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まとめて、研修生!

盲目の空虚(2022/10/26)

作者: きりぞら


 他人にも、自分の生にさえ興味を持てずただ命を喰らう毎日。一歩でも踏み出せれば、自分も色づくことができるのではないかと思った。

 己の空虚に共感は求めない。似たものはあれど、全く同じ苦しみの形を持つ人間などいないと考えるから。


 ……けれど、いざ自分がそちら側になると、“それ”をしたいと願ってしまう。からだが動いて、くちびるが震えて。手を差しのべたいと望む。今日もこうして、彼女だけが居るあの図書室へ来てしまった。

 勿論自分が何ができるわけでもない。しかし自己嫌悪に浸る程自身を好きにもなれない。でもそんなこと言えるわけなくて、すぐに隠した筈だった。



「あの、行動に一つ一つ理由をつけようとしなくても良いんじゃないですかね」


「……え?」


「どう焦って繕おうとしても、あなたはあなたでしかないですよ」



 なにも言っていないのに、彼女は先回りしてそう告げた。おれといえば図星も良いところで、彼女にあわせられる顔がない。



「な……んのことかな、コッペリウス」


「私を心配してここまで来てくれたんでしょう、ユースティ。それで今になって、余計なお世話だったんじゃないかと思い始めてる」


「ど、どうしてわかったんだい……?」


「顔に分かりやすく書いてやがりますね」


「顔に?!」



 おれが慌てて顔に手をやると、彼女はクスクスと笑う。流石にからかわれたのだと気付く。



「ななっ、なにがおかしいのさっ」


「ええ? 本気で書いてあるのを確かめようとしてるならとんだ笑い話だなと」


「そういう訳じゃないさ! ただ……」


「ただ?」


「なんとなく隠さなきゃ恥ずかしい、だろ?」


「っふ」


「あっまた笑った!」



 彼女は不思議と上機嫌になってくれたようだ。それなら良かったけれど。



「というか、わかってるならおれの事なんて言ってられないよ! 今日のニュースを見てきたんだよっ」


「ああ、なんでしたかね。私の殺人未遂の件ですか」


「そうだよ、刃物を持ってきた奴に刺されかけたって! ……他人事みたいにいわないでくれよ」


「いいんです。あなたと会ったらどうでもよくなりました」


「えっっ」


「永いこと生きていると、こういうことは何度かあるものですよ」



 笑い飛ばして、いつものお茶でも飲みます? だなんて言う。おれも断る理由はないから、導かれるままに二人だけの特等席となっている真ん中の席に向かい合うように座った。



「そんなものなのかい……?」


「ええ。それでもこうして、あなたという他人に心配して貰えたんです。悪くなかったと思えますよ」


「それとこれは違うだろ……」


「わかりませんかね。私はあなたに会えて本当に良かったと言っているんですよ」



 ……手渡されたそれを受け取って、一口。穏やかな茶葉の香りと、温かさがじわりと広がった。



「まぁ、だからこそ。あなたが地上へいくと言い出した事に反対したのですが」


「ぶ」



 今のタイミングではかなり痛い話を持ち出され、穏やかさを噴き出しそうになりつつも抑えた。


 おれは彼女に”地上“と呼ばれる場所……今居る場所とは別にある、外の世界へ行こうとしていることを告げた。かなり危険な場所であることは分かっているつもりだが、それでも彼女にこっ酷く怒られた。

 その時おれもムキになって怒鳴り、話も聞かずに飛び出してしまった……というのが、つい昨日のことだったのである。



「その次の日に私が死にかけたとあっては、流石のあなたでもさぞ居心地が悪かったでしょうね」



 鼻で笑いながら、ざまあみろとぼやく彼女。おれは何も言い返せない。なんなら言い返す立場もなかった。



「……昨日は、心配してくれたのにごめん。色々と聞かなかったことにしてくれないかい」


「どうせ聞かなかったことにしても、一人で勝手に出て行くだけでしょう。あなたは一度決めたら、結構頑固な馬鹿者ですから」



 う。……そんな呻きも漏れる。既に意味がないとはわかりつつも思わず顔を両手で隠してしまった。



「私もあのあと、色々と考えたんですよ。私の意見は変わりませんでしたけど……ただ、生きたいように生きていい。良くも悪くも、それがあなたにしかできない生き方だとも思えたんですよね」



 なんだかその声が震えていたような気がして。こっそり指の間から見た彼女は、いつもの毅然とした空気も持ちつつ、優しいような、切なげなような。そんな笑みを浮かべているように見えた。



「……今日は、やけに率直に伝えてくれるじゃないか」


「ふふ、誰のせいですかね」




 どうしておれのことで君がそんな表情をするのだろう。その理由を理解できるようになるのは、まだかなり後の話だった。


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