨日までは別に変なところもなかったし……」

「私も気付かなかった。奇蹟(きせき)による高度な認識阻害、マインドコントロールだと思われる。思い出してほしい。夜見くんがいつから高鳥テンリと知り合いだったのか」


 短くなってしまったポニーテールが揺れ、閏間さんがちらりと僕を見る。


「いつからって……あれ、いつからだろ?」


 昔からの友人のような気がしていたけど、それがいつ始まったのかは全く思い出せない。


「六月六日。先週の火曜日」

「え?」

「八日前、『高鳥テンリ』という人物は突然クラスに現れた。それ以前は、夜見くんの隣は本間さんの席だった」

「……言われてみれば」


 そうだ、僕の横に座っていたのは高鳥じゃなく、今は高鳥の後ろに座っている女子だった。その印象は確かに記憶の片隅に残っている。


 高鳥とはそれ以前から知り合いだった気がするのに、具体的なエピソードが思い出せない。いつの間にか脳をいじられていたみたいな、薄気味の悪い感覚だった。


 ふいに、閏間さんが立ち止まる。


「ここ。入って」


 そこは部室棟の横にあるボロい建造物だった。現在は使用されていない旧部室棟で、近々解体予定だったはずの設備だ。


「なんでこんなとこに?」

「入ればわかる」


 断る理由もなく、言われた通り中に入ったものの、真っ暗で何も見えなかった。背後で閏間さんが扉を閉める、ばたんという音が聞こえる。


 窓の外の景色は灰色で、差し込む光は頼りない。ぱたぱたと屋根を叩く小さな雨音が響く中、僕と閏間さんの二人分の息遣いだけがやけに大きく聞こえていた。


 閏間さんが動く気配がする。


「今電気をつける」


 声が聞こえたかと思うと、ばちんと音がして蛍光灯が明滅した。

 弱々しい明かりが焦らすようなトロさで室内を照らし出す。


「……えっ、これって」


 閏間さんの言っていた意味が分かった。明滅する蛍光灯の明かりを鈍く反射している『それ』は、こんな県立高校の建物内にあるわけがない代物――戦闘用の兵器だった。


二脚兵装(にきゃくへいそう)じゃん……」

「そう。M90A2『フィンドレイ』」


 隣に並んだ閏間さんが(うなず)く。


 それは、両膝をついた人型の陸戦兵器だった。


 モスグリーンに塗装された鋼の塊。巨大な箱を中心として、円筒状の腕と箱型の脚がくっついている。人型と言うよりは、『手足の生えた戦車』だ。よく見れば、宇宙服のヘルメットみたいな頭が装甲の中に埋もれていた。


「え、えぇー……なんでこんなのがうちの高校に?」


 二脚兵装といえば、ニュースや映画でお馴染(なじ)みの兵器だ。


 二本の脚で歩く兵器だから、『二脚兵装』と呼ばれている。戦車と同じくらいメジャーな兵器で、マニアも多いらしい。僕はそのくらいしか知らない。


 そのくらいしか知らないけど、間違っても高等学校の備品として置かれているはずがないことくらいは分かる。


「シェルフが運び込んだ」

「まじか……これって自衛隊のやつ?」

「違う。M90は米軍で運用されている第四世代二脚兵装」


 返答しながらも、閏間さんは『フィンドレイ』と呼ばれた二脚兵装の点検を始めている。各関節部を手際よく確認する少女のセーラー服からは、ぽたりぽたりと(しずく)が落ちていた。


「ちょっと待って、これで天使と戦うつもり?」

「そう」

「いやいや、無理だよ、さすがに」

「なぜ?」

「SF映画で見たことあるし。エイリアンのメカに手も足も出なくて、戦車とか戦闘機とかと一緒にぼっこぼこにされるやつ」

「それは映画の話」

「だって相手は天使だよ!? こんな弱そうな……」


 閏間さんは少しだけ手を止めて、僕の方を見た。


「確かに、第五世代機と比較した場合、基礎設計の古さは否定できない。運用開始自体は1989年で第四世代機の中でも旧式にあたるのは事実。しかし、その分頑丈で仕様を逸脱(いつだつ)した機動への耐性がある。それにこのA2型は最新式で、アップデートされた電子機器類によるデジタル制御能力は第五世代機に比肩(ひけん)しうる。M90は現代戦でも十二分なアドバンテージを持つ優秀な機体」


「……ごめん、なんか怒ってる?」

「怒っていない」

「うん、ごめんね? ……でも、1989年って聞こえたんだけど。三十年くらい前だよね?」

「正確には二十八年前」

「……すみません」


 この兵器は確かに『人型』をしているけど、僕のロゴス、ヒナノのゼノマイドとは根本的に異なる。ディーゼルエンジンに操縦席を付けて、脚を生やして腕を付けた結果、たまたま『人型』に見えているだけ。サイズもロゴスより一回り大きく、なにより見た目が鈍重だ。


「この、手に持ってる武器は?」

「低反動六十五ミリ対装甲滑腔砲(かっこうほう)

「……他には?」

「対二脚誘導ミサイルを四発、九十五ミリ対戦車ロケットを四発装備」


 ほら。武器も全然ぱっとしない。


「ビーム砲とか、もっと強そうなやつないの?」

「……ビーム砲? 荷電粒子砲やレーザー兵器の類なら、装備されていない」


 返事をしながら、閏間さんがフィンドレイの背中のドアに手をかけた。ぎい、と鋼鉄製の扉が音を立てて開く。このままだと、彼女はすぐにでもこれに乗って外に飛び出してしまうだろう。


「待って、閏間さん」


 フィンドレイの腰部に足をかけた閏間さんが振り返った。


「やっぱ二脚じゃダメだって。相手は制圧躯体なんでしょ? それなら僕が戦う」

「その必要はない」


 即答だった。真っ黒の瞳が僕を見据える。


「それはこっちの台詞だよ。さっきは助けてもらったから、今度はこっちの番だ。大丈夫、僕にはロゴスもあるし、虚像天使だって何回も倒してる」


 閏間さんは黙りこんだ。高鳥が復活してくるまでもう猶予(ゆうよ)はないはずで、こんな言い合いをしている場合じゃない。屋根を叩く雨の音が、体感時間を無限に引き延ばしていた。


 ややあって、閏間さんはフィンドレイから飛び降りて口を開く。


「わかった」


 彼女が口にしたのはその一言だけだった。




   *****




 雨粒が漆黒(しっこく)の鎧を滴り落ちていく。


 校庭の真ん中で、僕はロゴスに乗って立っている。左手には光弓シェキナー・セヴディスを構え、いつでも発射可能な状態になっていた。


智天使(ちてんし)が使用する光輝の弓、その非正規コピーか。道理に(そむ)いた兵装をよくも堂々と使えたものだな』


 視線の先には無傷の高鳥テンリが無防備に立っている。彼我の距離は五十メートルで、高鳥の姿は小さく見えているものの、その声はハッキリとここまで届いていた。


「やっぱ生きてたか……あのまま中庭で寝てて欲しかったんだけど」


 校庭にできた水たまりに(せわ)しなく波紋(はもん)が揺れている。降りしきる雨の中でも全く濡れた様子のない高鳥は、メガネの奥の緋色(ひいろ)の瞳をぎらつかせながら言った。


『言ったはずだ。舞羽ナナセの受命した処理を調査し、修復もしくは破棄を行うことが天の意向であり俺の目的だと』

「……」

聖霊匣(せいれいばこ)を渡せ、ヨミ。その稚拙(ちせつ)な制圧躯体で鎧ったところで結果は変わらんぞ』

「……だから、聖霊匣なんて――持ってないっての!」


 申し訳ないけど、高鳥にはこの世界から立ち去ってもらうしかない。


 シェキナーを引く。光矢がバレルに装填(そうてん)されて、エネルギーが充填される高音が響いた。コンマ秒で照準、即座に発射。光の矢がシェキナーから射出され、雨の中に立つ高鳥へと飛んでいく。


『やれやれ』


 光矢が到達する直前、(あき)れたような声が聞こえた。


 そして爆発が起こる。膨れ上がった光が、薄暗いモノクロの世界を束の間明るく照らし出した。でも、ダメだ。やっぱり、そう簡単にはいかないらしい。


『お前はもっと利口なやつかと思っていたが』


 爆発の光が薄れると、高鳥は消え、代わりに人型の何かが仁王立ちしていた。


 それは白亜(はくあ)の像だ。


 雨が落ちる曇天の下、淡く燐光(りんこう)を放つ巨大な鎧。


『制圧躯体アルコーン。舞羽ナナセが作ったモドキとは違う、正真正銘の天の鎧だ』


 高鳥の声が響く。


 ボディはロゴスと似た有機的な形状で、その色は(きら)めく純白だった。両肩に美しい曲線で構成された大きな鎧を(まと)い、腰からは弧を描く二枚の翼が伸びている。頭部に備わった緋色の光輪は優美(ゆうび)に湾曲し、雨の中でも鮮やかな幻光(げんこう)を発していた。




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